第48話 謝罪
腕がこんな状態であるので、今日は田宮に赤のコクピットを任せている。
昼過ぎ、日差しが暖かく風さえなければ快適で、散歩がてら歩くのにちょうど良い。今日も例によって役場に向かってしまう。笑美は朝から遊びに行くということで俺一人だ。
「よ、やってんな」
赤のコクピットを見上げて、無線で声をかける。太陽がちょうど良い高さにあり、見上げるとまぶしい。しかし逆光も悪くない。
「お、来たか。今日は一人だな」
「遊びに行くんだってよ。いつものメンツだろ」
スマホを構えてAAの写真を撮るが、片腕では手ブレ補正で補正しきれない写真ばかりになるので諦めた。
「毎日来てんのか?」
毎日は来ていない田宮に聞かれるが、答えはイエスだ。
「せっかく春休みで少しお客さんも増えてるし、せめてグッズの売り子でも手伝おうとか」
そんなことは考えてないし、手伝ったこともないけど。
「おとなしくしとけばいいのに」
「そうね、笑美に甘やかされてりゃいいのよ」
びっくりした。いきなり無線の会話に遙香が入ってきた。ちょっと気まずいんだよなあ……。
「その笑美もいないからな。いてもここには顔出してるけど。まあ、歩くリハビリも兼ねてってことで」
「つまり暇なんだな」
田宮が笑うと、遙香もそれに賛同した様子だ。そうだよ、暇なんだよ。
俺たちが笑い合っていると、役場の敷地に県外ナンバーのいかにもな高級車が入ってくる。その真っ黒な車が駐車枠ギリギリに収まると、強面の運転手が後席のドアを開け、貫禄のある老人が降りる。
「おお、どこかの偉い人かな」
「こんな田舎に……AAを見に来たのかな」
俺が田宮と話していると、その老人は俺の方へ歩いてくる。え、なに……?
老人は俺の前に立つと、俺の顔と固定された腕を交互に見て重々しく口を開く。
「おめさんが、あのロボットの乗り手か?」
「あ、はい。今はこんななのでしばらくは乗れませんけど」
「そうか……」
静かに膝をつくと、俺に向かって土下座した。
「うちの若えもんが勝手なことをしてこんなことになってしまって、本当にすまなかった。この通りだ」
あ、この人はあのとき暴れてた人たちの組長か。突然のことに言葉が出ない。というか、相手がそういう人だと認識した途端、威圧感に押しつぶされそうになる。
「ちょっと、その人誰なのよ」
遙香が無線で話しかけるが、俺が無線のスイッチを押さないのでこちらの声は届かない。聞きたかったらAAの外部マイクで音を拾えば良いだろうが、多分忘れてるな。またに暴れられても困るから、その方が都合が良い。
「えっと……とりあえず頭を上げてください。人も見てますし」
言うと、頭を上げる組長。改めて顔を見ると、貫禄はあるがどこか優しそうな印象を受ける。
「大事な時期の若い子にこんな目に遭わせてしまって、どう詫びたものかわからねえ。本来なら親御さんにも頭を下げるべきだろうが、まずはここでおめさんに頭を下げさせてくれ」
組長が目配せすると運転手はダッシュで車に戻り紙袋を持ってくるが、最初から紙袋を持ってこなかったことに組長はいらだちを見せる。
「誰が何を言うかわかったもんじゃねえから、ヤクザ者が金を渡すわけにもいかねえ。だから、まずはこれを受け取ってくれ」
わずかに苦笑する組長。
受け取り、チラリと中を見ると有名店の芋羊羹だ。ヤバい、超嬉しい。
「それでな……俺たちはもう組を畳む。元々小せえ組で、他の組の嫌がらせにも耐えられなかった。そこで今回の件だ。どうせこのご時世、これからますますヤクザ者はやりづらくなるだけだ」
親御さんにも謝罪させてくれと言うと、もう一度深く頭を下げて車に戻っていった。
そうか、あの人の組は解散するのか。その筋の人たちがすぐにまともな職に就けるかはわからないけど、真っ当に生きてほしい。走り去る車に頭を下げて見送り、そんなことを思った。
「で、今のは?」
田宮の声にようやく無線のボタンを押して、こちらの声を届ける。
「例の暴れてた暴力団の組長だよ。謝罪しに来た。あの人の組、畳むらしい」
「へえ、上の人はまともね」
謝罪に来るのが遅かったのは、きっと警察の取り調べや手続きなど色々あったのだろう。自分がやったことではないとはいえ、一応組長だし。
「それお詫びでしょ? 何をもらったのよ」
「芋羊羹だな。好きなんだよ、これ。でも、その筋の人から受け取ったものを食べて良いものか……」
「いいんじゃない? 私もやり過ぎたけれど被害はこっちのが大きいし、そのくらい気にせず食べちゃうべきよ」
遙香はさすがにこういう時の考え方は大胆だな。しかし受け取ったということは謝罪を受け入れると取られるよな。なんか流れで受け取っちゃったけど、下手したら横つながりを持ったと思われかねない。難しい問題だ。
よし、形原さんの判断に任せよう!
──一時間後、芋羊羹をお茶請けにお茶をする関係者たちの姿がそこにあった。
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