祭り

 私は夏祭りが好きだ。まぁ、夏に限った話ではないのだが、お祭り自体が好きなのである。人混みで賑わう中、花火や屋台を楽しむのはとても気分が良い。

 日常生活であれば、私は人混みを好まない。何の意味も脈絡も無く、雑踏の中、群衆にもまれるのは苦手なのだ。

 だが、祭りとなれば話が変わってくる。見ず知らずの、赤の他人に埋め尽くされた場所であっても、心地良さを感じてしまうから不思議なものだ。祭りという場は、特別な空間なのだろう。

 そんな特別な空間で、私が最も大切に思うのは屋台グルメだ。屋台グルメこそ祭りに欠かせない重大な要素である。

 まぁ、グルメなどと大層な表現をするには多少の違和感もあるが、美味いものを食うという意味では間違い無いだろう。

 日常生活では縁の無い食べ物が並んでいるのを見ると、実に胸が躍るではないか。そういった祭りならではの飲食こそ価値がある。

 大人も子供も、食欲には抗えまい。開放的な屋台から漂う良い香りが、そこら中から誘惑してくるのだ。

 定番の屋台から変わり種まで、実に様々な誘惑が待ち構えている。己の胃袋が耐えられる限り、片っ端から食い尽くしてやりたくもなるが、そこは多少自制している。

 だが、そんな高揚した気分に冷や水を浴びせようとする輩がいる。やれ屋台の衛生管理がどうの、原価はいくらだの、興醒めするような事を、誰も頼みもしないのに講釈を垂れるのだ。

 一言で言えば、野暮だ。皆が楽しく祭りに参加し、屋台で好きな物を食べる。それでいいではないか。他人が楽しんでいる所へ、態々ネガティブな話をして何が楽しいのだろう。

 そもそも、そういう輩は祭りに誘わないし、偶然居合わせても相手をしない方が良かろう。こちらは祭りを存分に楽しむだけだ。

 祭りのメインイベントである花火も外せない。夜空に光る大輪の花火は、実に壮観だ。花火職人が作り上げた、刹那の芸術である。

 空高く舞い上がり、火花を散らして消えゆくのみ。その潔さが観客達を魅了する。

 連綿と受け継がれる職人の技術、その努力の結晶なのだ。美しいに決まっているではないか。

 賢い振りをして野暮な事を言う必要は無い。素直に祭りを楽しめばいいのだ。つまらない大人にはなるな。ハレの日こそ、純真であれ。これ以上語るのも野暮に思えるので、ここ迄にしておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る