第24話 未来について
北海道旅行? 演習? 三日目。最終日。飛行機の時間もあるので午前中で引き上げる予定だ。昨日遊ばせてもらったので今日は仕事をしなければと思ったが、相変わらず俺が乗る猶予はない。しかし、自衛隊員の皆さんは、知らない人しかいないような。
「残るは今日半日だけだが、違うメンツにも乗ってもらいたくてな。昨日の午後から総入れ替えだ」
「そんなに乗らせても世界に2機しかないし、現代の技術じゃ作れませんよ」
「有事の際に君や青島さんが動けない。しかしたまたま経験した隊員がそこに配属になっているということも考えられるだろ?」
それは一理ある。というか、遙香はともかく俺も頭数に入っているのはなぜだ。菊池さんは悪い大人かもしれない。
「どうだ? 高校を出たら自衛隊に来ないか。君がAAとセットで来るなら、あらゆるコネを使って迎え入れよう」
なんなんだよこのおじさん。怖いよ。その提案が出来る立場が怖い。
「未来技術保護局はAAは青島や屋形と一緒に未来に送り返すのが最終目標と聞いているので、自衛隊や個人がそういうのはちょっと。手元にあるうちは色と々使うのもいいとは思うんですが」
「君はいいのか?」
は? 何がだろう。
「いつか、AAも青島さんや屋形君も、みんな未来に帰れたとして、元の日常に戻ってもいいのか?」
漠然と考えていたが、もう遙香がいて、AAがあってというのが当たり前になっている。
考える俺の視線の先で、AAが走ったり、コンテナを移動させたりしている。
「君は特異な存在だ。そして、それはAAに関してのみだ」
菊池さんは断言した。
「ま、あるべき所に戻るのが最善なのは俺もわかってるがね。一つの選択肢として考えといてくれ」
「もしもですよ。もしもAAが自衛隊扱いになったら、前に局の人が狙われた時みたいなことが起きるかもしれない。自衛隊でなく、日本軍と認識して、海外から非難されたり、攻撃されるかもしれない。それも考えるべきだと思います」
「言うねぇ。確かにその通りだ。まあ、この話はちょっと権力のあるおっさんの与太話程度だと思っておいてくれ。実際にこんな未知の技術を使ったロボットを自衛隊扱いにするなら、それこそ事前に国会で議論すべき話になるだろうからな」
考えさせられる話を振られて、少し頭がパンクしそうだ。
「なあ、帰る前に今日のメンツの前でもデモしていってくれよ。頭だけじゃなくて、AAも動かしたいだろ?」
菊池さんの指示で戻ってきたAAに交替で乗り込むと、頭を空っぽにして、しかし全身の神経を集中させてペダルを踏み込む。
「よーし、ありがとう! いい映像が撮れたぞ!」
AAから降りると、菊池さんと握手を交わす。
「こちらこそありがとうございました。色々お世話になりました」
「なに、気にするな。また家族旅行でも彼女との旅行でも、こっちに来たら声をかけてくれ。今度は仕事抜きで観光案内させてもらうぞ」
「いえ、彼女じゃないですが……まぁ、また機会があれば是非連れ回してください」
「誰でもいい、AAをトレーラーに寝かせろ」
指示が飛ぶと、自衛隊員はジャンケンで誰が乗るかを決める。みんなもっと乗りたそうだ。俺ももっとここで動かしたかった。
AAがトレーラーに固定されると、俺は自衛隊のみなさんに一礼して菊池さんの車に乗る。
晴れた空、真っ白な雪景色に一本黒く続く道路。空港までの間、菊池さんは難しい話は一切せずに女の口説き方、謝り方などをレクチャーしてくれた。いらない情報が演習場での真面目な会話を上書きしていく。俺は何を聞かされているんだろう。
空港でクラスのみんなと合流すると、男子で集まって土産物屋に……行かせてもらえなかった。女子たちに捕まったのだ。
「ちょっと伴、こっち来なさい」
「えぇ……なんだよ」
「あんたね、高校の修学旅行よ? なんで笑美のところに行かないのよ。わかってんの?」
「え、だって俺たち付き合ってるわけでも……」
「黙りなさい。この一大イベントでほとんど一緒にいないじゃないの。笑美、いや、私たち笑美応援団をなんだと思ってるの?」
なんだその組織、初めて聞いたぞ。
「文句あるの? とりあえず出す物出しなさい」
「え? なんだよ出す物って」
「屋形君の写真よ。自衛隊の人たちと撮った写真のひとつくらいあるでしょ?」
スマホを操作し、クラスの連絡用グループにアップする。AAの足下での集合写真だ。邪神を鎮めるにはお供え物しかない。お納めください。
「あとで自衛隊の人たちに他にもないか聞いておくよ。俺のスマホにはそれだけだ」
女子たちは写真に色めきだっている。
「さすがね、伴! 私たちはあんたとその人脈を信用してたわ!」
結局、笑美がどうこう言われることもなく去って行った。屋形の写真がほしかったなら、最初からそう言えばいいのに。
女子たちの迫力に負けた田宮たちも先に行ったし、俺も土産物屋に行くとしよう。と、歩こうとしたところで袖が引っ張られる。
「ごめんね、みんなが」
笑美が上目遣いで申し訳なさそうに言う。
「俺たち、学年中のおもちゃにされてるようなところあるよな」
「そうだね。ちょっと楽しいけど。じゃ、行こうか。大は観光してないから、お小遣い残ってるでしょ? 私たちは初日の午前で札幌とか行ったけど」
「くっそー、ラーメン横丁行きたかったなあ……」
俺は肩を落とした。入学後、修学旅行が北海道と聞いて楽しみにしていたのだ。
「じゃ。ラーメンは買って帰ろうよ。一緒に食べよっか」
「なるほど、いいわね。私も悩んでたのよ。3人で別々に選べばいろんな味が──んああ!?」
遙香が現れたと思ったら女子たちにさらわれていった。遙香をさらっていった集団は笑美応援団を自称していた、実質屋形ファンクラブだ。
味噌ラーメンと塩ラーメンを2種類ずつ厳選して買うと、目についたのはガラス工芸品の店だ。綺麗な工芸品が並んでいる。眺めていると薄い青で彩られたグラスが気に入ったので、買って帰ることにする。夏にはこれで水を飲むだけで涼しくなれそうだ。
「あ、これかわいい」
笑美が手にしたのは薄紫のグラスだ。俺の買おうとしたものと同じく、そこそこいい値段する。
「でも、お小遣いが微妙だなぁ……」
「俺そんなにお金使ってないし、買ってやるよ。どうせ家と局にお菓子を買って帰るくらいだ」
「いいの?」
「実は局から少しバイト代出ててな。このくらいなら」
「ありがと。大事に使うね」
会計を済ませてガラス工芸品の店を出ると、視界の端に見知った顔の女子が数人。彼女たちは俺たちを見て腕を組んで頷いていた。
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