第35話 宣戦布告

 大は大なりに色々考えていたみたいだ。私に出来ることは横にいることだけなのかな。そんなことを考えながらお風呂につかっていると、防水ポーチに入ったスマホから着信音が鳴る。メッセージを送ってきたのは遙香だ。

「今から私と笑美は敵よ。どっちが選ばれても恨みっこなしでいきましょう」

 どういうこと? 突然のこの宣戦布告にまったく話が見えない。多分大の話だと思うけど、何がどうなってこのメッセージが来ることになったのだろう。慌ててしまいスマホを湯船に落としてしまう。あぁ良かった、防水ポーチに入れておいて。

 えーと、なんて返信したらいいのかな。もう既読は付いちゃったし、返信しなきゃ。

「ねーちゃん、早く上がって。後がつかえてんだよ」

 ドアの向こうから届く弟の声で現実に引き戻される。何も返信せずにスマホを眺めていただけで随分と時間が経っていたようだ。

「ごめん。すぐに出るから!」

 最後に一度、シャワーで体を流してから急いでお風呂を出た。


 さて、どうしたものか。文面から察するに大の話としか考えられない。ドライヤーで髪を乾かしながら思考を巡らせる。考えがまとまらないまま髪が乾くと、部屋に戻って短く返信する。

「急になんの話? まったく話がわからないんだけど」

 遙香相手には難しいことを考えずに、ストレートに聞いてストレートに答えてもらえるようにするべきだ。

「じれったいから、いい加減に大は私がもらってもいいかなって話よ。大が何もアクションを起こさないのは、つまりそういうことよね」

 やっぱりだ。まだまだ付き合いの短い遙香にまでじれったいと思われていたとは。それもこれも、あの男が居心地だけ良くして私に気持ちを向けないのが悪い。

 しかしこれは分が悪いのではないだろうか。あのスタイルの良い美人がいつでも大の部屋に行ける環境に住んでいる。なんならノックもなしに部屋に入り、好き放題振る舞うことを許されている。諦められているだけのような気もするけど。

 私のアドバンテージは、ただ付き合いが長いだけではないだろうか。でも私には味方がたくさんいる。

「経緯がわからないんだけど」

 またも短く返信すると、遙香からはすぐに返ってくる。

「ほら、あの女よ。あいつが大にいつまで笑美を待たせるんだって焚きつけたらしいのよ。でも、大は自分の気持ちがよくわからないらしいのよね。だから、ここからは私たちの勝負ってことよ」

「うん、話はなんとなくわかったよ。最初からちゃんと説明してくれたら良かったのに。でも、咲希ちゃんに手を出されなくて良かった」

「あら、じゃあ私ならいいのかしら」

 良いわけがない。しかし咲希ちゃんよりは良いし、納得もできる。取られるのはイヤだけど。

「ねぇ、遙香は大のことどう思ってるの?」

 ひょっとしたら遙香は本気ではないのかもしれない。私のお尻に火をつけるため。そう願って送信ボタンをタップする。

「そんなの決まってるじゃない。でなきゃこんな話はしないわ。笑美を焚きつけるだけのお人好しじゃないのよ」

 至極真っ当な返答だった。困った。大を取られたくない。でも遙香とはこのままの関係を維持できるのだろうか。それは遙香も考えているはずだ。

「ねぇ、私たち、こんな話しててこのままの関係でいられるのかな」

「当たり前よ。同じ男を好きになったんだから、仲良くできるに決まってるじゃない」

 なんという短絡的思考。むしろこんなに簡単に考えられるのだから、私に最初のメッセージを送れたのだろう。

「そっか。じゃあ色仕掛けはなしってことで。そんなの絶対に遙香が有利だもん」

「そうね。圧勝してしまうから、そういうのはやめておくわ。私たち、健全な青少年だし」

 軽い冗談のように取り決めをして話は終わった。いや、終わってない。今のは宣戦布告であり前哨戦だ。これからどうしよう。ここは仲間内で唯一、彼氏がいたことのある愛姫に相談するべきかな。


「愛姫、今いい? 少し話したいことがあるんだけど」

「なに? 通話じゃなくてメッセでいいの?」

「うん、声には出したくないかな。家族に聞かれるのもイヤだし」

「なるほど。で、伴のことだよね? 私にだけってことは、何か進展があったってこと?」

 話が早くて助かる。

「ちょっとだけね。進展があったわけじゃないんだけど」

「そっか。残念だったね。今度ケーキでも食べに行こう」

 違うよ。まだ負けてないよ。いや、これは最後まで入力せずに送信した私が悪い。

「遙香が宣戦布告してきたの。なるべくみんなに秘密でお願い」

「やるな、青島さん。まっすぐに伴に言わずに笑美に宣戦布告するあたり、青島さんっぽいというか」

「そこはすごくフェアだよね。これって最後まで大に選ぶ権利を与えてるわけだし」

「これは楽しくなるなー。とりあえずどうすんの?」

「それが聞きたくて連絡したんだよ。なにもわからないよ」

 普通ならこんな宣戦布告されないし、戦略的に牽制したりとかが正しいのかな。そんなのどうしたらいいの。というか、楽しまないでほしいよ。

「私にもわからん。状況が特殊すぎるでしょ」

 だよね。しかも大が夢中のAAに関する話がちゃんと出来るのは遙香の大きなアドバンテージだ。ここに屋形君が加われば、もう完全に私の入る余地がなくなる。なんなら田宮君だってついて行ける。いつも私は蚊帳の外だ。

「大体さ、笑美って伴のどこがいいの? いや、ディスってるんじゃなくて」

「安心感かな。ずっと一緒にいるからってだけかもだけど。あんなでも結構紳士だし、私がイヤだって言うことは子どもの頃から絶対にしないし」

「大事にされてんだなー。ひょっとしたら、自分の気持ちの名前をわかってないだけなんじゃないの? いいよな。私の元カレなんて……」

 いけない、愛姫のスイッチが入った。こっちから話しかけただけに、元カレへの恨み言を遮るのは気が引ける。

 でも、大が自分の気持ちの名前をわかってないか。そうだったらいいな。


***


 やってしまった。勢いとはいえ、本当にやってしまったとしか言えない。既読が付いてしばらく、笑美からの返信がなくてビクビクしていた。あんな良い子を怒らせてしまったのかと本気で自分の行動を悔いた。幸い、笑美は私の話に乗ってくれた。どこまで良い子なんだろう。私は後から出てきて、横からさらっていこうと言うのに。そんなの大が好きになるに決まっている。あの子は幸せにならないといけない。

 しかしやってしまったものは仕方がない。明日からもいつも通り振る舞うのみだ。それに、私だって負けたくない。問題は、笑美にはセコンドがたくさんいるが、私は孤立無援の戦いをしなければならないということ。どうするのよ、これ。長谷川さんが役に立つとは思えないし。

 そうだ、私に足らないのは知識よ。心の機微を学ぶべきなのよ。衝動的に私は隣の家へ移動し、大のお母さんに話しかける。

「お母さん、おすすめの漫画貸してもらえない? 大の部屋にあるのは気になるの全部読んじゃって。お母さんのなら、また違うジャンルが楽しめそう」

「あら、それは嬉しい。いくらでも貸すから持ってって。少女漫画でも大人向けでも、あ、男同士の恋愛もいける?」

 男同士のはちょっと必要ないわね……。

 通された漫画部屋では、大の部屋とは比べものにならない蔵書の数(半分ほどはお父さんのものらしい)に圧倒され、おすすめを聞いてラブコメと恋愛ものをいくつか借りた。私のしていることは何か間違えている気がするけれど、とりあえずはこれで良いと信じる。


 数時間後、恋愛漫画を読んでボロボロと涙を流していた。何よこれ、おすすめするだけあって良いじゃない。こんなに泣かせるのにまだ続きがあるなんてどういうことよ。私干からびるわよ。

 何か大事なことを忘れている気がするけど、漫画の続きが気になってそれどころではなくなった。

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