第9話 我が名は人馬宮のアドバキエル……頭のおかしそうな男がそういった

「なあ、母ちゃん。」

「どうした。母ちゃんがいなくて寂しかったか?」

「そんなんじゃねえよ。なあ、広い風呂にゆったり浸かってみたいと思わねえか?」

「風呂?」

”キュキュキュ!”

「ああ、母ちゃんのお桐様も浸かりたいってよ。」

「風呂か、確かに久しく入ってねえな。」

「西の村の生地屋の女将さんが、母ちゃんを養女に迎えたいって言ってんだけどよ。」

「何であたしを?」

「俺と母ちゃんと女将さんの3人で暮らさねえかって言われてるんだ。」

「あたしは、お前のオマケじゃねえよ。」

「そういうんじゃねえんだ。」

「あたしらは嫌われモンの忌部だ。どうしてそんな話しになるんだ。」

「俺に、神様のために狩りをする仕事も与えてくれるっていうんだ。狩人は忌仕事じゃねえってさ。」


 俺は、昨日あった事を全部話した。


「神社の神様ねえ。まあ、このワンピースを見りゃ、神祭ってのも信じるしかねえけどな。」

「女将さんは、この村の時枝って家の子孫になるらしい。」

「ああ、あの時枝さんか。」

「知ってるのか?」

「多分、その女将さんの母親以外に子がなくてな。母ちゃんの小さいころに血が途絶えちまったな。」

「どうする?」

「どうするって、神様に乞われてんじゃ行くしかないだろうよ。」

「じゃあ。」

「明後日出発か、忙しないねぇ。色々とことわりを入れておかないと。」

「おれは、もう一度西の村に行って、母ちゃんが了解してくれたって伝えてくる。」

「ああ、あたしは部落長のところへ行ってくるよ。」


 翌日は荷造りにあてて、その翌日、朝早くに荷車をひいて出発した。

 荷物といっても、母ちゃんのタンスと2組の布団くらいだから、俺でも荷車を引けた。


 ゆっくりだったが、それでも陽があるうちに村に到着した。

 村は祭りの雰囲気に包まれており、生地屋さんは休みにしており、女将さんは家にいた。


 初対面の二人は、それでもぎこちなく挨拶を交わし、汚れを落とすために風呂に入って身支度を整えてもらった。

 髪は白い布で蝶々結びにまとめられ、女将さんの用意してくれた下駄を履いて俺たちは神社へ繰り出した。

 母ちゃんは女将さんに作ってもらった新作のワンピースだ。

 濃紺の生地に白いアヤメが二本染められた柄で、すごく目を引く。

 

「いいわね。姿勢もいいし、裾に伸びた白いアヤメが清楚な色気を感じる。弥七君みたいな子供がいるとは思えないわ。」

「やめてください。そういうのに慣れてないんですから……。」

「千代さん、あなたは私の娘になったんですからね。」

「は、はい。お母様……。」

「やっぱり母ちゃんは奇麗だな。神様たちもそう言ってるぞ。」

「バカ……。」


 神社の境内に入ると、神様が集まってきた。


”キュキュ”

「タケミカヅチ様、俺の母ちゃんは奇麗だろ。」

”キュキュキュ”

「いやいや、タツキさんにだって負けてないぞ。」


 巫女服のタツキさんと並ぶと、姉妹のように雰囲気が似ている。

”キュキュ”

”キュキュキュ”

 神社の神様の間でも、人気は二分されたみたいだ。


「じゃあ、俺は風呂の準備をしてくる。」


 手の空いている神様がぞろぞろとついてくる。

 風呂の掃除も神様たちに手伝ってもらい、水を張って沸かしてもらっている。


 そんな中、けたたましい警報が鳴り響いた。


「なに、これ?」


 だが、祭りの参加者に警戒する素振りはない。


”キュキュ”

「えっ、結界に侵入しようとするモノがいるの。それって、異教徒の……。」

”キュキュウ”


 どうやらそうらしい。

 俺は、神様に誘導され、神社の北西、つまり榊を切った場所へ向かう。

 途中でタケミカヅチ様が入ってきた。


”すまんが、身体を借りるぞ”


 そう、思念が伝えてきた。


”あら、私もおりましてよ”

”ほう、月音か、久しいな”

”僕の方が先にいたんだけど”

”流風か”

”わったしもいまーす!”

”水環か、こんなに詰め込んだら弥七の神力がもたんだろう”

”いやいや、毎日6人が普通に同居してますからね”

”そうそう。さっき、針と釜を追い出しといて正解ね”


 何か、俺の身体で遊んでませんか、皆さん。


”許せ、緊急事態だ”


 何だか、あっという間に着いた。

 そこには、白い翼の生えた男が立っていた。


「何だ、やっと来たと思ったら、小僧一匹か。」

「……。」

”タケミ、何か言ったらどう”

”そうだそうだ”

「うっ、……今宵は大事な神事の最中。無粋な真似はやめて帰れ。」

”あーっ、大袈裟な物言い”

”タケミーはカッコしいやからな”

「東の蛮族に神事など必要あるまい」

「たかが使い走りの分際で口が過ぎるぞ。」

「くっくっくっ、我が名は人馬宮のアドバキエル。忘れぬよう、その身体に刻め。」


 男はいきなり短筒を出してパーンと撃ってきた。

 殆ど同時に響く、パキーンという拍子木の音。


「月音の時空間制御か。余計な真似を。」

”あら、速攻で終わらせるんでしょ”


 多分俺にだけ理解できるのだろう。

 ほとんど静止した時間の中で、俺だけが男に向かって歩き、中間をゆっくり進んでくる玉の向きを変えた。

 そして、右手の木剣を男の眉間に突き刺して引いた。

 動き出す時間。

 玉は男の左胸にめり込み、傷一つない眉間からブレるように消滅していく男の身体。


”あらら、完全に消しちゃったんだ”

「このような雑魚、問題あるまい。さあ、戻るぞ。」

”そうね。働いたあとはお風呂よ”

”水環は何もしてないだろ”

”あら、私の出した神泉よ”


 風呂場に戻ると、浴槽は既に女性陣に占領されていた。


「な、何で先に入ってんだよ!」

「いいじゃないか。ほら入って来い。タツキさんもいいだろ。」

「はいお義母さま。将来の夫ですから、問題ありません。」

「いやいや、神様多すぎだって!」

”キュキュ”

「ウズメ、お前はまだ神舞の途中だろ!」

”キュキュ”

「小休止だと!舞いの途中で風呂に入る女神なぞ聞いたことがないぞ!」

「まあまあ、タケミ、硬いことをいうな。嫌われるぞ。」

「ウズメって、まさかアメノウズメ様がお入りになっているのですか!」

「弥七、お前大丈夫か?何だか色んな神様が入り混じってるような……。」

「……ふう、やっとみんな出て行ってくれたよ。5人の神様が入ってたんだ……って、タツキさん!し、失礼しました。」


 俺は股間を隠し、慌てて浴室から出た。


「なあ、あいつチンチン大きくしてたな。」

「千代、そういうことを親が言ったらダメだろう。」

「まだ、毛も生えていないくせに婚約とか生意気なんだよ。」

「あら、お義母さま、私は気にしていませんわ。」


 ちょっと待て。

 俺はまだ脱衣所にいるんだぞ。

 それに、婚約?聞いてねえよ。


 脱衣所から出て境内を歩くが、すれ違う神様がおめでとうと声をかけてくる。

 めでたい?何があった……。


 宮司さんとあったところで、それは判明した。


「やあ、弥七君。これからもよろしくね。」

「な、何をですか?」

「いや、神社付き神饌料理人の就任だよ。今日の収穫祭のあいさつで紹介させてもらったからね。」

「あ、そうですね。よろしくお願いします。」

「それと、千代さんから了解をもらったからね。それも紹介させてもらったよ。」

「な、何をですか?」

「何って、タツキとの婚約だよ。」

「えっ?」

「まあ、祝言は君の元服を待ってだから、4年後だね。」


 ……、何でこうなった。



【あとがき】

 少年が大人になる元服は、数えで15才、つまり15才になる年の正月です。

Youtube動画

https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE

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