第23話 AA特化型人間
AAに乗り込むときに出てくる棒は、雪が降る中でも滑らなくて助かる。俺はいつものノリでその棒を使ってひょいひょいと上っていき、コクピットのシート体を預ける。
「そんじゃ、ちょっとやってみますね」
インカムからは了解と富士見さんの声。モニターにはビデオカメラを構える自衛隊員たちが映っている。
雪の上で動かしたことなどないので勝手がわからないが、まずはゆっくりと立ち上がり、歩いてみる。自宅の畑より沈み込む感じが強いが、こんなものか。さて、次はやってみたかった、走るという動作だ。ペダルとレバーを徐々に深く動かしていくと、モニターに手足が大きく動くのが見える。そして、速度が上がっているのがわかる。元々振動に対して強い設計らしいのだが、ここまでとは思わなかった。これは走っても快適だ。
「伴君、ちょっとあっちの丘の方も走ってみてくれないか」
耳元で菊池さんの声が聞こえる。
「わかりました。そっちの方で好きに動いていいんですね?」
「頼む、やってくれ」
ちょっとした坂道を走っていくと、雪に隠れてぬかるんだ場所があった。ぐらりとバランスを崩すが、自動で足が動き事なきを得る。が、バランスを取るために踏み出したところもあまり良い状態ではない。AIと言えど、事前情報がなく、見えないものはどうにもならない。
「確か屋形が言ってたな……ええと、これか?」
パネルを操作すると、つま先と踵から爪が出て、地面に突き刺さる。これで少しは安心して動ける。
「菊池さんすみません。すみません、かなり地面を掘っちゃってます」
「構わない。続けてくれ」
小川を飛び越えたりと楽しんで戻ってくると、今度は富士見さんの声が聞こえる。
「無理ならすぐに制御を変えてくれていい。AIに頼らずにフルマニュアルで動ける?」
えー、それもやるの? 怖いんだけど。
「えっと、じゃあインチキなしってことで、ちゃんとコクピットの中も録画しておくんで。こけても笑わないでくださいよ」
AIにバランス制御すらも介入させずに歩き出す。あれ? 思ったより簡単だぞ。
徐々に速度を上げていき、ちょっと跳んだり……はヒヤッとしたがなんとかなった。さっきのぬかるんだ斜面も、この程度なら爪を出していれば怖くない。なんだ、ビビるようなことは何もないじゃないか。歩く、走る、ちょっと跳ぶくらいならなんとでもなる。難しい動作が出来ないだけだ。
雪と泥を跳ね上げながら演習場を走り回っていると、戻ってくるように指示が入る。大分小回りが出来るようになって、林の中を走れるようになったところなのに。次は片手で木に掴まって、それを軸にUターンとかしてみたかった。
「伴君、君はちょっとおかしい。高等部のパイロット科を卒業して大学に上がった人でも、フルマニュアルであんな動きはそうそう出来ないと思うよ」
AAから降りると、屋形がドン引きしている。
「そうなの? てっきり練習すればできるようになるものかと」
富士見さんはまだよくわかっていないような反応だが、さっきまで練習していた自衛隊員の皆さんは屋形の言葉に頷いている。
「いやいや、みなさん普段からいろんな訓練してるし、操縦に慣れたらすぐに出来ますって。やってみたら案外簡単ですし」
「普通はできないんだって。その感覚を磨けないからAIが助けてくれるわけで。考えてもみてよ。コクピットの中で自分の何倍も大きくて何十倍も重い体を振り回すんだ。人間の感覚や反応速度がついてくるわけがないんだよ」
眼鏡をくいっとあげて屋形が言う。AIさえあれば全員同じ土俵に上がれるが、逆にマニュアル操作は前提にされていないということか。
「君はそれを平然とやってのけるんだ。しかもレバーとペダルでの操縦でだよ」
菊池さんが後に続いて口を開く。
「このくらい、遙香もやっているものだと思っていたんだけどなぁ」
「青島さんも本当は、高等部では規格外にうまいんだけどね。いやー、そっかぁ。これは想定外だなぁ」
屋形がブツブツ言っているが、うまいと言われて悪い気はしない。このスキル、どこにも活かせるところがないけどな。
「とりあえず今日はこのくらいにしよう。撤収するぞ」
菊池さんの一言でAAをトレーラーに積み込み、宿へと移動した。
宿でのディスカッションでは、最初は各々の操縦の動画を見てああだこうだと意見交換をしていた。自衛隊の人たちは自宅に帰らず、ディスカッションでのために宿に泊まるということだった。しかし、気がつけば酒の入った菊池さんが執拗に俺に絡んでいた。
「なあ、車の中での幼なじみの話、詳しく教えてくれるよな?」
その言葉に自衛隊員の皆さんも絡んでくる。
「ほう、聞き捨てならないな。ちょっと詳しく聞かせてもらおうか? 女の子の幼なじみとかけしからん」
「青島さんも侍らせてるんですよ。しかも同居ですよ」
あ、富士見さんいらないことを。
「住所! 住所が同じなだけの別の建物ですから!」
「で、本命はどっちなの?」
屋形と富士見さんの眼鏡がキラリと光る。これは学校で笑美とのことをいじられるよりめんどくさい。
「や、屋形だって外に出たら女子に囲まれてるじゃないか」
「僕はいいんだよ。特定の相手もいないし、女の子苦手だしね」
「「「え?」」」
一斉に自衛隊のみなさんがお尻を隠す。
「違います! そうじゃなくて、男同士だと楽だけど、女の子相手は緊張するってだけです!」
北海道の夜は更けていく。お酒って怖いんだな。
朝。昨日とは打って変わって見事なまでの晴れ。雪は当然残っているが、これなら自衛隊の人たちの練習もやりやすいだろう。
「あー、君はちょっと、急遽別スケジュールで」
「え、何するんですか?」
「使いこなせばかなり動けることがわかった。だったら、あとは自衛隊が借りれるように練習するだけだ。AIを使ってでも君くらいにね」
つまり、俺を乗せる時間があったら初心者の練習に時間を割きたいということか。
「というわけで伴君。遊ぼう」
「は?」
「修学旅行中のクラスメイトに会いに連れて行ってやろうと言うんだよ。ウェアや板のレンタルはどうかわからんが、ゲレンデでみんなと遊んできなさい。ここから遠くないから送っていくぞ」
「じゃあ菊池さんは?」
「無論、俺もサボる。一度戻ってきて、また迎えに行くなんてめんどくさいことはしてられない」
大丈夫か、このおじさん。
「みなさんの練習はどうなるんです?」
「半分非公式みたいなものだからな。好きにやらせておけばいい。富士見君と屋形君もいるしな。昨日君が見せてくれたように、多少無茶しても壊れなさそうなことはわかったし」
一人で頷きながら理由をでっち上げる。本当にこのおじさん、大丈夫? 部下に刺されない?
「ちなみに明日は全員有給で温泉だ」
あ、いいな温泉。スキーよりそっちがいい。
俺は菊池さんの車に乗せてもらい、スキー場へと向かった。北海道は一面の雪景色が美しい。
「ところで、スキーは出来るのか?」
「任せてください。山育ちですよ」
標高500mに満たない低山で、冬に路面の凍結はあっても、雪もほとんど降らないけど。無論、経験はあるという程度だ。
スキー場に着くと、菊池さんは俺と連絡先を交換して消えていった。一人で温泉らしい。
俺は板のレンタルをするお金もないので、ホテルの周りをうろうろする。よく考えてみたら、みんなスキーしてるのだから、こっちに人がいるわけがない。仕方がないので、ホテルのカフェでコーヒーでも飲むことにする。昼時になればみんな戻ってくるだろう。しかしこのカフェ、お洒落すぎて落ち着かない。
スマホをいじること30分。無料漫画サイトの新着も読み終えて、いよいよやることがなくなった。ゲレンデに行ってもいいが、よく考えると靴は普通のスニーカーだ。濡れると気持ち悪いし、やめておこう。しかしコーヒー一杯での長時間滞在も気が引ける。ロビーのソファで時間を潰すか。
カフェから出たところでクラスの女子に発見された。良かった、知り合いだ。
「伴!? なんでいるの!」
「片山さん連れてこないと!」
そんな大きな声を出すと迷惑だから落ち着いて。
「スキー場で見つけるとか難しいし、そういうのいいから」
「じゃあ、後で見かけたら伝えとく。伴は何してんの?」
「連れてこられたものの、やることなくてな」
暇すぎてまだ手を出していない漫画サイトに登録するところだった。
「なんだ暇人か。こんな所まで来てスマホ触るしか出来ないとかウケる」
俺もそう思う。ネタにしていいぞ。
「男子何人かと、女子は笑美と遙香にメッセージ送っといた。ここにいたら見つけてもらえるだろ。スマホ見れる状態なのかわからんけど」
笑美と遙香に送ったというか、他の女子の連絡先なんか知らないんだけどな。
クラスの女子とロビーで話をしていたら昼食の時間になったようで、我が校の見知った顔が続々とホテルに戻ってくる。今日のランチは大食堂でビュッフェらしい。
「あ、大! どうしたのよ!」
遙香に発見された。
「一応スマホに連絡したけど、まぁ見れないよな」
「そうね。まったく気づかなかったわ」
スキーをしていたら気づかないのも無理はない。遙香がスマホを確認し、今ここで既読になる。
続いて田宮たちクラスの男子が合流。ようやく精神的に落ち着ける。
「伴! お前どうしたんだよ!」
「一段落して暇になったから、強制的に連れてこられて、結局暇してたんだよ」
「お前、メシどうすんだ?」
そう、修学旅行で来ているわけではないので、ビュッフェに俺の席はない。
「いいわ。元々大が来るはずだった修学旅行だもの、私は売店で済ませるわよ」
どうしたんだ遙香。らしくもない。
「青島さん、マジ天使だな……」
男子たちが勝手に感動している。しかしそれでは筋が通らないので、俺が売店をビュッフェ以上に堪能してやらねばならないだろう。
「俺はさすがにやめとく。ホテルの人にも悪いしな」
「じゃあ、お昼の時間が終わったらすぐここに来るよ」
びっくりした。いつの間にいたんだ、笑美。
「私も聞きたい話があるし。田宮、あんたもよ」
「なんでだよ。スキーしようぜ」
「自衛隊との話、聞きたいじゃない?」
「別に今じゃなくてもいいと思うんだ。明日の帰りだって一緒だし」
せっかく修学旅行なんだから、スキーを楽しむべきだと思う。田宮の意見を尊重したい。
「ほら、とにかく行ってこい」
みんなに大食堂に向かうよう促した俺に背後から話しかけられる。
「なんだ伴、来てたのか。俺がホテルに掛け合ってやるから、お前もビュッフェくらいは参加しろ。コース料理とかなら無理だろうが、ビュッフェなら入れてもらえるだろ。なんとかなったら代金は立て替えてやるから、短い青春を無駄遣いすんなよ」
このとき、俺には担任が神に見えた。
ビュッフェを堪能して腹を満たすと、昼食の時間が終わる。修学旅行中のみんなはぞろぞろと大食堂から出て行き、午後もスキーを楽しむ。さて、俺はどうするかな。ロビーのソファでゲレンデに向かう列を眺めながら考えていると、隣に笑美が座る。
「なんだよ、行かないのか?」
「スキーなら家族でたまに行くし、それよりも昨日の話とか、なんでここにいるのかを聞かせてよ」
「そんなの明日でもいいだろ?」
「大、絶対飛行機の中で寝ちゃうでしょ?」
ぐぬぬ……否定できない。
「お二人さん、おアツいねぇ」
「来れないとか言いながらちゃんと来るあたり、愛だよねぇ」
「いや、違うんだって。急遽予定変更で連れてこられたというか。俺も時間を持て余してるんだよ」
クラスの女子に冷やかされるが、笑美はイヤそうな顔ひとつせずにニコニコと笑っている。
「そ、なら私も暇つぶしに付き合うわ」
遙香登場。揃いも揃って俺に構ってないで、せっかくのスキーを楽しんできたらいいのに。
正面のソファに座ると、割と真面目な顔で聞いてくる。
「で、どうなのよ。あんたも田宮もAAをすぐに乗りこなしたわ。私の見立てだと、この時代の人のが適応する力があるんじゃないかって」
「それに関してはなんとも言えないけど、屋形からは俺があり得ないって。田宮もやっぱりすごいし、学校では遙香も高等部としては規格外に乗りこなしていたとは聞いたんだけど」
「それは大がすごいってこと?」
目を輝かせて笑美が口を挟む。
「そうらしい。実際、午後から半日みっちり乗り込んだ自衛隊員3人も、俺の動きを見て無理だって。身体能力で言えばあっちのが上なのに」
そう、俺は学校での成績は全体的に中の上。長距離の自転車通学のおかげで持久力だけは買われていたが、漫然と乗っていただけの俺がリモート授業になって、それもほぼなくなった。
「詳しく教えなさい」
「これ、後で編集した動画をもらえることになってるんだけど、とりあえず富士見さんのスマホで撮影したやつ。他にもビデオカメラやアクションカメラの映像もあるんだけど」
スマホでもらった動画を流す。
「はあ!? これをフルマニュアルでやってるっていうの? あんたおかしいわよ。プロの軍人じゃないの、こんなの!」
「いや、手応えはあったからもっと色々やりたかったんだけどな」
「まだやれるっていうの? あきれたわ。私も寿和や他のみんなに同意見よ。本当にどうかしてるわ」
深くソファにもたれ掛かり、ため息をつく。
「ねえ、これってそんなにすごいの?」
操縦経験のない笑美の無垢な質問に遙香が答える。昨日屋形がしたのと同じ説明だ。きっと最初に学校で習うのだろう。
「へー、AAの操縦で遙香にも出来ないことが出来るなんて、すごいだね」
相変わらずの笑顔だが、多分ピンときてないな、これ。
「とにかく、この程度しか経験してないのにフルマニュアルなら、普通は立ち上がることすら出来ないのよ。ま、私は出来るけど」
最後に自分を褒めることを忘れないのはさすがだ。
「でも、最初俺んちで立ち上がれなかったじゃん」
「あれはなぜかダウンしてたAIが再起動中だったのよ! しかもうっかり、AIありきで動かそうとしちゃったの! あんたも時空の歪みを経験したからわかるでしょ!?」
はい、ごめんなさい。そんなに怒らないで。
「何日かしたらコクピット内の映像も含めた動画が出来てくるだろうし、イカサマしてないのがわかってもらえるはず」
「わかったわ。じゃあ先にこれだけは言わせてもらうわ。私の教え方がうまいからよ」
あ、こいつパイロットとして勝てないとなると、方針変更した。でも確かに、田宮も上達するの早かったな。それが本人の資質なのか、遙香の指導によるものなのかはわからないけど。
「笑美も乗ってみる? 優しく教えたげるわよ」
「ううん、私は見てる方がいいな」
笑顔で首を横に振る笑美。そういえば、一度コクピットを覗いたときに難しそうだからとか言ってたな。簡単なのに。
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