七畳一間

ほこり?

六足す一畳

「引っ越しのほう以上になります。ありがとうございました。」


「あー、ありがとうございました。」


軽くお辞儀をして部屋を後にする引っ越し業者を眼だけで見送り、姿が消えるや否や

紘一は新居の床に大の字に寝転がった。


「…今日からここが俺の城かあ…ふふふっ。」


大学進学のため学校周辺のアパートを契約し、一人暮らしを始めることとなり、運よく条件に見事合致した物件を発見する。別に事故物件というわけでも、凄く古い・ボロいというわけでもない、なんというかごく『普通』なアパート。しかし初めて一人暮らしをする紘一には、そんな狭いワンルームでさえ、自分の「牙城」のように感じられたのは、ごく自然と言えるだろう。


「いやあ、にしてもいい部屋が見つかったもんだよなあ…しかもなんかちょっと広いし。」


そう、この部屋の唯一普通でないところは「ちょっと広い」という点。六畳一間というのが一般的だが、なぜかこの部屋はそれプラス一畳。しかも奥行きが広いとかではなく、ホテルのよくわからないスペースみたいな感じに、一畳分横に出っ張っているのだ。


ここ最近、世間で『変な間取り』みたいなのを取り扱ったコンテンツがバズっていて、そんな中この物件を見つけた。家賃は同じ、でもちょっと変な間取り。そんなちょっとミーハーで好奇心旺盛な男子学生の心をつかむのにうってつけの物件がここだった。さながらインスタントな『異常さ』というべきか、想像される一人暮らしの退屈な時間を少しは紛らわせないものかと、ほんの少しだけ期待していたというのは紛れもない事実であった。


「…っつても、もう少ししたらちょっと外散策すっかな…周辺地理とか把握したい。特にコンビニとか。」


…とはいえ、たった一畳広いだけのことにかまっている暇があったらやらなくてはいけないことが、今はごまんとあるのだ。引っ越しの挨拶、情報収集、全て済ませてやっと、快適な生活がスタートできるというものである。


「ついでに大家さんとかに挨拶済ませちゃうかあ…どうせまだお隣さんとかは帰宅してないだろうし」


まあとりあえずは大家さんにご挨拶を。とても自然な行動である。適当に身支度を整え、まだ見慣れない鍵をキーチェーンに装着して家を出る。普通、いたって普通の時間だ。

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「こんにちは…大家さんってこちらにいらっしゃいますか?」


大家さん自身もアパートの一室に住んでいるらしく、一階の角部屋のドアを叩く。少しノックしただけでドアのきしむ音がし、どうにも自室のドアとくらべてずいぶん年季が入っているらしかったが、さほど気にもならなかった。しばらくすると中から、


「…はぁい、どちらさま?」


と返事が返ってきたので、すかさず


「今日こちらのアパートに入らせていただきました、矢野と申します。ご挨拶にとうかがわせていただきました。」


と、簡潔に自己紹介と要件の伝達を済ませる。

しばらくしてドアが開くと、中からは「いかにも」といった感じのおばあちゃんの大家さんが顔を出し、にっこりと笑って会釈する。


「若いのに礼儀正しくて、偉いわねえ。」


「いや若いなんてそんな、もう大学生ですよ。あ、そういえばつまらないものですが…」


軽く談笑を交わしつつ、手土産にと用意したお菓子を差し出す。こういうことをするのは初めてだったので、かつてホワイトデーのお返しで困った時以来初めて、贈答用のお菓子をネットで検索した。まあ結局地元の和菓子屋のごく普通のお饅頭に落ち着いたが、まあこういう経験が生きることもあるだろう。


「あらあら、わざわざこんなものまで…ありがとうねえ。」


「いえいえ…それでは僕はこれで。」


「あらそう?せっかくだし少しお茶でも飲んでいかれない?このいただきものもあけてしまいましょう」


「はあ…ええと、それではお言葉に甘えて…」


こういう時は素直に誘いを受けるべきだ、と自称恋愛マスターのインフルエンサーがしゃべっていたのを思い出し、果たしてこの場合もその理屈は適用されるのか考えながら、大家さんの部屋に入る。…その部屋は同じアパートなはずなのに、少し狭い感じがした。


「…今お茶を入れますからね、少しお待ちを。」


「いえお気遣いなく…そういえば一つ聞きたいのですが…」


違和感は解消しておこうという気持ちを少しばかり感じたので、とりあえず尋ねてみることにした。間取りの違和感について。


「この部屋ってたぶん六畳ですよね…僕の部屋、ちょっといびつな七畳だったんですけど、なにか理由でもあるんでしょうか…?」


それを聞くと大家さんは、不思議そうな顔をして答える。


「このアパートは二階のお部屋の方が少し広くなっていまして、二階が四部屋、一階が六部屋なので、えっと…矢場さん?のお部屋は八畳、じゃないですかねえ?」


「いやけど確かに七畳なんですよね、何か柱とか配線とかの関係だったり、そういうのがあるんでしょうか?」


矢場ではなく矢野、と訂正するか迷ったが、本題はそこではないのでとにかく話を進める。


「うーん、そういうのは特になかったと思うんですけどねえ。…でもあのお部屋、しばらく長期間住んでらっしゃる方が居なくて、最近あまり入ることもなかったから…気になるなら後で一緒に見に行きましょうか?」


「ふーむ…そうですか、ありがとうございます。いえ別に、少し気になっただけで、同じお値段で広いなんてそれこそお得でしかないので大丈夫です。お気持ちだけ。」


「それならいいのだけれど…あら、おいしそうなお饅頭…いまお茶と一緒にお出ししますね」


ここから先はただ大家さんと、お饅頭を食べながら、個々のほかの住人の人々について話を聞いたり、周辺にあるお店について教わったりして、部屋を後にした。部屋を出るころにはもう結構ないい時間で、夕飯をどうするかで、まだまだ食べ盛りの男の頭はいっぱい。しばらくの間、間取りについてのちょっとした違和感は忘れ去られることとなる。

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