夏 

 五歳くらいだった私はその人と海水浴場にいた。ビーチサンダルを脱ぎ捨て、砂浜を全力で走り、海へ飛び込んで、波にもみくちゃにされ、遊び疲れた私は、その人とかき氷を食べていた。

 私はイチゴ、その人はレモンだった。

「なんでレモンにしたの?」私は訊ねた。幼かった私にとって、レモンは大人が食べるものというイメージがあった。父が飲んでいたお酒の缶にレモンの絵が描いてあったから、そう思ったのかもしれない。

「黄色が好きだから」その人は風鈴みたいに笑いながら言った。

「酸っぱくないの?」

「酸っぱくないよ」

「嘘だ。酸っぱいよ」

「酸っぱくないよー」

「嘘だー」

「嘘じゃないよー」

「本当に?」

「本当だよ。一口食べてみる?」

 その人がストローのスプーンですくったレモン味のかき氷を私の前に差し出してきた。私はそれを口へ含んだ。

 酸っぱくなかった。でも、それを認めるのがどうにも違うような、恥ずかしいような気がして、酸っぱいと言った。胸のあたりがグラグラと揺れて、頬のあたりがムズムズとして、体の中心が熱くなった。

私はイチゴ味のかき氷をかきこんだ。

 麦わら帽子の下のその人の笑顔がとても眩しくて、ぼやけていた。

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