第43話 国語のあの手の問題は「知るか!」ってなるよね

 三学期も残るは二日。半日の授業が終わり、大の入院している病院に顔を出した笑美は、行くところがあるからと一度病院を出る。行き先は病院近くのファミレスだ。

「ごめん、みんなお待たせ」

 短い距離ではあるが息を切らせ待ち合わせ場所に到着し、いつもの四人組が揃うとファミレスに入る。

 まずは全員がタッチパネルで注文し、ドリンクバーで飲み物を用意する。

「さて、笑美が伴の世話をなげうってまで集まろうと言った理由を聞こうか」

 真穂が袋から出したストローで笑美を指す。

「春休みに大と旅行に行くことになったんだ」

 はにかみ、笑美が報告すると三人から歓声が上がった。

「じゃあいつの間にかくっついてたってこと? 報告くらいしてほしかったなあ」

 愛姫の質問に笑美は小さく首を振る。

「話の流れでね、局からの依頼というか」

「え? そこ関係なくない?」

「警察にAA乗ってもらう話があって、大が指導するんだって。遙香じゃまともに教えられないから。で、私は大があの状態だからサポートだよ」

 遙香には教えるのは無理という英断に、一同大きく頷き納得。

「だから、遙香のバックアップ要員として役場には田宮君をね」

「なるほど、田宮からしても願ったり叶ったりか」

「田宮のことはいいんだよ。それよりも、青島さんの邪魔なしで伴と出掛けられるんだな!?」

 真穂が興奮気味で笑美に詰め寄る。

「警察は常に近くにいるけど」

 そしてすぐに冷静に横やりを入れる愛姫。

「そういうのは別にしてさー、これがチャンスなのは間違いないよね。で、報告だけじゃなくて相談だよね? 服? 勝負下着でも用意するの?」

 常に男の目を引くために努力する桜の発言は、結果が出ていないだけに疑問が残る。

「大との間に、そういうのは違うかなって。もしそうなっても普段通りでいたいって言うか……」

「ま、あんたらは着飾っても今更だよね」

 愛姫の言う通りで逆に着飾る方がおかしいのだ。まして右腕を使えない大のサポートもあるのに、着飾る余裕もないだろう。

 そこまで話すと注文した料理が届き始める。笑美、桜、愛姫は軽く済ませようとスパゲッティを注文していた。しかし真穂の前に置かれたチーズハンバーグの匂いが食欲をそそる。しかし、ここは女子として我慢しなければならない。体育会系女子と同じ食事をしたら、数字が現実を突きつけてくるからだ。

「それで、青島さんはどうなの?」

「そうそう、例の宣戦布告からどうなってんの?」

「お互いに足踏み……かな?」

 笑美はフォークでスパゲッティをくるくると巻きながら答える。

「ちょっと待って。宣戦布告って何よ。おもしろそうじゃん」

「私も聞いてないんだけど!?」

 報告を受けていない真穂と桜が目をらんらんとさせる。

「あ、ごめん。愛姫には話してたんだけど、大に関して正々堂々とやろうって宣言されて」

「青島さんらしいわ。あの人も大概体育会系だよね。運動できるし、あの性格だし、うちの部にほしいくらい」

 真穂は言い終わると、口に入れる分だけナイフでハンバーグを切り分ける。中から溶けたチーズがとろりと流れ、スパゲッティを注文した三人はつばを飲み込む。

「それで、笑美と青島さんは都合良く入院した伴の点数稼ぎに勤しんでいるというわけ」

 愛姫の説明に否定しきれないが、笑美はそうではないと口だけの否定をする。

「そういうのなくても、甲斐甲斐しいよねえ、笑美は」

「もっと自分のことに時間使ってもいいのに」

「そうそう。いつも伴のことばっかりじゃん」

 そうだろうかと笑美は思案しながらスパゲッティを口に入れる。しかし、よく考えてみると、なんとなくしていることはあっても趣味と言えるものがない。

「伴って結構な趣味人間なんでしょ? 無理矢理にでも外に連れ出して運動してる青島さん、ポイント高くない?」

「一緒に何か出来るのって強いよねえ。二人とも持久系スポーツ得意そうだし、伴も付き合いがいいよね」

 遙香が大をランニングに連れ出し、終わる頃に笑美が大の家に到着するのが、毎朝の流れになっている。笑美も遙香に誘われたが、付き合える体力はないと断った。

「たまにお父さんが大と弟を釣りに連れて行くんだけど、それは私も楽しめるかな」

「へえ、やっぱり鮎の友釣りとかそういうの? 詳しくないからよくわかんないけど。私も釣って捌いて食べてみたいなあ」

「うえ……生きた魚は無理。触りたくない」

 真穂の言葉に、桜が拒否反応を示す。

「ううん、むしろ海まで行って堤防から糸を垂らす程度だよ。餌はゴカイとか。あ、食事中に検索しないでね」

 山で育つと海に憧れを抱くものなのかと三人が勝手に納得する。

「話がそれまくった。で、どこ行くの?」

 聞かれて笑美がスマホで検索し、行き先の情報を見せる。隣県のサイクルスポーツセンターだ。

「うっわ、地味に遠いな」

「ここ、たまに車のイベントもやってるらしいから、この広さを使って色々やってみたいらしいよ」

「今周りに何かないか調べてたけどさ、何もないじゃん。移動に車がいるじゃん。何もできなくない?」

「ほんとだ。これはチャンスも何もないね」

「いや、待て待て。こんな所だからこそ、やることは一つじゃない? だってサポートなら長谷川さんだっけ? あのキツい顔のお姉さんでもいいのに、わざわざ関係者じゃないはずの笑美を指名だよ? これは国語の授業だよ。作者の気持ちを考えましょう」

 ポカンと口を開けて静止する笑美。しばしの沈黙の後、三人が同時に口を開いた。


「「「このイベントで決めてきなさい!」」」

「ええー!?」


「大人がお膳立てしてくれてんの。これで決められなかったら落第。もう伴は青島さんの彼氏になるでしょ」

「え、で、でも大にだって選ぶ権利が……」

 焦る笑美に、友人たちはさらにたたみかける。

「いい? 青島さんはいつ未来に帰るとも知れないの。その上、笑美には味方が多い。もう外堀は埋まってんだよ」

「そうだね。伴の気持ちなんか無視して進めなよ。どうせいつも一緒にいるから一緒じゃん。私は恋愛経験も男の幼なじみもいないから、よくわかんないけど」

 煮え切らない態度の笑美に愛姫と真穂が強引に進めろと進言する。

「大体、伴もなんでこんなによくしてくれる子をほっとくんだろね」

 桜のその言葉がチクリと胸を刺す。それは遙香という存在が原因か、いや、もっと前からか。

「多分、オタクだからかな」

 三人が嘆息し天を仰ぐ。

「強敵だわ……趣味には勝てない」

「うん、敵は青島さんじゃなかった」

「趣味のある男って周り見ないよね。うちのお父さんもそうだわ」

「んー、それはちょっと違うかな」

 自分でオタクだからと言っておきながら、笑美は少し訂正する。

「思ったよりも人を見てるんだよ。私が泣いてたらすぐに気づいて頭撫でてくれるし」

「はあ? 何でそれで付き合ってないの?」

「はい、かいさーん。惚気には付き合えませーん」

「実はもう付き合ってんだよね?」

 三人にからかわれて、顔を真っ赤にして否定する。

「ところで笑美、一つ大事なことを聞き忘れたんだけど」

 真穂の声がが少し低く、真剣な様子だ。

「なに?」

「その訓練? には屋形君も行くの?」

「うん、そう聞いてる」

 三人の空気がガラリと変わった。

「よしよし、いい? 笑美、私らは今相談に乗った。対価が必要なんだ」

 真穂が言うと、桜も続く。

「そうだね、大事な話だね。私たちはもう大人なんだよ。報酬がほしいな」

「え、なに……かな?」

「屋形君の写真を撮りまくってきて! なんなら一緒に遊びに行きたいからアポを取って!」

「え、屋形君は女子が苦手らしいよ。ようやく私にも慣れたくらいで、基本は遙香くらいしか」

「ああ、また青島さんか……」

 愛姫がため息を漏らす。

「いや、これは遙香がどうとかよりも、屋形君個人の問題じゃないかな」

「笑美、お願い。私たちと屋形君を繋ぐパイプになって!」

 桜が手を合わせる。

「う、うん……善処するよ……」

「よーし、言質は取ったし私たちも伴のお見舞いに行くか!」

「笑美たちがいちゃつく所も見たいしねー」

「屋形君もお見舞いに来てるかもしれないしね」

 四人娘は病院に向かった。いたのは田宮たち男子数人と遙香だった。残念ながら、屋形の姿はそこにはなかった。

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