第37話 情報共有と今後の話
月曜の夜、局の三人に保護扱いの二人、そして俺と笑美の七人は例によって我が家のリビングに集まっている。なぜいつもここがミーティングの場所になるかわからない。役場の会議室借りるとかできないのかな。そしてそうなると、当然俺の親もいる。
「さて、大君が全員を呼び出したということは、また何かあったということでいいのかな」
形原さんが口を開くとミーティングが開始される。
「荒唐無稽な話なので、笑わないで聞いてください。時間を超えてくるという、すでに荒唐無稽なことが起きているので今更ですが」
母さんが全員の前にお茶を置き、この中で一番のSFの権威であろう親父も参加する気満々だ。ちなみに俺だけ自分で用意した炭酸水だ。ほんのりグレープフルーツのフレーバーが付いていて、最近のお気に入り。しかし遙香が狙っているので、少し警戒してペットボトルを遙香から遠ざける。
「ちょっと待ってください。なんで私がここに呼ばれてるんですか?」
小さく手を上げて笑美が最初の発言をする。まだ本題に入ってすらいないが、その疑問はもっともだ。
「だって笑美、もう関係者じゃない」
遙香がしれっと言ってのけた。関係者に見えるけど、内部事情を知っているだけの部外者なんだよな。
「それはつまり、このメンバー全員と関わっちゃったからってこと?」
「そうね。それに、私は笑美にも聞いてほしいわ」
現状、唯一俺の仮説を知っている遙香は本当に冷静だ。冷静すぎて煎餅を食べる余裕まである。
「では改めて、冗談ですめば良い話をします。ここで三回。遙香が来て、屋形が来て、AAの腕だけ来た、一連の時間を超える現象についてです。これは、僕の精神状態がタイミング良く未来の誰かとリンクしたときに起きると思うんです」
「もう少し詳しく話してもらえるかな?」
富士見さんが食いついた。長谷川さんはこういうとき、いつも口を開かず見ているだけだ。
「最初に遙香が来たとき、俺はウェブ限定販売のプラモを開けた時でした。ここが重要です。一般販売されないプラモが届き、まさに開けた時でした。同時に四百年後、遙香はAAの飛行訓練で、AIの制御を切ってマニュアル操作で楽しんでいたとのことです」
「つまり、双方が気分が昂ぶっているときに起きたと?」
「屋形が来たときもそうです。僕は運転を覚えたてですごく楽しかったんですよ。屋形もメンテしたAAの試運転をしていて楽しくなってしまっていたと聞いています」
「うん、あのとき確かに僕はかなり楽しかったな。楽しすぎてついはしゃいじゃったけど」
本当に、この眼鏡はなんでパイロットに試運転させなかったんだよ。こいつに乗り物は与えるな。
「三回目の時もそうですね。相手が腕だけなので断言は出来ませんが、少なくともこちらは条件が揃ってるんですよ。前々から気になっていたけど、あまりにもあまりな話なので言い出せなかったんですが」
「でも、これまでにそういう精神状態にあったというのは他にもあるだろう? 四百年後にリンクできる状態の人がいなかったと言うことでいいのか?」
形原さんが湯飲みを置いて質問する。
「そういうことになると思います。もっと細かな条件は他にもあるかもしれません。例えば、遙香も屋形も俺と同い年です」
「えっと、じゃあ、極端な話をすれば、大はリモートやめて学校にも行けるってことですか?」
親父が口を挟む。まあ俺が安定していればそういうことになる。
「話を総括するとそうなりますね。しかし、彼が楽しいとか、昂揚するのは御法度でしょう。これは普通の外出にも言えます。四百年後の状況なんてこっちから見えませんし」
しばしの沈黙。見えない時間の壁と戦う必要について思案する。
「親父、俺はいいんだよ。リモートでも卒業出来たら。せっかく高校に行かせてくれたから、卒業だけはしておきたいってくらいで」
「そうだな。個人の話としてはそれで」
「え、駄目……」
親父の言葉を遮って笑美が声を出した。全員の視線が笑美に集中する。
「あ、ご、ごめんなさい。私は、また、大と学校に……行きたい、です」
笑美は少し泣きそうになって、声が詰まっている。ごめん。俺が悪いのかわからないけど、なんかごめん。
「笑美ちゃんは生まれたときからずっと大と一緒だっからね。いやだよねぇ」
母さんは半泣きの笑美にティッシュを渡して続ける。
「私も大にはちゃんと学校に通ってもらいたいわねぇ。家にいてくれると、体育の授業とか参加できない時に家事をしてくれて色々便利なんだけど」
母さんがやれって言ったじゃないか。さりげなく俺の株を上げないでほしい。この親馬鹿め。
「高校時代って人生で一番楽しい時期なの。だから大にはちゃんと学校に行ってほしいし、そのためになにか出来ないかしら」
さらに母さんは続ける。
「私はね、遙香ちゃんがうちに居候して、学校に普通に通うようになって嬉しいの。子どもが軍人になるためにそういう学校に行って、一番楽しい時期を逃すなんてあんまりじゃない?」
形原さんも富士見さんも黙って頷く。
「そうですね。私も勉強漬けで、青春というのをまともに過ごさなかったのを後悔しています。だから、お母さんの言うことはよくわかります。できれば屋形君もあわせて四人とも学校に通ってもらいたいと思います」
長谷川さんが珍しく参加した。方向性を決めるとか、そういう時には本当にいるだけなのに。
「でも長谷川さん、学校帰りの寄り道とか一切許さないじゃない」
「それはそれ。校則は守りなさい」
ピシャリと遙香に言い切ると、遙香が少し萎縮する。この人が青春できなかったのって、別の問題があったからでは?
「でも僕、技術面の話で色々な機関や企業との仕事があるし」
「そこは局が各所と話をするから安心しなさい
。ね、形原さん」
おお、長谷川さんが心強い。
「で、時空が歪むという現象についてはどうなんだ?」
形原さんの言葉に俺は自信を持って言う。
「未来人にもわからないので、もうこれはこういうものということで片付けましょうよ。解明なんて不可能ですよ」
「私も賛成。技術で重力には逆らえても、時間には逆らえないのよ。それを飛び越えるなんて、人間に解明出来るわけないわ」
何枚目かの煎餅に手を伸ばしながら、遙香が俺に賛同した。無理なものは無理で、それの解明に割いていたリソースは他に使うべきだ。
「そうだな。解明出来ない現象だからこそ、ロマンがあるよなあ」
親父が一人で何度も頷く。今はロマンとかいいからちょっと黙ってて。
「でも、伴君の仮説が正しいとしても細かい条件がわからない以上はちょっと怖いかなぁ」
「そこだね。僕としてはみんなの気持ちには賛成だけど、迂闊な行動は避けたいと思う。だから、出来る範囲だけでもきっちり解明したい。ごめんね、笑美ちゃん」
無理だろうけどねと続ける富士見さんと屋形は、気持ちだけ母さんの意見に賛成か。
「では大君の仮説を信用するとして今後どうするのか、だが」
「えっと、我が儘いいですか? このまま最低限、未来に帰すまでAAに関わりたいし、あるべき時代に戻す方法があるなら手伝いたい。今はちゃんと学校に通うより、それを優先したい。もちろんリモートでも授業は受ける方向で」
「それは駄目。お父さんは卒業できたらいいと思うけど、私はそれは認められない。もちろん効率的にはそれがいいかもね。でも、こんな場で言うことじゃないけど、あんたは一番近いからってだけであの学校選んだけど、笑美ちゃんはあの学校に行くために必死に」
「わー! おばさん駄目ぇ!」
真っ赤な顔で、今度は母さんの言葉を遮る。今日の笑美は賑やかだな。うん、なんかうちの親がごめん。
「いいから、高校生なんかまだまだ子どもなんだから大人に任せておきなさい」
長谷川さんは言いながら、ニヤニヤしている。絶対楽しんでるだろ、この人。
「驚いた。笑美の学力って大より下だったの?」
遙香は目を丸くしているが、笑美は中学レベルで止まっているお前よりかなり上だからな。
「ちゃんとやらないといけないのは遙香ちゃんよね」
ものすごく真面目なトーンで長谷川さんが言うと、一瞬だけ遙香の時間が停止した。
「で、屋形君も学校行くなら掛け合うが。ずっと大人の中で仕事させていてすまなかったね」
「そうですね。でも、行くなら男子校がいいかな」
母さんの目が光るのを、俺は見逃さない。
「そうね、こいつ女子苦手なのよね」
言うと遙香は俺のペットボトルを手に取り、一口飲む。油断してた。
「私は屋形君が行きたい学校に行くのを応援したいかな。うん、いいよねぇ男子の友情!」
みんなの前で母さんの腐女子、いや年齢的に貴腐人スイッチが入りそうなので、適当にお茶のおかわりをお願いして一時退場してもらう。
「それは善処したいけど、送迎する私の身にもなってほしいわ。行き先がばらけると面倒なのよね」
確かに長谷川さんの負担も考えるべき所だ。うちの高校なら喜んで受け入れてくれそうだけど屋形が来るとなると、女子がうるさいんだよなぁ。そこは頑張って耐えてもらうしかないか。
「では、今日はここまでにしましょう。ちゃんと決まったら、また連絡します。伴さん、今回も場所ありがとうございました」
形原さんが頭を下げると、続いて富士見さんと長谷川さんも頭を下げる。
「笑美ちゃんは私が送って行こうか?」
頭を上げた長谷川さんが申し出ると、笑美はそれを受け入れて一緒に玄関へ行く。
「それでは、失礼します」
形原さんが挨拶をすると全員が頭を下げて帰って行った。
疲れた。短い時間に凝縮しすぎだ。
「ほんと疲れたわね。私もお風呂に入って課題やって寝るわ」
遙香が俺の課題を写さないだと……?
「おう、それじゃおやすみ」
「おやすみ」
──一緒に学校に行けるといいわね。
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