第34話 しっかり線を引きなさい
冬休みが明け、また一人になった。いや、リモートで教室とはつながっているから、家にいても静かではない。でも、やっぱり物理的に一人になると、寂しくもある。
スピーカー越しに休憩時間の教室の賑やかさが伝わる中、俺はこの前のことを考えていた。笑美と遙香のことだ。咲希ちゃんの言うとおり、なんとかしないといけないのかもしれない。
「大、なんか元気なくないか?」
画面の向こうからではなく、直接スマホにメッセージが届く。こいつのこういうところ、信頼できる。
「ちょっと色々と考えることがあってな。俺のことだからすぐ馬鹿になっていつも通りだろうけどな」
「一人で抱え込むなよ」
軽口を交えた俺のメッセージに、一言だけ帰ってきた。短いその返信は余計な情報がなくて助かる。
考えるべきはそれだけではない。俺が特異点である疑惑だ。俺の精神状態とあっちの世界の誰かの精神状態がリンクしているのではないかという仮説は、誰にも話していない。もしそうだとしたら、あとはあの現象の起きる場所だ。俺の近くで起きるのは間違いなさそうだ。うまくいけば、遙香と屋形を帰らせることが出来るのではないだろうか。
ここのところ、こんなことばかり考えていたが咲希ちゃんが来て引っかき回された。恋愛……恋愛かぁ……。
上の空のまま授業が全て終わり、放課後。遙香と笑美が帰ってくる。笑美はこの家の住人ではないから、帰ってくるというのもおかしいが。
「大、最近元気ないよね」
「そうなのよ。冬休みの終わりがけからずっと何か考えてるみたいなのよね」
なんでこの二人は当たり前のように俺の部屋をたまり場にしているのだろう。多少賑やかな方が色々考えなくてすむけど。
「全部今のままってわけにはいかないよなあって、ずっと考えてるんだよ」
「何よ急に。らしくないわね」
そう、らしくないのは認める。だが考えなくてはいけないのだ。
「例えば、遙香と屋形が元いた時代に帰る時が来るかも知れないとか、俺たちの場合は普通に進路とか」
あえて恋愛の話はしない。今は俺にもわからないから寝かせておく。
「なあに? いなくなったら寂しいの?」
遙香はニヤニヤしながら聞いてくる。
「自衛隊のちょっとした立場の人と話をしたんだよ。もしも俺がAAとセットなら、あらゆるコネを使って迎え入れてくれるそうだ。ちょっと立ち話って程度のものだけど」
「ふうん。高い評価を受けてるのねぇ」
「でも、最終目標は遙香たちとAAを未来に帰すことだし、俺はAAがなきゃ凡人だ」
何もない。足らないものも削るものもない。
「あとは、なんだかんだで今がすごく楽しいんだなーって」
「一度良い生活をした人が戻れなくなる的な話なのかな」
笑美の例えが近いのかどうかはわからないが、AAがあって、遙香と屋形がいてというのは確かに手放しがたい状況だ。
「違うのは、頑張ればもう一度手に入るというものでもないところだな」
「でも、大が特異点という説が正しかったら、私は行き来できるかもしれないわね。私だってこっちが居心地良くて帰りたくないもの」
こいつ、帰るだけじゃなくて俺を使って行き来するつもりか。
「そりゃ、生きるのにこっちのが不便なことが多いけど、そういうのじゃないのよね。無機質なのよ、あっちは」
「それは文明が発達してるから?」
「ま、私にとっては人も物もどっちもね」
短く口にした遙香は、少し寂しそうに見えた。
笑美が帰って夕食後、また遙香が来た。最近では普通に学校に通っているので、課題もみんなと同じように出されている。多少学力に難のある遙香は一人でうなりながら課題を進める。俺はそれを横目に同じ課題をさっさと終わらせ、悩む遙香に手を貸してやる。この流れが出来上がっているのだが、今日は俺も遙香も課題を終わらせてからが違った。
「で、何を考え込んでいるのよ」
筆箱にシャーペンと消しゴムをしまいながら聞いてくる。
「だから、さっき話したとおりだろ」
「嘘をつかないで。あの日、あの女とご飯してからじゃない。特に、笑美を欺けると思わない方がいいわよ」
そうだな、俺もこんなことで何日も考えるとは思わなかったし。
「自衛隊の話もそうなんだよ。ま、全体的にというかな」
「一から話せって言ってんのよ。人に言えないようなところは黙っておいてあげるから」
こういうところは信用していいと思える、はっきりとした性格だ。
「じゃあ、あの日の咲希ちゃんとの話だ。割と楽しい話でも何でもなかったんだよ」
「楽しくハンバーグセットをご馳走になっただけじゃなかったのね。まあ予想通りよ」
「咲希ちゃんは特に俺狙いとかじゃなくて、本気で笑美をからかって俺と遊ぼうとしてたんだよ。でも、そこに遙香がいた。さらに俺と笑美が未だにくっついてないことに業を煮やしたというのが、あっちの心理らしい」
「そうね。ずっと一緒にいた二人が今も一緒にいて、未だにくっついてなくて別の女もいて。改めてなんなのよそれ」
お前も当事者だろ……。
「でな、笑美のことをどう思ってるんだと。俺は恋愛感情という感じでもないし、かといってずっと一緒にいて家族みたいなものだし、わかんねぇんだよ」
「私もね、あんたたちはじれったいと思うのよ。みんなが言うように、もう夫婦みたいな感じなのに付き合ってないのはどうなのよ」
「笑美の気持ちはわかってるんだよ。でも俺の気持ちがその先に進んでないというか、笑美も昔から知ってるから、安心して俺の横にいるだけなんじゃないかとか考えるんだよな」
めんどくさい。特に俺が。
「さっさと答えを出せって言われたんだよ。急ぐ必要なんかないと思うんだけど」
「あらそう? 私は急ぐことはなくても、なるべく早くするべきだとは思うわね。こういうのってあんた一人だけの話じゃないんだから」
「それはどういうことだ?」
「さあね。自分で考えなさい。私も笑美も、他の誰もあんたの出した答えに文句は言わないから。でも、そうね──」
遙香はスマホを手にすると、何やら操作をする。指の動きを見るに、何か文章を打ち込んでいるようだ。
「これでよし。時間は有限なのよ。だから、さっさとハッキリさせなさい」
遙香は課題を終わらせたノートと筆箱を手にすると部屋を出る。遙香のいなくなった部屋が、いつもより静かに感じた。
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