地球最後の告白
武功薄希
地球最後の告白
空が不気味な赤に染まり始めた。高村陽太は一瞬、美しい夕焼けかと思ったが、すぐにそれが違うと気づいた。これは世界の終わりの色だった。
陽太、16歳。普通の高校2年生のはずだった。しかし今、彼は人類最後の日々を生きていた。
3ヶ月前、クラスメイトの佐藤葵に好意を抱いた。彼女の知的な雰囲気と、時折見せる優しさに惹かれた。だが、内向的な陽太には即座に告白する勇気がなかった。
「文化祭で話しかけよう」そう決めた日から、世界は狂い始めた。
最初は些細な異変だった。増加する自然災害。科学者たちの警告。しかし誰もが他人事のように受け止めていた。
1ヶ月が過ぎ、事態は急変した。地球の自転が不安定になり、昼夜のリズムが乱れ、気候が激変した。パニックが世界を覆った。
そして今、残り1ヶ月。
科学者の予測では、あと1ヶ月で地球は崩壊するという。皮肉にも、陽太が話しかけるつもりだった文化祭の1ヶ月前だった。
学校は閉鎖され、街は混沌としていた。多くの人が避難所に集まり、残された時間を大切な人と過ごそうとしていた。
陽太は毎日、無意識に葵の家の近くを歩いていた。ある日、近所の山下さんに声をかけられた。
「陽太くん、何してるの?」
「あ、山下さん...散歩です」
「そう...でも、こんな時期に一人で外は危ないよ」
「はい...」
「大切な人はいるの?」
陽太は曖昧にうなずいた。
「なら、会いに行きなさい。後悔だけはするものじゃない」
山下さんの言葉が陽太の心に響いた。
その夜、陽太は考えた。世界が終わるなら、少なくとも自分の気持ちは伝えたい。
翌日、陽太は葵の家に向かった。荒廃した街並みに気持ちが揺らいだが、足を止めなかった。
意外にも、葵はまだ家にいた。
「高村くん...?」
「佐藤さん、話があって...」
「こんな時期に?」
「うん、だからこそ」
二人は無言で見つめ合った。言葉以上のものがそこにあった。
「佐藤さん、実は...好きです」
葵は驚いた表情を見せた後、悲しそうに目を伏せた。
「ごめんなさい、高村くん。私には...別の人が...」
陽太は胸に鈍い痛みを感じたが、強引に笑顔を作った。
「そっか...ごめん、突然こんなこと言って」
「私こそごめんなさい」
気まずい沈黙が流れた。陽太は帰ろうとしたが、葵が彼を呼び止めた。
「待って、高村くん」葵の声に迷いがあった。「実は...私、毎日ここから出られなく て。家族は避難所に行ったけど、私だけ...」
陽太は驚いて葵を見つめた。
「どうして?」
「怖くて...外に出るのが」葵の声が震えた。「でも、高村くんが来てくれて...少し勇気が出たの。一緒に...散歩してくれない?」
陽太は葵の弱さを初めて見た気がした。彼は優しくうなずいた。
「うん、行こう」
二人は静かに歩き始めた。荒廃した街を歩きながら、時折お互いの顔を見合わせた。
そして、丘の上に着いたとき、世界が一瞬で変わった。
空が燃えるような赤と橙に染まり、雲が金色に輝いた。それは陽太が今まで見たこともないような美しい夕焼けだった。
「綺麗...」
陽太の言葉に、葵も静かにうなずいた。
「高村くん、こんな世界の終わりの中で、夕焼けを綺麗だと思える感性...素敵だと思う」
陽太は葵を見つめた。彼女の瞳に夕焼けが映っていた。
「佐藤さん、もう一度言わせて」
葵は静かに陽太を見返した。
「好きです。世界が終わろうとも、あなたを好きでいたい」
葵の目に涙が浮かんだ。
「私も...高村くんのことが好きかもしれない。この散歩で気づいたの。あなたの優しさに、勇気に...」
その瞬間、地面が大きく揺れ始めた。轟音とともに、赤い光が世界を包み込んだ。
二人は咄嗟に手を取り合った。
目を開けると、そこは不思議な空間だった。陽太と葵は手を繋いでいた。周りには多くの人々がいた。
貧富の差も、外見の違いも、すべてが消え去っていた。皆が同じ姿で立っていた。
陽太は理解した。終わりの瞬間、全ての違いは無意味になり、純粋な感情だけが残ると。
葵の手を握る陽太。葵も彼の手を握り返す。
陽太の心に、静かな悟りのような感情が広がった。
きっと僕の告白は世界の終わりと夕暮れ時のどちらか一つの要素が欠けても成功しなかったと思う。平常通りの日常だったら、成功しても彼女はすぐに心変わりしただろう。でも僕は、一時だけでも佐藤葵とこころを通じ合わせることが出来て、もう、それでよかった。この人生は、たぶん、佐藤葵を好きになるための人生だったんだと思う。
それから、世界の終わりの日。
死ぬほど綺麗な夕焼けが世界を染め上げた後、陽太と葵とその他の地球人は全員死んだ。陽太と葵の心には死ぬほど綺麗な思い出が残り、そして、跡形もなく消えた。
地球最後の告白 武功薄希 @machibura
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