倭国の針神様

モモん

第1話 神様なんて見えねえよ

 倭歴589年

 政府は鎖国を続けていたが、唯一開港した横須賀港を拠点として、外国の思想、特に宗教観が倭国の中に根を広げていた。

 その中でも問題視されたのは、天使派と悪魔派の対立であり、どちらもが憑依術を使って、超人的な能力を得りことができた。

 二つの派閥は時に敵対し、時に協調しながらその勢力を拡大し、神奈川全域に広がっていた。

 

「爺ちゃん、本当にこんな針に神様がいんのかよ。」

「ああ、間違いない。わしの五感にビビビッときてるからな。」

「俺には何にも感じられねえよ。」


 俺の名前は神代弥七(かみしろやひち)。昨日7才になった。

 神代の血を引く者は、7才になると神に通じることが可能となるらしい。

 爺ちゃんの権兵衛は、釜と通じており、第1段階の纏(まとい)もできる。

 釜を纏った爺ちゃんは無敵状態で、それこそ鉄の身体を手に入れる事ができる。

 だから、何かが起きた場合は、釜を背負って駆けつけるのだ。

 

 倭の国でいう神とは、八百万(やおよろず)の物に宿ると言われているが、全ての物に宿っている訳ではないらしい。

 それに、”通じる”とか”纏う”と言われても、どういう事なのか、俺にはさっぱり分からない。


 爺ちゃん曰く、通じる事ができるまで、肌身離さず持ち歩けという事なのだが、相手は縫い針だ。

 一応、キモノの袖に刺してはいるのだが、時々顔を出して腕に刺さる。


「なあ爺ちゃん。」

「何だ?」

「こいつ、俺の血を吸いたいみたいだぞ。」

「それはお前の集中力が足りないからだ。もっと精進せい!」

「昨日なんて、寝返りうったら、腹に刺さって飛び起きたんだぞ。」

「もっと心を通わせてみろ。」

「通う前に、俺、死んじまいそうな気がすんだけど……。」

「気のせいだ。」

「なあ、爺ちゃんの時は、ずっとその釜を持ち歩いていたのか?」

「ああ。だから喧嘩の時は強かったぞ。」

「……死んだ父ちゃんは畳だったって聞いたけど、小さい頃は大変だったんじゃねえか?」

「田吾作の場合は、畳のイグサを一本抜いて持っておったな。」

「じゃあ、箪笥の母ちゃんは……。」

「箪笥の金具を外して持ち歩いとったようじゃな。」


 俺は針でよかったのかもしれないな。

 かすかに覚えている父は、畳をかついで飛び出していった。

 そのまま帰ってこなかったが……。


 そんな爺ちゃんも、満月の晩に飛び出して行って死んでしまった。


「まさか、権兵衛さんがやられるとはな。」

「相性が悪かったんだ。相手は悪魔派の侯爵で炎使いのアモンというらしい。」

「なんでも、2000度を超える炎で、権兵衛山の身体を溶かしちまったらしいぞ。」

「でもってな、権兵衛さんもドロドロに溶けた身体で相手に体当たりして深手を負わせ、憑依を解いたんだとよ。」

「ああ、そいつも重傷を負って警察に連行されたみてえだ。」


 葬儀の時に親戚のしていた話しを聞いて状況は理解できた。

 悪魔派のアモン……ドロドロに溶けた爺ちゃんの釜を抱いて、俺はその名を胸に刻んだ。


 母ちゃんの千夜は、近くの木工所で働きながら俺を育ててくれた。

 俺は私塾へも行かせてもらい、そこで様々な事を学んだ。


 ここで、地球が丸いことも教わり、海の向こうに別の国が存在するという事も理解した。

 吉田先生のいう、異国の進んだ知識を身につけ、倭の国を異国と対等に接する力が必要だというのも理解できた。

 この塾には十字架が飾られている。

 十字架の頂点には神の顔が飾られ、右端に天使、左端に悪魔が彫られている。


「この世の全ては一人の神が創造され、天使と悪魔によってこの世が運営されています。皆さんも神に感謝しましょう。」


 俺にはこの意味が理解できなかった。

 この考え方に、倭の国の神は含まれていなかった。


 爺ちゃんが亡くなって3か月。

 俺は針の神様と通じる事ができた。

 通じると言っても、話しができるとかいう事ではない。

 自分の中にもう一つの自分が存在したような感じだ。


 爺ちゃんは、この結びつきを強くする事で、纏が可能になると言っていた。

 なので、俺は針の神様と意識を合わせるようにして日常生活を送るようにしていたのだが、いつの間にか物や生き物に宿る神様みたいなのが見えるようになっていた。

 俺の見える神様は、金属の玉に目だけがついていたり、三角を二つ重ねたような単純な形で、おそらく高位の神様はカスミがかかっていて見えない。

 例えば、神社の狛犬なんかは、完全に真っ黒な状態に見えた。

 そしてもう一つ気づいた事がある。

 それは、形がはっきり見える神様と俺の針神様は合体できるという事だ。

 そして、合体を繰り返すと、自分の能力が増えていくのを感じた。

 人間でいえば、スタミナがつく感じだ。

 合体というよりも、吸収とか取り込みみたいな事かもしれない。


 強くなりたいと感じていた俺は、手当たり次第に合体を繰り返していった。

 そして、強くなるにつれて、見える神様の種類が増えていく。

 爺ちゃんの形見となった溶けた釜には、半分溶けた雪だるまみたいなお釜様が残っていた。

 

「お釜様、爺ちゃんの代わりに、一緒に行かねえか?」

「……。」


 お釜様は元気になったみたいで、淡い光を放つと丸い金属の玉に変わった。

 これ以来、俺はお釜様も持ち歩くようになった。

 とは言っても、重いので背中にくくりつけている。

 順調にいくかと思っていたが、8才の頃俺の住む部落が忌部に指定されてしまった。

 これは県知事による決定で、忌部に住む者は部落以外で仕事に就けず、対外的な取引は忌仕事である毛皮と肉の売買に限定されてしまった。


 この事がきっかけとなり、母ちゃんは仕事を失って、野良仕事に専念する事となり、家は更に貧乏になった。

 まあ、部落自体が貧困に陥ってしまった中で、とりあえず食うことに追われる生活になっただけだ。


「ああ、すまんね。こんな飯ばっかで。」


 毎日が、稗や粟の雑穀を煮た雑炊ばかりだった。


「母ちゃん、俺も猟に出る。」

「まだ、お前には無理だ。」

「大丈夫だ。俺には針神様がついてるからな。」


 後になって聞いた話しだが、この忌部の指定は、国外の宗教団体からの圧力で、倭国の神を押さえつけ力を削ぐために仕組まれたらしい。

 この見返りとして、県知事には海外の物資が横流しされ、成りあがったと聞いた。


 この頃になると、俺は部分的に針神様の力を使えるようになっていた。

 一番力を発揮できるのは、松の葉っぱだった。


 松の葉を一本千切り、力を注ぐと針のように硬く鋭くなるのだ。

 だけど、それを思い通りに投げるのは難しかった。

 投げると回転してしまうため、目標に刺さらないのだ。


 それに、硬くなっているのは30秒くらいなので、まとめて硬くする事もできない。

 毎日、肩と肘が痛くなるまで投げ続け、まともに飛ばせるようになるまで2か月もかかってしまった。


 8才の俺が狙える獲物といえばウサギやリス程度だったが、部落近くのウサギは狩りつくされている。

 ヘビも魚もキツネも、近場では見なくなっている。

 イノシシやシカも、大人たちが狩ってしまった。

 唯一残っているのは、上空を舞う鳥とリスだけだ。


 松葉を遠くに飛ばすため、俺は毎日投擲の訓練をしながら、神様を合体していった。


 俺が初めてムクドリを仕留めたのは、訓練を開始してから半年後の冬だった。

 冬に入って、食えそうなものは木の根っこと少ない芋くらいで、常に空腹の俺と母ちゃんにとって、鳥は十分にご馳走だった。



【あとがき】

 新作です。

 倭国の神を描いていこうと思っています。

 読み上げの動画を作っていますので、週に2話くらいの更新になると思います。

Youtubeです

https://www.youtube.com/watch?v=xtoZYlZEOHE

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