第38話 高校生らしいさわやかデート
「青島さん、指の消耗チェックするから、メンテモード起動して!」
「青島さん!?」
「聞いてるの!? 遙香ちゃん!」
「あぁ、ごめん。すぐにやる!」
考え事をしていて人の話を聞いていなかった。私はコンソールを操作し、両腕のメンテナンスモードを起動する。AAは屈んだまま、片腕だけメインコンピュータと物理接続された状態で通信のみ切断され、だらりと脱力する。
寿和が指の外装を外すと、よく来る大学の研究室ご一行が富士見さんの案内で順に覗き込む。薄暗いコクピットの中で私はその様子をモニターで見ながら、先日の会議を思い出す。最近はそればかり考えている。
あのとき、大はハッキリと私を未来に送り返す手伝いをしたいと言った。笑美は笑美で人前で告白のようなことをしていたし、大は一切の否定をしなかった。笑美に宣戦布告した私はなんなのだろう。ただのピエロじゃないの?
しかも、あの笑美の大に対する執着の強さよ。笑美はおとなしくハッキリ口にしないだけで、大に対する恋愛感情を隠すこともなければ否定もしない。まだ付き合っていないというだけだ。その上、二人がくっつくのは両家の既定路線だろう。総合的に笑美が圧倒的すぎて、正直もう白旗を揚げたい気分。
でもまだ負けてはいないはず。逆転の目はあるはずなのよ。まず私はどうしたらいいのか考えないといけない。何のために大のお母さんから恋愛、ラブコメ漫画を借りまくったのよ。このためよ。泣いたり笑ったりするためじゃない。
正直、漫画が面白くて没頭しちゃって何の参考にもならなかったけれど。
大のお母さんセレクション、素晴らしい。
ぐるぐると考えていると、インカムに寿和の声が届く。メンテモードを終了して指を動かせとのこと。仕事の最中はおちおち考え事も出来ない。
「問題なし。ありがとう」
AAの指を一通り動かすと、問題がないことが伝えられたので停止させる。私には問題が山積みだけれど。
しかしどうにも考えがまとまらない。私の貧弱な脳は何も案を出してくれない。考えても無駄なので、ストレートに大を遊びに誘うことにしよう。
平日で授業中であろう大にメッセージを送信する。少しの緊張。
「今度遊びに行かない?」
すぐに既読が付くのは、大がリモート授業だからか。こんな時だけありがたい。しかしなかなか返信が来ない。かなりの緊張。
「いいけど、どこか行きたいところとかあるのか?」
「たまにお母さんに買い物に連れて行ってもらうから、ショッピングモールみたいなところよりも体を使えるところがいいわね」
どうよ。私が最大限自分の力を発揮できるのはこれよ。笑美とは違い、普段から鍛えている私と汗をかく楽しさを共有するといいわ。他になにも思いつかないし、近くにどんな施設があるのかも知らないけど。
週末、私は大とバスに揺られて隣の市へ向かっていた。学校とは反対方向で、岡ノ島町よりは栄えているという微妙な市。
その市に入ったところでバスを降りると、すぐに巨大な建物が目に入る。
「ボウリング、バスケ、バッティング……まぁ色々遊べるところだ。中心地に行けば色々あるらしいけど、俺はこの市ではここにたまに来るだけだから、他は知らない。車を持てるようになったら散策だな」
「なによここ、いいじゃないの。今日は思いっきり遊ぶわよ」
きっと、端から見たら私の目は輝いていただろう。天国かしら、ここ。
「バスケは手加減してくれよ。授業でしかやったことないからな」
私たちは受け付けでお金を払うと、早速バスケットコートに向かう。
「なんでいきなりお前の得意なのから選ぶんだよ」
「こういうのは元気なうちに楽しむべきじゃない」
上着を脱いで準備運動していると、大学生くらいの男たちに声をかけられた。ナンパではなく、普通に私の顔がテレビで全国に広まっているので、よくあることだ。
「お姉さん、青島さんですよね。うわ、本物だ。そりゃ近くに住んでるもんなあ!」
「一緒にいるのはロボットが落ちてきた家の子ですよね」
大は愛想笑いで対応している。それ、対応かしら。
「最近運動してないんで、連れてきてもらったんです」
私ばかりあれこれ話しかけられ、最大限の営業スマイルを添えて答える。みんなこの時代にないはずのAAに興味あるのはわかるけれど。しかし、準備運動すらさせてもらえない。
「遙香、お前が運動したいって言ったんだろ。時間がもったいないし、そろそろ始めるぞ」
「あ、ごめんなさい。私たちもお金を払って遊びに来てるんで。また役場に見に来てくださいね」
私たちはコートの中に入ると、1on1でバスケをする。彼らは外で私の勇姿を見ている。
「美人だよなあ。しかも高校生だろ。最高じゃん」
「やっぱりあの二人付き合ってんのか? いいなあうらやましい」
全部聞こえている。いいわ、もっと褒めて。私は褒められて伸びるし、大と付き合っていると勘違いされて機嫌が良くなる簡単な女よ。
そしてやはり、バスケは私の圧勝。気づいたら大学生らしき集団はいなくなっていた。
持参したタオルで汗を拭いて、次はボウリング。やったことないのよね。それに対して、今度は大が自信満々だ。
「俺は三回くらいやったことあるぞ」
「なによそれ、ほとんどやったことないようなものじゃない」
笑い合いながらの結果は散々だった。大は九十五点、私は八十九点。勝ち負け以前の話ね。もう一ゲームしたけど、結果はあまり変わらず。うまく出来ないのが悔しい。
「大、ボウリングしにまた来るわよ。ボールを転がすのがこんなに難しいなんて思わなかったわ」
今日は色々やってみたいから、このくらいで引き上げることにする。
その後、ピッチングで的を抜いたり、サッカーボールを蹴って的を抜いたり、大の心は抜けなかったり。手強いわね、こいつ。
しっかり楽しんでお店を出ると、まだまだ寒いこの季節の風に、汗ばんだ体が震える。楽しかった気持ちが冷めていきそうで少しイヤだ。
「寒いよな」
「そうね、汗冷えしちゃうわね」
「もう少し、暖かいところで汗をかくか」
え、それってどういう……。私たち、まだそんなことする関係じゃないわよ。
大が指を指したところには、ラーメン屋があった。なによそれ。
「いいわね。最高よ」
ラーメンという看板の文字を見ると、その瞬間に体がラーメンを欲する。でも、肩透かしを食らって心が寒い。何よ、大が暖めてくれるわけじゃないのね。
でも、そのラーメンの塩分は疲れた体にすごく沁みた。シンプルな醤油ラーメン、すごくいいわね。また来るわ。
帰宅していつもより早めにお風呂に入り、温かいお湯で体をほぐす。じんわりと体の内側が暖まっていくのを感じながら、今日のことを思い出す。
この日ちゃんとわかった。大はある程度物理的な距離を取る。
それは特にバスケで特に感じた。過度に接触しないようにしている。思い返してみると、笑美にもそうだ。きっと、恋愛関係に発展していないから自制しているのだろう。そして、幼なじみにさえもそう接する、その馬鹿正直で誠実なところが良いのだと認識した。ちゃんと女として見てくれている。
それはそれとして、男子はサルなんじゃないの? もっとガツガツきなさいよ。私は待ってるのよ。
「どう進めばいいのかしら」
浴槽の縁に頭を預け、天井を眺める。大が足踏みしている以上は、何がどうあれ私も笑美もまったく同じであると、ポジティブに切り替えよう。
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