第二章10 『束の間の休息』
「あーあ。今日も居残りで補修なのか? 魔法の修行は難しいし、異世界文化にはついて行けそうにないよ」
魔法の学び舎、習魔学院にヒロアキがやってきて半年が経った。この頃になると、信頼できる友達も増えて賑やかで
なぜか
「……能天気なものね。こうしている間にも刻一刻と世界の崩壊は進んでいるかもしれないというのに」
市街地は西洋風の民家や商店、商業施設などが密集しており週末を学生、家族で過ごす者。他国から来た観光客などでとても賑やかだ。その大通りを歩いている。
「相変わらずキミは俺に対しての当たりがツヨイな。少しはそのクールな心を開いてくれてもいいのよォ?」
「ハッ! 馴れ馴れしくしないで。私はあんたに心を開くほど気を許したつもりはないわ……」
博識で口も達者。頭が良くて学年トップのメリアに落ちこぼれの苦労さは
あんな目に遭ったばかり……こっちはレスバトルやりたいんじゃないんだ。一言余計なんだよなぁメリアは。何回でも言う! 語尾に「ですわ」とか「ご主人様」とか「にゃんにゃん」って付けてくれれば美少女癒し枠で可愛げもあったと思うのに……。
組織の襲撃事件以降、校内で生徒による不審行為の報告はないらしいがいつまた起こるとも限らないと警戒しているようだ。なるべく危ないヤツとの戦闘は避ける道を選びたい。…が、それしか通れる道がなくて向かうしかないのならば相手にするほかないだろう。避けては通れない。
「俺が何をしたっていうんだよ。どうして俺にだけ冷たいのサァ……」
学院からの帰り道をメリアと肩を並べて歩いている。世間では魔王の配下の一人が何者かに倒されたとか色々あったみたいだけれどヒロアキに気にしている余裕は無い。
日常生活は幸い、転生特典のオマケで付いてきた初期スキルで『自動翻訳と変換』スキルが備わってくれていたのが助かった。これのおかげで異世界のみんなと会話ができていたからだ。
「レイナは純粋で優しい子だからあなたに対しては好意的だけれど、どんな所かも不明な場所から来た得体のしれない者を仲間に入れるだなんて驚いたわ」
「出会って大分経ったのにまだ俺のこと疑ってるワケっすか!? いつになったらお前の中で俺は仲間認定されるんだ」
「……さぁ? その時がきたらいいわね。期待して待ってみたら。一応、手助けぐらいはしてあげる」
俺を転生して呼び出したどこかの誰かさんに感謝しないと。で、そいつの正体を暴いてやるのがヒロアキの目標の一つだ。
街の様子は学院にやってくる前とほとんど変わらない。
事件が起こったことなど嘘のように思えてくるほど……何事もなかったかのようにいつも通りだ。左を向けば焼き菓子の店、右を向けば雑貨店に魔導書屋が目に入る。
「空を飛んで移動できたら楽なのになぁ」
「世界樹から散布されている物質『レノ粒子』は術者の発動した呪文と魔力に反応して様々な現象を発生させる。質量がほとんどゼロの物質であらゆる物理的法則を無視した現象を引き起こす。その一部が人間の単独での飛行ね……。上位の魔法で優れた魔術師にしかできない高等技術だけれど」
「マジで? 大変だな」
「うーん。私が師匠のもとで十数年の修行をしてやっと飛べるようになったぐらいだから、あなたはその何倍もの時間が必要かしらね。挑戦はしてみたら? ……無理だとは思うわ」
「ここは「やれば出来るように成れるよ」とか「頑張ってね」みたいな声援を送るものじゃないのかい?」
「そんなものは…………ないわ」
実際に音が鳴ったりはしないがヒロアキの心が音を立てて折れた気がした。容赦のない一言にヒロアキは膝から崩れ落ちる。現時点では努力しても無理という現実に打ちひしがれてしまったようだ。
そして話題は武装組織、アマネセルが襲撃を仕掛けてきた理由の考察に移る。
「メリアが長年に渡って行方を追っていたという奴らは一体何者なんだ?」
「字で書くとこうね。やつらは『
短く返事をしようとヒロアキはしたのだが、なぜかメリアは若干声のトーンを落としていたような彼女の感情の変化を察知してヒロアキはすぐに止めた。自分の身内が犯罪組織に加担しているともなれば心労は大きい。そりゃ冷たい態度にもなる。
「どした? 愚痴や相談なら聞くぜ」
「……いいえ、どうもしないわ。用事を思い出したから先行くわね」
悩みを打ち明けるよう促すも、彼女は首を横に振り拒否をすると急ぎの用があるのか先に行くと言って歩き出した。その足取りはどこか重たそうにも見え……、
そして彼女が曲がり角の先へ消えた後、ヒロアキは彼女の後ろ姿を見送りながら小さく呟いた。
――なにかあるなら冒険者パーティーの隊長である俺に相談してくれよ。取り返しのつかない大ごとになる前に。……って、ほとんど素性を隠してる俺が言えた義理じゃないな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「えーと、メリア《あいつ》に装備品を取り扱った店を経営している知り合いの知り合いがいるから、その人らに会いに行けっつわれたっけ。確かに身を守る為の防具くらいは常備していた方が良いかもな」
暇を持て余してるので寄り道がてら手渡されたメモを頼りにその店とやらへ覗きに行ってみることにした。知り合いのって。友達の友達みたいに言われてもなぁ。
手渡されたメモには店の名前や外装と住所、営業時間と店主の特徴などが書かれた簡素な地図がイラスト付きで丁寧に書かれている。メリア・リヴィエールの真面目で几帳面な人柄が伺える。
異世界の土地勘もなにも無い日本人のヒロアキにとっては案内が細かく丁寧に記されていて分かりやすく非常に助かる。今日の天気は晴れていて散歩するにはちょうどいい気候だ。
道中、目印の教会らしき建物が建っているのを発見。庭では花壇の花に水をやる修道女らしき人の姿が見えた。信教の自由は誰にでもある。
修道服に身を包んだ若い見た目の修道女。花に水を撒く修道女の姿もどこか神秘的に見える。
「あら、どこかへお出かけですか?」
背後から話しかけられて振り返るヒロアキ。そこには修道服姿の金髪の少女が立っていたのだ。彼女は太陽の光を浴びてキラキラと輝く淡色のピンク髪を風になびかせながら、こちらに微笑みかけてくる。
「こんちは。……そうなんっすよ。丁度散歩がてら店へ寄ろうと」
「おさんぽには丁度いいお天気ですね!」
年齢は恐らく自分と同い年ぐらいだろうか?幼さを残した顔立ちで、あどけなさが残る可愛らしい女の子だ。頭部に髪の色と同系色の獣の耳のようなものが生えているのが確認できる。は彼女はこちらの顔をじっと見つめると、少し遅れて驚いたように目を見開くと慌ててペコリと頭を下げ挨拶をしてくる。
「――あ」
驚いた拍子に少女は手に下げていた荷物を地面に落としてしまったようだ。慌てて落下した蜜柑を拾い上げる少女。その仕草一つ一つがとても上品で、育ちの良さを感じさせる。
彼女は落ちた荷物を拾おうと手を伸ばすと、ヒロアキはすかさずそれを手伝った。そして彼女の落とした物を拾うのを手伝いながら、
「
「ありがとう。拾うのを手伝ってくれるなんてお優しい方なのですね」
普通は素通りされてしまうのがほとんどだ。少女は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になりヒロアキへ感謝の言葉を述べる。
「そうだ。この店知ってる? もし知っていたら道順を教えてはくれないかな」
手書きのメモを少女に見せながら道を訊ねた。地図を見せると、店の存在を思い出したようで、少女はすぐにその店がどの辺りにあるかを教えてくれた。
「――を曲がって舗装された道沿いを進んで行くと看板のある入り口があるので大丈夫ですよ」
修道女は笑顔を浮かべながら丁寧に道を教えてくれた。とりあえずその通り進めて行けば難なく辿り着くことができるだろう。
「邪魔しちゃって悪いな。それと色々ありがとう!もう行かないと――えっと……」
「うふふ、深呼吸して落ち着いて。貴方のお名前は?」
少女は優しく微笑みながらヒロアキの背中をやさしくポンとさする。その仕草はまるで母親が子供にするそれのようで、どこか安心感を覚えるものだった。
「俺はヒロアキ。ちょっと前に別の国からきたもんで殆んど、この大陸についてわからないことだらけなんだ。ホントありがとう」
本日は閉店してしまう可能性があるため足踏みしながら急いでヒロアキは店に向かう。その背中に手を振って修道女は見送る。少し振り返ってそんな少女の笑顔を見るとこちらも自然と笑みがこぼれるのだった。
「一度きりのあなたの
それから彼女はもう一度頭を下げて礼を言った後、足早に立ち去って行ってしまった。ヒロアキは少女が教えた通りの道順で店に向かうことにしたのだ。
別れの挨拶を交わしてから再び歩き出すヒロアキ。不安だったその足取りは心なしか軽くなっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
なんやかんやで目的地である店に到着。店の中に入ると店内はかなり広く、カウンター席やテーブル席などが併設されている。店内は賑わっているようで客の入りも多いようだ。
客層を見ると、冒険者風の男達が多く見受けられる。クエストの帰りで食事をしていると思われる彼らは美味そうに料理を頬張りながら仲間内で談笑している。
「ファミリーレストラン、ファストフードチェーン店じゃないか。案内は合っているはずだが…俺が間違えたかな」
看板には飯店。ごはん処とドラグニアの文字で書かれている。
「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」
店に入った途端、レジに居たスタッフ店員に声をかけられた。元気の良い男性店員だ。
「あ……うぇと、一名です」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
なにもせず帰るのは目立って恥ずかしいので一つ注文していくことにした。王都での初期のクエスト報酬と王様から支給された金貨を小遣いとしてコツコツ貯蓄していたからそれで乗り切ろう。
案内された席に座りメニュー表を手に取る。そこには料理の写真と共に値段表記されていた。どうやらこの店のメニューは銀貨十枚、高い品で金貨が一枚と都会に比べて比較的リーズナブルな値段設定のようだ。
「俺の元いた世界と差ほど変わらない。ザ・ファストフード店というような内装。逆に実家に帰省した時のような安心感すら覚える」
注文の受け付けを待っている間、店内を見回すことにしたヒロアキ。この店には家族連れや学校の友人同士で来ている客が多いようだ。
子供向けのメニューや玩具も置いてあることからファミリー向けや、観光客を意識して運営しているのがわかる。
「いらっしゃいませ! お客様ー。ご注文の方お決――ま」
店の入り口から元気の良い声が店内に響く。しかしその声はすぐに小さくなり、途切れてしまったようだ。
ヒロアキが振り返るとそこには見覚えのある顔があった。それは飲食店のユニフォームを着たメリアの姿だった。数秒後、我に帰ったのか「ハッ」とした表情になり慌てて頭だけ下げると再び口を開いた。
どうやらこの少女はこの店で働いているらしい。
「……最悪なタイミング。なんで貴方がここにいるの」
「俺は書いてあった通りにしたよ。メリアが書いたものじゃないのか?」
「違うわよ。『獅子屋』はこの店の奥! アッチよ」
気怠げな態度でメリアが指差したのは店の奥に建ってあるもう一つの店。どうやらそこは裏口になっているようだ。顎で指し示すと不機嫌そうにメリアは歩き始める。
「どうしたの?メリア。あたしが接客変わろうか?」
紅く色づいた鴇色髪の女性が厨房の奥から駆け寄ってきて心配そうに声をかける。一緒に働いている人だろう。その正体は王都会でヒロアキを冒険者パーティーへ招き入れ、異世界生活の始まりのキッカケを作ってくれたと言っても過言ではない女性、上級剣士のレイナだ。
「やっぱりお前もか。俺が加入する前は二人で旅してたって語っていたよな。仲が良いよな二人は」
彼女もお揃いのユニフォームを着て働いている。上半身は白いシャツで下半身は黒のミニスカート姿。その格好はまるで異世界版メイド服のようで可愛らしいデザインだった。
しかし、レイナ用だけ上着のサイズが合ってないのか今にも飛び出しそうに大きな胸が服を引っ張っており、胸の形に服が変形して谷間が強調されている。
さらに動く度に上下左右に揺れる胸がとてもセクシーで目のやり場に困るほどだ。レイナの魅力が強調されてしまっているのが少し気になってしまう。
店長め、分かっていてワザと彼女にだけ合わない服を着せているな! これはエロスは必要だと言う「完全に店長の趣味であり確信犯」だろうな。
名誉の為に補足して言っておこう。性的なものに不快を感じるもの、もいるかもしれない。
『筋は通っている』ことがわかってもらえたと思う。
魔族や危ない集団も存在するどこでも「戦場になり得る」世界において自分の武器を熟知している。
意味の無い不必要な場面にみえるだろう。一見ド天然にも見えるレイナだが、以外と策士で頭も良いのだ。と ヒロアキは考察する。
「冒険者じゃなく今だけお客様と従業員の関係だよ。いらっしゃいませお客様。ご注文こちらでよろしいでしょうか〜〜♡」
「は…はい」
それにしても丈が少し短い気がするし、スカートも短すぎて太ももが露出しているではないか! これは目の毒だ。チラリと覗かせるレースのついた黒色のパンツ。
普段の天真爛漫で子供っぽい彼女からは想像できない大人びた色気のある下着に思わずドキッとしてしまう。健康的な白皙の肌が艶やかに光り輝いている。
その瞬間、ヒロアキの思考はフリーズしてしまった。パンツを見たことで顔が真っ赤に染まり俯いてしまう。そのパンツを見た瞬間に心臓がバクンと飛び跳ねた気がしたのだ。そして同時に、身体の内側から沸々と熱が込み上げてくるような感じがしたのだった。
この気持ちは一体なんなのだろう? そんなことを考えていくうちに段々と思考が停止していく感覚に襲われた。完全に停止した思考とは裏腹に身体はどんどんと熱を帯びていき心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じた。
あの格好はかなり刺激が強いな。特に大きい人にとっては尚更だ。それに胸が大きすぎるせいか動く度に揺れるたびに大きく弾んでいるように見えるのだ。
胸元付近を凝視しているヒロアキの視線に気づいたのかレイナは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「う……ぅ」
まずいと思い慌てて目を逸らす。そんな挙動不審な態度を不審に思ったのか、少女は首を傾げていた。
なんだか気まずい雰囲気になってしまったので話題を変えようと試みる事にしたのだが何を話せばよいのかわからない。
「そういえば、なんで二人は働いているの? 冒険者ギルドで仕事を発注して貰えば済むだろう」
レイナと入れ替わるようにメリアがヒロアキの側にやって来て説明を始め、
「はぁ……。ここの一個奥に構えている『獅子屋』って店のオーナー。ちょいとクセの強い人物で……人手が足りないから手伝えって頼まれちゃったのよ」
併設された飲食店のスタッフ代行を頼まれたらしい。「用事」ってのはこの事だった。二店補の店長をこなせる営業力の持ち主とはスゴイな。ぜひ会ってみたい。
ちなみに今、レイナは別のお客の相手をしているところだ。注文を受けた料理を運んだり接客をしたりと忙しそうである。
「いらいっしゃいませ。お客様!」
続けて店の清掃作業にレイナは取り掛かっている。
彼女は店内を掃除しながら時折こちらを見て微笑んでいた。
するとメリアは少し不機嫌そうな表情になり、ジトリとした視線を送ってくる。レイナに比べてメリアの身長はひと回りぐらい小さいな。
何か怒らせるようなことをしたのだろうか――。
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