第44話 高校生教官
先日ようやく退院出来たが、入院中にいつも笑美とつるんでいる女子たちが見舞いに来て、笑美にご飯を食べさせてもらう姿を見られた。恥ずかしい。退院時には看護師さんたちにどっちが彼女かと聞かれたが、どっちも違います。
そんなわけでリモート授業やら入院やらで実感がわかないが、春休み。予定されていた、このサイクルスポーツセンターへ来たわけだ。ここは車のイベント、特にオーナーズクラブのミーティングで使われることもあり、そこそこの広さを誇る。とはいえ、他の県にある似たような施設は国内格式のラリーのコースになっていたりするらしいので、ここはまだおとなしい方だろうか。よく考えると、自転車の施設で車を走らせるってなんなんだ。
しかしなるほど。実際に眺めてみると、この広さがあれば色々出来そうだ。
幅の問題でトレーラーに仰向けで寝かせられないAAのコクピットに屋形が乗り、起こすと歓声が上がる。というか、俺は警察のための指導と聞いていたのに、普通に観客が多い。地元テレビ局のカメラも回っている。
「形原さん、これは?」
「公開演習って感じだな」
「聞いてませんが」
「言ったら来なかっただろ?」
……謀られた。
駐機姿勢になったAAから屋形が降りてきて準備完了。AAをバックに今回指導をするであろう数人の警察官と握手を交わす。と、最後に見覚えのある顔だ。
「よ、久しぶり」
「菊池さん、なんでいるんですか」
「見学だよ。君がアレを動かせなくて残念だ」
見学なのになんで警察側に並んでるんだ。本当に謎だな、このおじさん。
菊池さんがしれっとこちら側に並ぶと、警察署長のありがたい話が始まり、続いて施設の偉い人のスピーチがあり、そしてようやく指導開始。
コクピットに取り付けたスマホはビデオ通話状態になっており、こちらから映像が見えるし指示も出せる。屋形がコクピット内の各所に貼っておいた起動手順のおかげか、俺の指示も少なく、一人目はスムースに起動させる。
よたよたと歩くAAに観客が不安そうな顔をしているが、すかさず富士見さんがAIの制御について解説をする。実際にその状態で足下をボロボロの車が走って来るが、倒れずに避ける。それも、初めて操縦する人が乗っていてだ。この卓越したバランス制御に、観客から感嘆の声が上がる。
この場所を選んだ理由がわかった。こういうことがしたかったんだな。改めて外から見ているとすごさを再認識する。それは俺の横にいる笑美も同様で、言葉が出ないようだ。
AIの個体差なのか学習の違いなのか、赤は無駄口を叩かず、最低限の動作というのが実用面で良い印象を与えるだろう。まあ、この時代にこんなもの作れと言われても無理なんだけど。
ちなみに青は遙香のせいなのか、口数が多くてすごく人間味があるというか。相棒感は強いけど出しゃばりすぎな気がする。
数人の警察官が交替で同じ動作をしたら、俺の経験から扱い方を教える。自衛隊の時もそうだったけど、高校生ごときが教えるのは申し訳ないと心から思う。みんな、こんな小僧の話を真面目に聞いてくれて、次に乗るときにはちゃんと動きが良くなっていた。
「それでは、次は物を運んでみてもらいましょう」
さっきのボロボロの車が走ってくると、適当な壁際に駐車する。仮想事故車両らしい。これを両腕で掴んで移動させる練習だ。
案の定、警察官たちはみんな距離感と力加減が掴めずに四苦八苦する。画面越しって難しいよね。俺もタブレット越しにコクピットの中を確認して指示を出すが、やはり当人はうまく感覚がつかめない。惜しいところまでは行くのだが。
「ねぇ、アレってそんなに難しいの?」
俺の横でペットボトルのお茶を飲みながら、笑美が聞く。
「難しいな。簡単そうだけど、ああほら」
距離感をうまく測れないからか、指がバンパーとボンネットをヘコませる。
「でも、大はああいう動き普通にやってるよね」
「そりゃ、AIに助けてもらってるし。やっぱり補助なしだと難しいんだよ」
また警察官が俺の所に来ると、こういう動作の時のAIへの指示や、自分の感覚のつかみ方を教える。
「では、今度は三人でやってもらいます。一人目は補助なし、二人目は補助あり、三人目はAIによるフルオートです」
富士見さんも司会が板に付いてきたな、技術屋なのに。
一人目の警察官が無補助で操作を開始するが、バランスを崩しがちで動きがぎこちない。二人目はAIの補助を受けながら操縦し、さっきよりスムーズに車を持ち上げ、スムースに歩いてまた車を置く。そして三人目のフルオートモードでは、AIが完全に動作を制御し、正確で無駄のない動きが披露される。
動きの違いに観客と警察の偉い人たちは、ここまで違いが出るのかと声を上げる。俺も普段コクピットから外を見てばかりだから、すごく新鮮だ。
午前いっぱいで演習も休憩に入り、AAをバックに写真を撮る親子連れや、屋台でお祭り価格の食事を取る人、予定があるのか帰る人などいる中、スタッフ用に配られた仕出し弁当を持ってまっすぐにこっちに来る人がいる。屋形だ。
「今日も屋形の本業としての仕事することにならなそうだな」
「うん、初めての人が乗ると何があるかわからないからね。自衛隊も今回も、壊されなくて良かった」
屋形と話している俺の口に卵焼きを運びながら笑美が口を開く。
「ねえ、屋形君お願いがあるんだけど。写真撮らせてくれない?」
女子たちに献上するやつか……。約束をキッチリ守ろうとする笑美、えらいぞ。
食後は仕方ないといった感じで屋形をいろんなところで撮影し、休憩が終わった。
「ところで形原さん、これって地方えいぎょ──」
「演習だ」
「だってお客さんやら屋台やら」
「演習だ」
いや、確かに演習してるけど。
俺は黙ってパイプ椅子に座る。椅子の軋む音が、スピーカーから聞こえる富士見さんの声にかき消された。
「ねえ、あっち見てよ」
笑美が指さす方を見ると、屋形が女性に声をかけられている。
「屋形君はどこに行ってもモテモテだね」
「だから女子が苦手になったんじゃないか?」
「えー? 愛姫たちが屋形君と遊びに行きたいって言ってるけど、それじゃなかなか話が進まないかな」
俺たちが無駄話をしていると、ここまで散々AAに小突かれ、つかまれと好き放題された車がついに本気で動かなくなった。
富士見さんのアドリブで、演習の一環として警察官が操縦するAAによって廃車が積載車に乗せられる。
ついでなので、ワイヤーユニットからワイヤーを取りだして積載車の牽引フックと接続し、引っ張るという実演も出来た。サイドブレーキがかかっていて上に車が一台乗っていようとも、なんとか無理矢理引きずる。こんなパワー、なかなか使うことはないけど。
終わると、ワイヤーがゆっくりと自動で巻き取られていく。何度見ても、ばあちゃんちの掃除機の電源コードみたいだ。
夕方になり、一連のイベントが終わると撤収作業に入る。夜は北海道で俺が自衛隊に撮ってもらった動画を見ながら勉強会らしい。このために宿の宴会場も押さえてあるのだとか。
「お疲れさん。これからが本番だぞ」
菊池さん、まだいたのか。
「結構感覚でやっちゃってるんで、動画の解説なんて出来ることはほとんどありませんけどね」
「いいんだよ。みんな酒の肴がほしいだけだ」
なるほど、勉強会という名目で飲み会か。高校生がいていいのか?
「彼女の席もちゃんと用意してあるからな。昼メシの時みたいに食わせてもらえよ」
くそ、見られてた。菊池さんは絶対にいじってくると思ってたんだ。
「あ、いえ、彼女じゃない……です」
笑美の人見知りが発動している。こら、俺の後ろに隠れるな。
思ったより道が混んでいた。宿に着いたら、部屋に荷物を置いて一息。
「あー、ほとんど何もしてないのに疲れた」
バッグを放り投げて畳に転がる。
「伴君は一週間入院してたし、体力落ちてるかもね。足も捻挫してたから歩くのも避けてたでしょ」
屋形は座椅子に腰掛ける。
「足は痛みも大分なくなったし、走らなきゃ大丈夫かな。ただ、やっぱり体力と筋力だな。たった一週間でもずっと寝てたら衰えるもんだな」
「疲れてるところ悪いけど、そろそろ宴会場に行くよ」
時間が押している。本当に一息しかつけなかった。
宴会場に行くと、スクリーンとプロジェクターが用意されていた。席に着くと警察署長の挨拶があり、料理が運ばれる。刺身の盛り合わせに天ぷら、そして俺と笑美、屋形の高校生組にはウーロン茶が置かれる。よく見ると全員ウーロン茶だ。
富士見さんがマイクを持つと、部屋が少し暗くなり、スクリーンに北海道での動画が流れる。初心者と俺との比較で、富士見さんの解説付きだ。しかし高いプロジェクターって真っ暗じゃなくても、少し暗くするだけでちゃんと見えるからすごいよな。学校のやつじゃ無理だ。
最初はみんな細かいところを俺に聞いたりしていたが、大人はだんだん酒が入り始める。菊池さんと形原さんは、おじさん同士楽しそうだ。俺たち高校生組も普段食べられない海の幸に満足している。
「笑美、俺はいいから自分の分も食べろよ」
「食べてるよ。大が消費するのが早いだけだよ」
笑美は宿の好意で用意された木匙で海鮮丼のご飯をすくうと、俺の口に持ってくる。醤油に溶けたワサビがツンと鼻を抜ける。
「えー、歓談中ですが、一応真面目な集まりではありますのでー……えっと、なんだっけ」
菊池さんがマイクを持つが話が続かない。こういうのはお酒の入ってないときにやるべきでは?
「あー、そうそう。まだまだ現代のぎずつでこーゆーロボットは作れませんが、来るべき未来に向けて、どのようにぎずつを発展させていくかという……まあ、がんばりましょう」
若干呂律が回ってない。しかも適当に投げた。これには誰もが苦笑する。
「菊池さんがそろそろ駄目なので代わりに。今回は警察に体験してもらったわけですが、動画で見た通り、前に自衛隊にも体験してもらっております。情報共有をし、何をどのように使えるかという発想から──」
形原さんが真面目に話す間にも歓談は続く。俺は味噌汁を飲みながらぼんやりと未来について考える。これから何世代先に最初のAAが生まれるのだろう。実用化にこぎ着けるのはそれからどれだけ先だろう。
そんなことを考えていると、デザートに一口サイズの抹茶アイスが運ばれてくる。こういうのは、あえて分けて食べることで楽しむのだ。しっかり抹茶の風味がきいていてとても美味しい。
口の中のアイスが溶けてなくなったところでお茶を飲んでさっぱりさせると、それを見計らったようにお開きになった。時間かかってすみません。両腕使えたらこうはならないんです。
さあ、温泉に入って寝るぞ。とはいえ、俺は足湯程度にしておかないといけないんだけど。腕を固定しておかないといけないの、お風呂が面倒だな。ここまできて温泉に入れないなんて悔しすぎる。
「あとで背中拭いてあげるから。あ、僕よりも片山さんにしてもらう方がいいかな」
「変な気を回さなくていいよ。さっぱり出来たらそれでいい」
俺たちは笑いながら話し、屋形は温泉に向かっていった。座椅子にもたれ、スマホのゲームを起動する。今日のログインボーナスをもらわないと。
ダラダラと暇を潰していると、画面上部にかぶるようにメッセージが表示される。笑美だ。
「散歩しない?」
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