どうしても取材がしたくて

「シタミデミタシが出てたライブ、チケット取れなかったんだよなあ」

 鈴音はそんなことを思いながら、パジャマ姿でベッドに寝転がっていた。

 ふわふわな生地のパジャマ姿だ。

 そしていつものポニーテールをほどいた状態で、ベッドに体を預けている。

 もどかしい気持ちを振りまきながら、鈴音はベッドの上で寝返りを打つ。

 見るチャンスがあったライブを逃したというのは心残りだ。

 再びライブで彼らの漫才を見られると思った矢先にこれである。

 シタミデミタシに注目している身としては少し切ない。

 鈴音がスマホでシタミデミタシを調べてみると、近い日にどうやら地方営業があるようだ。

 ただし、会場は鈴音の家から余りにも遠い。

 日程的に日帰りは厳しく、シタミデミタシの漫才を見ようとすると新幹線やホテルなど結構なお金を準備しなければならない。


「会社から旅費は出ないし、もし無理を押し切って行こうものなら生活にダメージが出ちゃう……」

 鈴音はもたらされた情報に顔をしかめた。

 シタミデミタシのネタは見たいのだが、鈴音は彼らの追っかけではない。 

 そして何より彼女自身の生活がある。

 もっと現実的な方法で彼らの漫才が見たいのだ。

「それなら、次のライブ予定は……、なしと」

 地方営業以降の予定は入っていないようだ。

「次のライブ告知を待たないといけないかな?」

 鈴音は考えを巡らせていた。

 本当ならそのまま取材が出来ればいいのだが、それが叶わなければ接触して話を聞いてみるべきか。


 流石にそれは編集長にバレたときに怒られるのは間違いないろう。

 本来、そこまでのリスクを背負うべきではない。

 だがしかし、鈴音の心を掻き立てるものがある。

 圧倒的な好奇心だ。

 自分が注目している漫才コンビが今後どんどん上のステージに上がっていくのではないかという気持ち。

 そして、自分が注目している漫才コンビが実際に評価される瞬間に立ち会うことが出来るのではという気持ちだ。

 これはエンタメ記者冥利に尽きる話である。

「人間度胸! 度胸が大事なんだから。それに、編集長は泡沫なんて言ってたから案外気にしないかもしれないし……」

 正直言って相当ポジティブかつ甘い見通しであると言わざるを得ない。

 しかし、そんな鈴音は自分にそう言い聞かせて、シタミデミタシに接触を図るべく策を巡らせるのだった。



「確か事務所はこの辺りのはず……」

 鈴音が円城プロの事務所を探しながら周辺を練り歩いていた。

 その姿は私服で、到底取材に来た記者だとは思えない。

 鈴音はシタミデミタシのファンということで、是非お話させていただきたいと社長の元を訪ねることにする。

 しかし、お目当てのシタミデミタシは事務所にはおらず、鈴音がシタミデミタシに会うのは難しいようだ。

 そして何と、円城社長が直々に鈴音の前に現れた。

 それでも鈴音はひるむことなく、交渉を仕掛けることにした。

「シタミデミタシのファンで、お二人にお会いしたいのですが」

「ただのファンではなさそうですね。もしかして、記者の方ですか? 本当のことをお話いただければ、貴社に対して連絡を入れたりはしませんよ。お互い、事を荒立てない方がいいのではと思いましてね」

 鈴音は円城社長に見透かされたような気がしてたまらなかった。

 そして、目の前にいるこの人を誤魔化すことは到底不可能だと鈴音は悟った。

「私は円城プロの円城と申します。名刺、頂戴してもよろしいでしょうか?」

 円城社長は鈴音のことをすべて見透かしているかのような行動を見せる。

 その凄さはある意味恐ろしく、円城社長から名刺を受け取った鈴音は圧倒されてしまう。


 そして、観念した鈴音は隠し持っていた名刺を円城社長に手渡す。

「エンタメ記者をやっています。守屋と申します」

「ありがとうございます、頂戴致します。大手さんでお仕事されているのですね」

 そして、円城社長は鈴音に対して舐めた態度は決して取らなかった。

 そこは円城社長の人柄なのだろう。

「お気持ちはありがたいですが、取材を受ける気はございませんよ」

「彼らの漫才を見て、どうしても取材がしたかったのです」

「今彼らは力をつける大切な時期です。そんな時に取材は出来ません」

「そ、そんな」

「それは彼らが賞レースで優勝した時にお願いしましょう。今彼らがのぼせあがってしまうわけにはいかないのです」

「もし賞レースで優勝してのぼせてしまうようなことがあったら?」

「そこから先は我々のお話です。貴方の話ではない。違いますか?」

 円城社長から凄みを感じ続けてしまっている鈴音。

 小さい芸能事務所だからとバカにしたつもりはなかったのだが、予想と離れた対応をされて鈴音は困惑していた。

 そしてついに鈴音は、そのまま頭を下げて退散してしまった。

「彼らには着実に力をつけて頂きたい。それだけです……」

 円城社長は去っていく鈴音の背中を見て呟いた。

「腹筋BREAKERのエントリーと決勝トーナメントのお題発表もそろそろ始まりますね。今回はどうなるでしょうか……。シタミデミタシの二人がどうなるか気になるところですね」

 円城社長はこの場にいないシタミデミタシの二人と、来る腹筋BREAKERに思いを馳せていた。

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