遙かな未来の落とし物

ヤマグチケン

第1話 男の子の夢、来たる

 プラモデルを組み立てているときは無になれる。学校から解き放たれた金曜の夜などたまらない。特別技術があるわけではないので素組みに墨入れする程度だが、無心になれるこの趣味がとても好きだ。昔流行っていた(今衰退しているという事実は認めたくない)ロボットアニメのDVDを再生しておくのも良い。無心にはなれないが心が昂ぶる。しかし今日はDVDは無しだ。通販専売の限定キットなので、真摯に向き合うためだ。お父さんありがとう、あなたのおかげで立派なオタクになりました。

 いざ開封の儀。心を鎮めて箱を開けた瞬間、裏の畑で轟音が響いた。地震かと思ったが揺れの感じが違うし、何よりもこの音だ。

 慌てて外に出ると、畑にそれはあった。男の子の夢、巨大ロボットだ。立ち上がれば10mを超えそうなそれが農機具をしまっている納屋を半壊させ、仰向けに倒れている。表面は傷だらけだが、へこみなどは見られない。だが、納屋の屋根は吹き飛び、鍬や鋤がひん曲がり、柄が折れている。畑は畝が潰れているのは間違いない。今年の秋は我が家だけ芋が不作だろう。

 あまりのことに最近はロボットが畑で収穫出来るのかと頭の悪いことを考えていると、ロボットの胸が開いた。

「いたたたた……。まったくもう、なんなのよ……」

 出てきたのは、俺と同い年くらいの少女だった。スラリと高めの身長は、男子の平均より少し低いくらいか。アニメでよく見るピチピチのパイロットスーツで、小脇にヘルメットを抱えている。ショートボブの髪はヘルメットへの収まりの良さから選択されたのだろうか。

「君、大丈夫? それと、これは……?」

 親父は少女に話しかけるが、祖父母は半壊した納屋を見て愕然としている。少女は我が家の祖父母を見て、すぐに冷静さを取り戻したようでコクピットに戻った。

「すみません! すぐどかしますんで!」

 スピーカーから声が聞こえると、ロボットはゆっくりと立ち上が……れなかった。立ち上がろうとして元の仰向けに戻った。立ち上る砂煙。大丈夫かこいつ。

 まずは話をしないと駄目だ。親父が出てくるよう叫ぶと、再びコクピットが開き、今度は少女が器用に降りてきた。その動きは訓練された者特有のものだ。アニメでたくさん見てきた。俺は詳しいんだ。

「君、これは何?」

 納屋と畑の損害について話したいが、親父の目が輝いている。きっと俺も同じ目をしているだろう。

「知らないんですか? 国際防衛大学の新型演習機ですよ。ニュースでもやってたじゃないですか。ようやく日本分校にも配備だーって」

 どうしよう、知らない学校名が出てきた。冷静になった俺の目から輝きが消えるのがわかる。しかし親父は輝きを失わなず話を合わせる。

「なるほどなるほど、つまり演習中にここに突っ込んだと」

「そんなところですね。まあAIの補助がポンコツなせいで」

 するとコクピットから男性の声が聞こえる。

「降下演習中は指示あるまで私に一任と指導されていたはずです。あなたが私の操作に介入し、無駄に飛行ユニットのスラスターを吹かしたのがそもそもの原因と推測します」

 スピーカーから声がする。あ、これAIか。すごいな。

 ところでここはどこだという少女の問いかけに、AIは位置情報の取得が不能と答える。GPS付いてないのか?

「今更だけど、君の名前や身元を教えてもらっていい?」

「私は青島遙香。国際防衛大学高等部日本分校パイロット科2年です」

 俺の問いかけにハッキリと答える。ショートの髪がやけにりりしく見えるぜ。

「ごめん、その学校聞いたことないんだけど」

「はぁ!? どんだけ田舎者なのよ! いくら私が下手くそでも、こんな山間部の農村に突っ込むなんてあり得るぅ!?」

 ひどい言われようだ。確かに田舎だけど、インターネットは光回線も来てるし、車で1時間も走れば隣の市のショッピングモールにだって行けるぞ。高校生の俺には自転車しかないけど。

「えーっと、この状況から察するに、君は未来人だね?」

 訳のわからない状況に親父が無理矢理納得のいく答えを出す。当然青島も俺も、そして家族も全員無理矢理納得するならこうなるよなと思っている。

「そんなSFみたいなことあるわけないじゃないですか。全くもう、いやだなあ」

 SFの当事者みたいな青島が突っ込むが、GPSの件もこの時代とは違う規格の物が出回っているので使えないのだろう。明らかに世界観の違う青島に、気づけば集まっていた野次馬から今年が西暦202x年であると告げられる。

「え、今2460年……。ええ……?」

 なによそれと青島は叫んだ。かくして、青島は到着した駐在さんに連れて行かれた。


 翌日、我が家は一躍時の人となる。マスコミが押し寄せ、未来からの落とし物を手に入れた一家と報道された。この週末は静かにプラモを組みたかったのだが、諦めよう。そして俺もマスコミに混ざって、あのロボットの写真を撮ろう。

 昼食後、スマホを持って畑に向かおうとしたら青島が来た。曰く、未来過ぎて警察もどこの機関も処理出来ないそうでここに帰ってきたと。警察や自衛隊のロボットの調査がまったく進まない中、青島がハッチを開けて乗り込む。

「立ち上がります。皆さん離れてください」

 ロボットのスピーカーから青島の声が響くと、ゆっくりと立ち上がる。またこけるなよ?

 今度は問題なく立ち上がると、膝立ちの姿勢になる。両肩だけ青く塗られた真っ白な機体に、バイザーの奥に見える可動式単眼カメラ。そして全体のシルエットの、絶妙にかっこいいとは言いづらいずんぐりむっくりとしたシルエット。改めて見ると、このいかにもな量産機という感じがたまらない。青島がその機体のコクピットから降りてくる。

「本当にすみませんでした。いや、私は悪くないんですけど、不可抗力ですけど……」

 歯切れの悪い謝罪の後、歯切れの悪そうなまま続ける。

「その、400年ほど未来から来たわけじゃないですか。警察も国も処理しきれない話らしく。で、ですね……とりあえず監視付きでこの時代にお世話になりますということで。あの機体はちょっとバッテリー心許ないんで、しばらくここで自然充電させてください!」

 青島は手を合わせて頭を下げる。ここにあのロボットを置いていくのか。願ったり叶ったりだ。男の子の夢が叶うじゃないか。

「それでですね、国が部屋を用意するまで、ここにお世話になれないかなー……と。このおうち、大きそうですし」

 何を言い出すんだ、この娘は。どう見ても同世代の男がいるんだぞ。

「部屋はあるから少しくらいなら構わないけど、年頃の娘さんを預かるとなるとねえ、うちにも年頃の息子がいるし」

 母親が困った顔をするが、すぐに解決する。祖父母がこっちに住めと言い出した。なるほど、敷地内に2軒あると便利だなあ。

「青島さん、改めてこちらが妻と息子の大。そして私の両親。5人で兼業農家をやってます。畑はジジババだけでやってますけどね」

 畑は趣味みたいなものだとじいちゃんが付け加えると、俺も小さく頭を下げる。青島遙香は畑という単語に申し訳なさそうに頭を下げ、居候することになった。


 夕飯前、幼なじみが頼んでいた支援物資を持ってきてくれた。具体的には女性物の服や下着だ。服はともかく、さすがに下着は新品を買ってきてもらった。領収証も忘れずに受け取る。

「ねえ大、この子あんたの彼女なの?」

 400年後でもやはり女子の話題はこんなものか。保育園の頃から一緒なのでそう言われることも多いのだが、そもそもこの人口の少ない田舎、同世代はほとんどそうなりかねないぞ。

 俺は即座に否定するが、笑美は人見知りしてか、うつむいたまま否定も肯定もしない。元々少し引っ込み思案な所はあるが、得体の知れない未来人とあれば余計に構えるところはあるよな。笑美は自転車にまたがると軽く会釈をし、これまででは考えられないほどのダッシュで走り去った。


 その後、家族で夕飯をつつきながら青島から色々聞いた。彼女の通う学校、国際防衛大学とやらは、一方的な侵略戦争やテロに対する、いわゆる国連軍のような組織の養成所だ。パイロット、メカニック、情報などの学科からなり、その高等課程ということらしいが、高校からパイロット科とは、将来は最前線で戦果を上げるほどの経験を学校で積めるのだろうか。なんか操縦が頼りないけど。

 そしてなにより、俺と親父が待っていた情報、ロボットだ。人型ロボットの総称はアドバンスドアーム(AAと略されるようだ)と言われるらしい。かっこいい。こういうの大事だよ。建築、土木、災害救助、戦争などあらゆる用途に使われる物で、彼女の乗ってきたそれは軍用演習機だ。あの演習機の型式や名前は青島が覚えているわけもなく、AIも名前がないとのこと。

 俺がかっこいい名前を考えてやらないとなとつぶやくと、親父も考えたいと言った。男の子の夢が我が家には溢れている。

「ところで青島、あのAAはエネルギーどうなってんだ? 動かせるほど残ってないって言ってたよな?」

「遙香でいいわよ。なんか空気中のなんちゃらとか、ソーラーがなんちゃらとか、駆動時の熱エネルギーが……ああもう知らないわよ! メカニック科じゃないのよ! ほっとけば動けるようになるわよ!」

 青島……もとい、遙香は説明できなくてキレだした。怖いよこの子。

 つまり、現代では考えられないほど効率のいい発電システムでバッテリー駆動してると考えるのが自然かな。動いていたらそのエネルギーでまた充電なんて、夢のようだ。

 明日は遙香のAAを起動させて、バッテリー残量のチェックをしようということだけは決まった。そして外で待機しているマスコミに婆ちゃんが饅頭を配り、夜も更けてきたので空気を読むよう、遠回しに釘を刺して今日が終わる。


 翌朝、無断で俺の部屋に立ち入ってきた遙香にたたき起こされた。

「なるほど、これが400年以上前のオタクの部屋か。うわ、紙の本だらけ」

 面白くなさそうに俺の部屋を見て回る。残念だったな、俺はこの世代のオタクでもマイノリティだ。やはり流行のネタも置いておかないと面白くないよな。いやそうじゃない。

「勝手に入るなよ!」

「え、いいじゃない。女子に起こしてもらえてんのよ? それにおばさんも入っていいって」

 ぐぬぬ……女子に起こしてもらえるというイベントの魅力には抗えない。しかし美人とはいえ、遙香か。男みたいなんだよな。

「それより見て見て! 昨日大の彼女が持ってきてくれた服、悪くないじゃない!」

 うんうん、かわいいね。しかし小柄な笑美とは体格が合わないので、だぼっとした服を用意するように頼んだのだが、それでもちょっと胸が窮屈そうなのは指摘しないでおこう。セクハラで怒られそうだし。

「昨日も言ったけど彼女じゃないぞ。ただの幼なじみだ」

 リアルにこういう話題はやめて、オタクは反応しにくいんだ。恋バナは漫画の中だけにしてほしい。

「つまんないなぁ。それより朝ご飯だから早く来いって」

 

 朝食の後、演習機の狭いコクピットに遙香と二人で入り起動させる。あ、ちょっといい匂い。

「おはようございます、青島訓練生」

 おお、しゃべった。

「おはよう、えーと、AIに名前はある? 呼びにくいんだけど」

「私たちAA搭載AIに個別の名前はありません。しかし、私は開発コードネームをGAKUとつけられたモデルになります。『学習』からつけられたコードネームと推測します」

「よろしく、俺は大。これからはガクと呼ばせてもらうよ」

 コードネームとかかっこいいなぁ。

「じゃあ、ガクの搭載されている、このAAって名前はある?」

「特定の名前はありませんが、56式トレーナーと呼ばれることもありますが、正しい型式はIT56-Jです。」

「はいはい、挨拶はもういいわね。じゃあ現在のバッテリー残量を教えて」

「現在のバッテリー残量は32%。歩くだけなら48時間以上は可能です。なお、飛行ユニットはロストしました。時間移動中か、元の時間に落としてきたものかと」

 未来すげぇ。充電しながら動くから当たり前だとしても、効率がとにかく良いってことだけは伝わるぞ。飛行ユニットがオプション装備なのもロマンあるよなぁ。

 遙香がガクと対話をしつつ各部チェックをしているのを見ていると笑美が来た。

「ひ、大と青島さん……み、密着……」

 違う。そういう意図はないんだ。ちょっと柔らかいなと思ったりはするけど、むしろ狭くて苦しいんだ。やましい気持ちはないんだ。

「あ、ええと、二人ともいいかな。町役場の人が来てるよ。大のお父さんが呼んでるよ」

 すぐに我に返った笑美が用件を伝える。それを聞き、ガクは起動したままでマスコミには反応しないよう指示し、待機。俺たちは家に入る。

 町役場の話は、うちの畑に落ちてきたAAを町おこしに使わないかという提案だった。畑にAAを立たせて、ロボットの落ちてきた町として観光客を呼ぼうということだ。観光資源ないもんな、ここ。キャンプ場があるから、かろうじて外から遊びに来る人はいるけど、それだけだ。

 遙香は割と乗り気だ。こいつ結構図太いよな。

「ねえ大、青島さんってその場の勢いだけで生きてない?」

「俺もそう思う、この状況だから考えても仕方ないんだろうけど」

 小声でやりとりをする俺たちは蚊帳の外だ。遙香と大人たちのやりとりを遠巻きに見ている俺はただ一つ、プラモの続きをやりたくて仕方がなかった。

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