性別を越えた仲

@entotu869jw

性別を越えた仲


―――アキオと俺の仲には、性別とか、関係ないんスよ。



アキオが初めて会社に入ってきた日、覚えてますよ。

会社のバカ女どもがキャーキャーわめいてましたね。


そりゃアキオ、めちゃくちゃイケメンですしね。

俺も最初はびびりましたよ。

こんな顔立ちが整った人間がいるのかって。


でもまぁ、最初は俺はアキオの事、なんとも思ってなかったんスよ。


あの日の事は今でも覚えてます。

アキオが俺の方見て言うんすよ。

「社長から聞きましたよ。先輩、〇〇校出身なんスね!」

もうそんときのアキオの目がね、まっすぐで、今でも覚えています。

そんで俺の恩師がアキオの部活の顧問だってわかったんスよ。

そっから話はずんで。


これもう運命でしょ、宿命っしょ。


そっから俺アキオを舎弟にしてやったんス。

仕事でも人生の事でも何でも教えてやりました。

なんせ俺の方が人生の先輩ッスし。

どこに行くにも連れてってやりましたよ。


キャバクラだって連れてってやりましたよ。

やっぱアキオ、モテてましたねー。

顔のいいやつは得っすね。

アキオの奴恥ずかしがってさぁ、

お前いっちょここで童貞捨てろって言ったら女のコ達大爆笑でさ

でもアキオの奴「え…」とか言うからさぁ

そこは、はーい脱童貞しまーすだろ、空気読めってアキオのドタマしばいたんスよ。

アキオのやつ情けない声で痛いとか泣きごと言うし、女の子達がだめですよぉ叩いちゃぁとか言いだしちゃって大騒ぎ。

あんな爆笑な事ありませんでしたよ。

めっちゃ笑いましたよ。

あんま面白くてさすがに呑みすぎて。

俺次の日、二日酔いでさぁ

アキオ肩貸せっつってアキオの肩に寄っかかったんですよ。

そしたら総務のバカ女どもが俺ら見て、なにあれーとかきもーいとか言ってんすよ。

思わず笑っちゃいましたよ。

頭薄っぺらいバカ女どもにはわからないんすね。

俺とアキオはそんなんじゃないんすよ。

女どもは勝手な事ほざいてますけどね。

俺はアキオに性的に興奮した事一度もないスよ。

なんならアキオが隣で寝てても、一緒に風呂入っても俺何もしない自信ありますし。

一回アキオに言ったんすけどね。

一緒に銭湯行くぞって。

アキオ恥ずかしがったんすけど、連れションならぬ連れ銭湯ぐらい男所帯じゃ当たり前だ、早く来い!ってしばいたんすよ。

したらバカ女どもがどっかから湧いて出て「アキオさんあっち行きましょー」とか言ってアキオ引きずってくし。

なんなんすかねあいつら、やたらいつもアキオの近くにいるし。

ストーカーなんですかね、気色悪い。


みんな本当にわかってない。

もっと深いんすよ、俺とあいつは。

あいつの目を見ればわかるんすよ。

性別とか関係ないんす。

性別なんてちんけなもん、超えた絆で結ばれてんすよ。



それがなんで────

なんで俺に一言もなく────

番号まで変えるなんて────

アキオ──


アキオぉ────……






私はすっかり炭酸が抜けたビールをちびりちびりしながら、ひたすら目の前の男の話を聞くふりをしていた。

とうぜん内心はうんざりだ。

昭和のオッサンがみんながみんな居酒屋で若者と飲みニケーションしたがってると思うなよまったく。

どうせ呑むならとっとと帰って映画でも見ながら吞みてぇよ。

あーそういえば家族で見に行ったゴジラの話もう配信してんだよなぁ。

このあいだ息子が、ようやく買い替えたリビングのテレビに配信サイトのアプリを入れてくれた。

あれは驚くよなぁ。

ガキの頃熱中した白黒の怪獣映画や時代劇映画まで見放題という。

いつでも好きな映画が自由に見られるようになるなんて、子供の頃は想像もしなかったな。

空飛ぶ車や宇宙旅行はさんざん妄想したけど技術は思ってもみなかった方向に進んだ。

見たいアニメを録画させてくれと親に泣いて頼んだり、レンタルビデオショップをハシゴしたりしてた時代が嘘みたいだ。

今の子は、親が野球中継見てるせいで好きなアニメが見れないなんて経験ないんだろうなぁ。

ファミコンだってまだセーブしてないのに…


……まあ、現実逃避はこのへんにしとこう。


目の前の男はエグエグ泣きわめいている。

帰りたい。

泣きわめく男より暴れまわるゴジラが見たいよまったく。

でもやむを得ない。

ここで足止めしておかんとこいつ、アキオくんにストーカーしかねない。

このご時世だ。

そうなったらあっという間にSNSで大炎上だろう。



アキオくんが総務に泣きついてきたのは先週の事だった。

もう無理っす先輩のパワハラに耐えられません辞めます辞めさせてください。

整った顔を涙でぐしゃぐしゃにしてアキオくんは訴えをした。



アキオくんが配属されてきたのは半年前だったか。

女の子達が「すっごいイケメン!」「宝塚行ったら成功しますよー」だのきゃあきゃあ言っていた。

その爽やかさもあって、配達先でも大好評、アキオくんはすっかり当部署の顔になった。



状況が変わったのはたったひと月前だ。

アキオくんが出身校の話をしたのがきっかけだった。

女子社員達からの情報だと、目の前の未練男がアキオくんに付きまとい始めたのはそのあたりの出来事らしい。

部署が違うくせに偉そうにアキオくんに指示したり、アキオくんをアゴでこき使おうとしたり、やりたい放題となった。

アキオくんの直属の上司にどやされても聞く耳持たずだったらしい。

女子社員達はすぐに異常に気付き、できるだけアキオくんをガードしていたのだ。

女子社員達の話いわく、隙があればアキオくんに付きまとい、昼食の時間になれば社員食堂でアキオくんの隣を占領して

「聞いてるこっちが全身じんましんになりそうなぐらい間違いだらけの人生のアドバイスや訓戒」を「めっちゃえらそうに」アキオくんに垂れ流していたらしい。

実に申し訳ない。

自分の娘と同じぐらいの女子社員達にそこまで気を使わせてしまった。

年取るとそう言う事に気付きにくくなるんだよなぁ…

「キャバクラにだって、キャバクラにだって、ガールズバーにだって、連れてってやったのにぃぃ」

話題がループしだした。

だいぶ酒がまわったようだ。

なーにが舎弟だ行きつけのキャバだ。

ひと月前まで、目の前のこいつはキャバクラなんか一度も行った事ないはずだ。

今でこそ豪快に振舞ってるがむしろ女性にオドオドしている口数の少ないタイプだった。

むしろ女性に縁遠いタイプだったのだ。

女性社員を「バカ女」呼ばわりなんて一度も口にした事はなかった。

他の後輩を舎弟扱いする事もなかった。

たったひと月、アキオくんに付きまとってる間に勘違いしちまったんだな…



アキオくんの直訴を思い出す。

アキオくんは社長の前で、涙声で訴えていた。


―――先輩、一緒に銭湯行こうぜっていうんです。

―――俺がお前に手を出すわけないだろって。

―――お前が隣で裸で寝てても俺なんとも思わねぇもんって笑うんですよ。

―――男子校なら連れ銭湯ぐらい当たり前だって。


私も男子校出身だが連れ銭湯など聞いた事もない。

社長が、気付かなくて本当にすまんと土下座せんばかりの勢いでアキオくんに謝っていたっけなぁ……。



私はダメモトで目の前のバカに言った。

「いや…いくらなんでも風呂はだめだろ…お前、それは…」

「だぁかぁらぁ! 俺はアキオに対してそんな気はありませんって!」

お前に本当にその気がなかったとしても肝心のアキオくんが嫌がってんだよ。

私みたいなオッサンだってそんな事言われたらきしょいわアホが。

私は思わず言った。

「あのなぁ…アキオくんのお父さんがそれを聞いたらお前ぶん殴られても文句言えないぞ。俺の若い頃だってそんな事したら…」

「なんでいきなりアキオの親とか出てくんすかぁぁ!親とか関係ないでしょぉおお!」

私の脳内で若き日のいかりや長介さんが「だめだこりゃ」と言った。

そういえばドリフみたいな昔のお笑い番組なんかも配信で見られるんだろうか。

早く帰りたい。

ドリフ見てえよ母ちゃん。

せっかく技術が進んで見られる環境が整ったのに大人になってまで好きなものが見られないなんて理不尽だよ…

私はスマートウォッチで時間を見た。

お、そろそろいい時間だ。

「俺はぁあいつにやましい気持ちなんか全然ないんですって!俺とアイツは性別とか関係ないんす!そんなもん越えた絆で…!」

よし、いまごろアキオくんは新幹線で西日本の支店に着いた頃だろう。



アキオくんは最後に言った。

向こうの支店に行ったら母の旧姓を名乗ります。

昔からこの男みたいな苗字が嫌だったんです。

ラブレターもらったり、文化祭とかで必ず王子様役やらされてちやほやされるのは、まぁちょっといい気になっちゃいましたけど。

先輩に何度も何度も連呼されてますます嫌になりました。


うなだれるアキオくんに社長が、向こうに行ったら婚活したらどうかと勧めた。

そばで聞いてた専務が「このご時世にその発言は…苗字だって必ずしも…」と社長に御注進した。

さいわいアキオくんは社長の発言をとくに気にする事も無い様子で

「あー…その手があったかぁ…苗字変えるならその方が手っ取り早いですもんね…」

と言った。

そのあと

「…でも…ちょっとしばらく、男の人はいいかなって…」

と、続けた。

完全にトラウマになってしまったようだ。



アキオくんがトラウマを払拭して良い伴侶を得て苗字が変わる事を昭和のオジサンも祈っとく。

それまでこの未練タラタラ男の相手は俺がしとくよ。

がんばってくれ。



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