●１２. フクベル迷宮（めいきゅう）

　王都（おうと）は南側（みなみがわ）に王宮（おうきゅう）と貴族（きぞく）街（がい）、西（にし）に商業（しょうぎょう）地区（ちく）、東（ひがし）がダウンタウン、そして北端（ほくたん）に迷宮（めいきゅう）がある。

　朝（あさ）ご飯（はん）を食（た）べて準備（じゅんび）を終（お）えると、俺（おれ）たちは王宮（おうきゅう）の馬車（ばしゃ）に乗（の）って南（みなみ）から北（きた）へ移動（いどう）して迷宮（めいきゅう）に行（い）った。

　入（い）り口（ぐち）は全部（ぜんぶ）で四（よっ）つあり内部（ないぶ）で繋（つな）がっているという。

　フクベルの冒険者（ぼうけんしゃ）ギルドは迷宮（めいきゅう）の入（い）り口（ぐち）の一（ひと）つのすぐ近（ちか）くにあった。

　まずはギルドで依頼（いらい）を確認（かくにん）だ。俺（おれ）たちのランクはまだＤのままだ。Ｄランクの依頼（いらい）は、迷宮（めいきゅう）の荷物（にもつ）持（も）ちくらいしかなかった。

　迷宮（めいきゅう）の入（い）り口（ぐち）側（がわ）である上層（じょうそう）部（ぶ）はアリスが魔物（まもの）に詳（くわ）しいという。中層（ちゅうそう）、下層（かそう）は学院（がくいん）の教科書（きょうかしょ）でしか読（よ）んだことがないそうだ。どれが食（た）べられるか、素材（そざい）になるか、弱点（じゃくてん）、注意点（ちゅういてん）など、必要（ひつよう）な知識（ちしき）は多（おお）い。

　まだ全（ぜん）属性（ぞくせい）の魔法（まほう）を習得（しゅうとく）していないが、実地（じっち）訓練（くんれん）ということでいいだろう。

　迷宮入（めいきゅうい）り口（ぐち）には門番（もんばん）が結構（けっこう）いる。槍持（やりも）ちに剣（けん）使（つか）い魔法使（まほうつか）いもいるようだ。

　今日（きょう）は護衛（ごえい）がついてきていないという。安全（あんぜん）マージンを取（と）って慎重（しんちょう）に探検（たんけん）しよう。

　アリスはフードを抑（おさ）えて、バレないようにしながら門番（もんばん）の前（まえ）を通過（つうか）する。

　入（い）り口（ぐち）からすぐは幅（はば）数（すう）メートルの下（くだ）り坂（さか）になっている。そこを抜（ぬ）けると広（ひろ）めの部屋（へや）に出（で）た。天井（てんじょう）一（いち）面（めん）が白（しろ）く発光（はっこう）していて十分（じゅうぶん）な明（あか）るさがあった。

　ここにも兵隊（へいたい）が常駐（じょうちゅう）しているようだ。部屋（へや）からは四（よっ）つの通路（つうろ）が伸（の）びている。

「迷宮（めいきゅう）内（ない）の地図（ちず）とかないけど、いいのかな」

「大丈夫（だいじょうぶ）ウサ。私（わたし）はマップを完全（かんぜん）に記憶（きおく）しておけるウサ」

　アリスの一（いち）人称（にんしょう）が「私（わたし）」になっている。俺（おれ）が「妾（わらわ）」は王族（おうぞく）くらいしか使（つか）わないから目立（めだ）つと言（い）ってやめさせたのだ。「ウサ」のほうはこの国（くに）では気（き）にしないようなので放（ほ）っておく。

　適当（てきとう）な通路（つうろ）に入（はい）ると、どんどん進（すす）んでいく。この辺（へん）は土（つち）がむき出（だ）しだが崩（くず）れないのだろうか。

「なにか近（ちか）くにいる臭（にお）いがします」

　ピーテが警告（けいこく）してくる。アリスがローブを脱（ぬ）いで収納（しゅうのう）した。ニーソ姿（すがた）がまぶしい。

　俺（おれ）たちも剣（けん）を抜（ぬ）いて戦闘（せんとう）態勢（たいせい）を取（と）る。先頭（せんとう）の右（みぎ）がソティ、左（ひだり）が俺（おれ）、その後（うし）ろにピーテ、最後尾（さいこうび）がアリスだ。

「フサフサレタスだウサ」

　最初（さいしょ）はレタスの魔物（まもの）だ。一（いち）メートルのレタスである。目（め）と口（くち）らしきものがあり、根（ね）っこをうねうねさせて近（ちか）づいてくる。

「これって食用（しょくよう）？」

「サラダで今朝（けさ）も食（た）べたウサ」

「げ。これだったのかよ」

　弱点（じゃくてん）は火（ひ）魔法（まほう）。剣（けん）にも弱（よわ）い。攻撃（こうげき）方法（ほうほう）は根（ね）っこの触手（しょくしゅ）攻撃（こうげき）。酸（さん）を出（だ）して溶（と）かしてくる。

「なんか気持（きも）ち悪（わる）いにゃ、真（ま）っ二（ぷた）つにゃ」

　ソティが突撃（とつげき）してレタスを半分（はんぶん）にする。敵（てき）は動（うご）かなくなった。魔力（まりょく）結晶（けっしょう）を回収（かいしゅう）して葉（は）っぱも収納（しゅうのう）しておく。

「もっと奥（おく）へ行（い）くウサ」

　今度（こんど）はコボルトが四匹（よんひき）集（あつ）まっていた。コボルトは全身（ぜんしん）青（あお）い毛（け）の犬（いぬ）頭（あたま）で人型（ひとがた）の魔物（まもの）だ。手（て）にはこん棒（ぼう）を持（も）っている。また前（まえ）の一匹（いっぴき）は木（き）の盾（たて）装備（そうび）だ。

　盾（たて）付（つ）きはソティが、もう一匹（いっぴき）を俺（おれ）が、ピーテが真（ま）ん中（なか）の一匹（いっぴき）をマークした。最後（さいご）の一匹（いっぴき）は後方（こうほう）にいる。

　俺（おれ）はコボルトと一対一（いちたいいち）で叩（たた）きあう。互角（ごかく）ではないがなかなか隙（すき）を突（つ）けない。ソティは盾（たて）付（つ）き相手（あいて）にやや有利（ゆうり）だ。ピーテは目（め）の前（まえ）の相手（あいて）をかわしつつ、後方（こうほう）の一匹（いっぴき）にも威嚇（いかく）をしている。器用（きよう）なものだ。

「いくウサ。サンダー・ボルト」

　アリスがそれぞれのコボルトの頭上（ずじょう）から四（よん）本（ほん）の雷撃（らいげき）を落（お）とす。バン！　と音（おと）がする。

　コボルト四匹（よんひき）は倒（たお）れたがまだ息（いき）がある。剣士（けんし）三人（さんにん）がそれぞれとどめを刺（さ）した。後方（こうほう）の一匹（いっぴき）は雷撃（らいげき）のみで死（し）んだようだ。

　コボルトは美味（おい）しくないので食（た）べない。結晶（けっしょう）のみ回収（かいしゅう）した。

　次（つぎ）はウォーキング・ツリー。しかもクリスマス仕様（しよう）だった。レタスの木（き）版（ばん）である。しかし大（おお）きい。なお、てっぺんに黄色（きいろ）い星（ほし）が載（の）っていた。

「なんすかこれ」

「飾（かざ）りつけされてるウォーキング・ツリーでウサ。わりとレアでウサ」

　俺（おれ）は太（ふと）い触手（しょくしゅ）一本（いっぽん）を相手（あいて）に剣（けん）で立（た）ち向（む）かう。この触手（しょくしゅ）なかなか固（かた）い。表面（ひょうめん）は削（けず）れるが切断（せつだん）まではいかない。

「ピーテ交代（こうたい）して」

　俺（おれ）はピーテと場所（ばしょ）を交代（こうたい）して後（うし）ろに下（さ）がる。

「よし、ホクト。ファイヤー・アローをお見舞（みま）いウサ」

「了解（りょうかい）」

　俺（おれ）はピーテの脇（わき）から中（ちゅう）ぐらいの威力（いりょく）のファイヤー・アローを叩（たた）き付（つ）ける。木（き）の中央（ちゅうおう）に命中（めいちゅう）しぽっきり折（お）れた。そして動（うご）かなくなった。

　俺（おれ）たちは結晶（けっしょう）だけ回収（かいしゅう）して、木（き）の残（のこ）りを脇（わき）に避（よ）けてから進（すす）んだ。

「数人（すうにん）が何（なに）かと戦（たたか）ってるです。右側（みぎがわ）です」

　ピーテが分（わ）かれ道（みち）の右（みぎ）を指（さ）しながら言（い）ってくる。

「ちょっと様子（ようす）を見（み）に行（い）こう」

　俺（おれ）たちは分（わ）かれ道（みち）を右（みぎ）へ進（すす）んだ。

　そこにはコボルト三匹（さんびき）に対（たい）して、剣士（けんし）が四人（よにん）で戦（たたか）っていた。いや、三人（さんにん）が戦（たたか）っていて一人（ひとり）は後方（こうほう）から見（み）ている。

　後方（こうほう）の一人（ひとり）は魔法使（まほうつか）いかとも思（おも）ったが、剣（けん）と盾（たて）を装備（そうび）しているし、魔法（まほう）を使（つか）うそぶりを見（み）せない。全員（ぜんいん）犬耳（いぬみみ）の男性（だんせい）だ。前衛（ぜんえい）の三人（さんにん）は両手（りょうて）剣（けん）を振（ふ）りかざしている。防具（ぼうぐ）は安物（やすもの）の革（かわ）装備（そうび）だ。後方（こうほう）の一人（ひとり）はライトプレート系（けい）を装備（そうび）している。

「加勢（かせい）しようか？」

「いいえ、結構（けっこう）です。うちの野郎（やろう）どもはそんなやわじゃない」

　後方（こうほう）の一人（ひとり）が加勢（かせい）はいらないという。アリスが耳打（みみう）ちしてきた。

「あの三人（さんにん）は奴隷（どれい）ウサ。黒（くろ）い首輪（くびわ）をしているウサ。あっちいくウサ」

　それだけ言（い）うと、元（もと）来（き）た道（みち）を戻（もど）って行（い）ってしまう。俺（おれ）は追（お）いかけてアリスの横（よこ）に並（なら）ぶ。

　少（すこ）し戻（もど）ってからアリスに話（はな）しかける。

「奴隷（どれい）制度（せいど）があるんだな。知（し）らなかったよ」

「私（わたし）は奴隷（どれい）は嫌（きら）いウサ。命令（めいれい）に従（したが）わなくてはいけなくて、ちょっと可哀想（かわいそう）ウサ」

「奴隷（どれい）制度（せいど）をなくしたいと思（おも）うかい？」

「制度（せいど）は必要（ひつよう）ウサ。借金（しゃっきん）や犯罪者（はんざいしゃ）は無くならないウサ」

　これ以上（いじょう）は話（はな）したくない雰囲気（ふんいき）だったので、奴隷（どれい）の話（はなし）はやめた。

　次（つぎ）に遭遇（そうぐう）したのはポイズンヒョウで二匹（にひき）いる。

「ポイズンヒョウは戦（たたか）ったことあるぞ」

「それなら頼（たよ）りにするウサ」

　俺（おれ）とソティが前衛（ぜんえい）で出（で）る。ヒョウはジャンプで前（まえ）に詰（つ）めてきた。剣（けん）で威嚇（いかく）してやると、左右（さゆう）に移動（いどう）したりして結構（けっこう）素早（すばや）い。

　プレレのおっさんはすぐに倒（たお）していたが強（つよ）い敵（てき）のようだ。

　ヒョウは飛（と）びかかってきて手（て）を伸（の）ばしてくる。爪（つめ）が鋭（するど）いので当（あ）たったらかなりのダメージだろう。

　ヒョウが素早（すばや）いのでピーテとアリスも的（まと）を絞（しぼ）るのに苦戦（くせん）中（ちゅう）だ。

「どうしようか」

「フラッシュを試（ため）してみるウサ。カウントダウンをするからゼロになったらまぶしくなるよ。一瞬（いっしゅん）目（め）をつぶってから相手（あいて）を攻撃（こうげき）するウサ」

「了解（りょうかい）」

「三（さん）、二（に）、一（いち）、ゼロ」

　俺（おれ）は目（め）をつぶっていたが、ライトの数（すう）倍（ばい）の明（あか）るさに包（つつ）まれたようだ。瞼（まぶた）の向（む）こう側（がわ）が明（あか）るくなった。光（ひかり）は強（つよ）過（す）ぎるとクラクラしてしばらく動（うご）けなくなる。ヒョウは二匹（にひき）とも止（と）まっていた。

　俺（おれ）は力（ちから）いっぱいにヒョウの首（くび）を狙（ねら）って斬（き）りつける。もう一匹（いっぴき）もソティが仕留（しと）めてくれた。

「やったウサ」

「結構（けっこう）強（つよ）かったな」

「戦（たたか）いがいがあるウサ」

　ヒョウは食（た）べられないので毛皮（けがわ）を剥（は）いで結晶（けっしょう）を持（も）ち帰（かえ）る。

　フラッシュ作戦（さくせん）は有効（ゆうこう）だが、目（め）をつぶるのが怖（こわ）いという問題（もんだい）がある。万（まん）が一（いち）敵（てき）にフラッシュが効（き）いていないと、こっちが目（め）をつぶっている間（あいだ）にやられてしまう。なるべく使（つか）わずに行（い）きたい。

　その後（あと）も似（に）たような魔物（まもの）を十数（じゅうすう）匹（ひき）倒（たお）した。

「今日（きょう）はこのぐらいにするか。魔法（まほう）の練習（れんしゅう）もしたいし」

　アリスの案内（あんない）で来（き）た道（みち）を戻（もど）る。どうも正確（せいかく）には来（き）た道（みち）ではなく、近（ちか）い道（みち）を進（すす）んでいるようだ。よく覚（おぼ）えられるなこんな道（みち）。

　アリスは出口（でぐち）に到着（とうちゃく）する少（すこ）し前（まえ）にローブを収納（しゅうのう）から取（と）り出（だ）して羽織（はお）り、フードを深（ふか）くかぶる。

　俺（おれ）たちは地上（ちじょう）へ生還（せいかん）し、冒険者（ぼうけんしゃ）ギルドで結晶（けっしょう）や素材（そざい）を買（か）い取（と）ってもらい、歩（ある）いて王宮（おうきゅう）へ帰（かえ）る。

　ギルド前（まえ）には冒険者（ぼうけんしゃ）の客（きゃく）を見込（みこ）んだ露店（ろてん）が出（で）ている。

「お肉（にく）の匂（にお）いにゃ」

「美味（おい）しそうです。私（わたし）も食（た）べたいです」

　ポコ肉（にく）の串焼（くしや）きのようだ。串（くし）をひっくり返（かえ）しながら塩（しお）胡椒（こしょう）を振（ふ）って焼（や）いていた。

「異国（いこく）のお兄（にい）さん、どうだい。お連（つ）れの子（こ）達（たち）分（ぶん）も合（あ）わせてどうだい」

「じゃあ、ポコ肉（にく）の串焼（くしや）き、四（よっ）つ」

「へい、まいど」

「やったにゃ」

　ジャーキーとは違（ちが）い肉厚（にくあつ）で噛（か）むと中（なか）から肉汁（にくじゅう）が出（で）てくる。なかなかうまい。

　三人娘（さんにんむすめ）は必死（ひっし）にお肉（にく）にかぶりついている。

「そういえば、ポコって結局（けっきょく）なんなんだ」

「魔物（まもの）だウサ。迷宮（めいきゅう）の中（なか）に住（す）んでいて二本足（にほんあし）で立（た）つ獣（けもの）ウサ。強（つよ）さはヒョウより弱（よわ）いウサ」

「あたしは村（むら）で放牧（ほうぼく）してるって聞（き）いたにゃ」

「魔物（まもの）のポコと家畜（かちく）のポコがいるウサ。違（ちが）いは二本足（にほんあし）で立（た）つこと位（くらい）で味（あじ）は同（おな）じウサ」

　俺（おれ）は二本足（にほんあし）なら熊（くま）かなと予想（よそう）する。けど異世界（いせかい）だからどんな格好（かっこう）をしているかは未知数（みちすう）だ。

　王宮（おうきゅう）に戻（もど）り、午後（ごご）からは王宮（おうきゅう）の訓練（くんれん）場（じょう）で魔法（まほう）の練習（れんしゅう）をした。ピーテとソティも回復（かいふく）魔法（まほう）の訓練（くんれん）をしている。俺（おれ）はファイヤー・ボールや風（かぜ）のウィンド、土（つち）のアース・ウォールを一日（いちにち）で覚（おぼ）えた。サンダー系（けい）は今日（きょう）は無理（むり）だった。