第47話 二人の報告会
一泊二日の警察への指導から大が帰ってきた。この仕事に大が選ばれたのは不服だ。確かに大のがうまく使えるし、私よりは教えるのがうまいだろう。しかし、大は怪我人だ。私なら実演も出来るのに、なぜ大だったのか。
でも、今はそんなことはどうでもいい。なぜならお土産のクッキーの箱が二種類も目の前にあるから。大と笑美はさすがね、それでこそ私の友人たちよ。正直、観光地で売っているクッキーはパッケージだけ違って、中身は全国どこでも同じようなものだろうけれど、そんなのは関係ないのよ。買ってきてくれたという事実が大事なのよ。
「道中、干物もいくつか買ってきたんだけど」
そう言って鞄から真空パックに入った干物を出されたときは、正直引いたわね。お土産に干物って、なんなのそのチョイスは。でも、笑美も含めた伴家フルメンバープラスアルファで迎えた晩ご飯の時に気持ちが変わった。美味しすぎる。なに? 魚ってこんなに美味しいものなの? 噛むほど味が出てくるのよ。これだけでご飯がいくらでも食べられるわね。元の時代で干物と言われて食べていたものは、つまり干物風味だったってことね。これは私が未来に帰るときに持ち帰りたい技術よ。寮で作るのよ。
ところで、なんで笑美もいるのかしら。大のサポートならお母さんか私がするのに、当たり前のように大の右側を陣取ってご飯を食べさせている。
「笑美ちゃんはすっかり奥さんだねえ」
おばあちゃんもこんなことを言い出す始末。しかも誰も突っ込まず受け入れている。私に勝ちの目はないのかしら。それにしても、箸が止まらなくて困るわね……。
食後、笑美が家に帰ろうとすると、これまた当たり前のように大も外に出て送っていく。なるほど。これは私、負けたわね?
その場に立っていられなくなり、二人を見送ると足早に自室に戻る。
数分、こみ上げてくるものを我慢する。そろそろ笑美は帰宅した頃だろうか、自転車さえも乗れない大に合わせて歩いているはずだから、もう少しかかるだろうか。
もう少し待ってから、笑美にメッセージを送る。
「話したいんだけど、いいかしら」
「うん、ちょっと待ってね。部屋着にだけ着替えさせて」
すぐに返事が返ってくる。読み通りのタイミングだった。しばらく待つとお待たせとだけメッセージが届く。私は返信しようとして、スマホを触る指の動きを変えた。書きかけのメッセージを消し、通話ボタンに触れる。
「わ、びっくりした。まさか電話だなんて」
「ちゃんと話したいし、記録に残したくないのよ」
「……そっか」
もう私が何を話したいのかわかっていたのだろう。それでも、いや、私も、二人して何から話すべきなのか、多分わかっていない。
「頭の中がごちゃごちゃしているから、単刀直入に聞くわ。私の負けってことね?」
「うん、ごめんね……」
「いいのよ。元々勝てるものとは思ってなかったもの……」
危ない。声が震えている。すぐにでも涙がこぼれそうだ。きっと、私の声の変化に笑美は気づいているだろう。
「えっとね、私を選んだというよりは、遙香が選ばれなかったの。だから私が勝ったという感じでもなくて」
「なによそれ、どういうことなのよ」
鼻をすすりながら聞くと、また小さくごめんと謝り、笑美は続ける。
「大はね、本来あるべき存在じゃない遙香を、あるべき時代に戻すって。だから、男女として関係が進んじゃ駄目だって」
「なによ……私、馬鹿……みたいじゃないの……」
笑美に勝てない勝負を挑んだばかりか、大は私を恋愛対象として見ないようにしていた。馬鹿で、誠実に。だから惚れたのだけれど。
「だからごめん。私はもう出来レースみたいなものだって確信したから、頑張って……ごめんね……告白……したの……」
笑美の声も徐々に涙声になる。こんなことで泣くなんて、泣き虫よね。謝らないで。泣かないで。どこまで優しいのよ、この子は。恨めるわけないじゃない。
「遙香はさ、大に、選択権、与えようと……なのに私……」
笑美は私に負い目があると思っているようだが、私が一人で勝手に負けただけだ。
「いいのよ……だから笑美は笑ってなさいよ……」
しばらくは二人とも、電話口で何も話さずに泣いていた。
さて、切り替えよう。ここからは笑美に恥ずかしい思いでもしてもらわないと気が済まないわ。一人だけ幸せになろうなんて許さないから。
「で、笑美はなんて告白したのよ」
鼻をかむとティッシュを投げるが、ゴミ箱の手前に落ちた。
「あ……うん……えっとね……」
予想通り口ごもる。この手の質問をされたら誰でもそうなるだろう。
「ずっと一緒にいて、これからも一緒にいたい……的な……」
どうにも歯切れが悪い。恥ずかしいだろうから仕方がない。
「で、返事は?」
「よろしくって……」
拍子抜けとはこのこと。待って、それ告白なの? それ返事なの? 私の涙を返してほしい。それでも、きっと電話の先で笑美は思い出して浮かれているのだろう。
「あ、でもね、危なかったと思ったんだよ。無防備で部屋の中をゴロゴロしてるから、男子として我慢するのが大変だって言ってた」
どこかのタイミングで無理矢理にでも私の初めてを捧げるべきだったか。そうすれば私を未来に帰そうなんて思わなかっただろう。いや、それはさすがにふしだらすぎるかしら。
「それで、年齢の分だけずっと一緒にいた二人がくっついて、それはもう色々あったでしょ?」
食らいなさい、下世話トークよ。
「え、な、何もまだ……」
「はあ!? 旅館よ? 笑美だけ一人部屋だったでしょ!?」
「うん、体を拭いてあげて、頭を洗ってあげて……それ以上は……」
百歩譲って、右腕の使えない大が何も出来ないのは許す。でも、笑美は何をやっているのかしら。
「なによ、話を聞く限り私にもまだ勝負権はありそうじゃないの」
「だ、だめだよ。他の人のものになっちゃやだって……あっ」
なるほど、それが笑美の告白の言葉か。笑美ほどの年数があると重みが違うわね。
笑美と話して、まったく吹っ切れていないけれど、それでもやっぱりこの二人とはずっと仲良くしていきたいと思った。でも、明日はどこか遠くに出掛けたい。
大の顔を見たら泣いてしまいそうだから。
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