●６. ポテポテ町（まち）

　朝（あさ）、起（お）きようとしたら、暖（あたた）かくて柔（やわ）らかい物（もの）が体（からだ）にまとわりついていた。そう、布団（ふとん）だ。いや、これはピーテがくっ付（つ）いてきている。どうしようもないので、俺（おれ）はそのまま目（め）をつぶってピーテが起（お）きるまで待（ま）つ。するとピーテがなにか寝言（ねごと）を言（い）った。

「ポテ、ポテ……」

「ポテポテ町（まち）？」

「ポテトチップスをもう一枚（いちまい）食（た）べたいです。むにゃむにゃ」

　夢（ゆめ）の中（なか）ではポテチにあり付（つ）けたようで、なんかモグモグしている。かわいいので、そのまま眺（なが）めることにした。ポテポテ町（まち）は次（つぎ）に行（い）く町（まち）の名（な）だ。

　するとすぐに口（くち）が止（と）まって、パチッと目（め）が開（あ）いた。

「お、おはようございます」

　ピーテの顔（かお）が赤（あか）くなる。抱（だ）き着（つ）いているのに気（き）が付（つ）いたらしい。それともポテチか。俺（おれ）は思（おも）わずニヤニヤ変（へん）な顔（かお）になりそうだったので、急（いそ）いで反対（はんたい）側（がわ）を向（む）いた。

　朝（あさ）起（お）きて宿（やど）で固焼（かたや）き黒（くろ）パンとジャム、味（あじ）の薄（うす）い野菜（やさい）スープの朝食（ちょうしょく）を食（た）べると、さっそく街道（かいどう）を王都（おうと）方面（ほうめん）に進（すす）む。ベケベケ村（むら）は、宿屋（やどや）がある以外（いがい）に特産（とくさん）など何（なに）もない。

　プレレの住（す）むポテポテ町（まち）まで、ちょうど一（いち）日（にち）分（ぶん）の距離（きょり）だ。

　途中（とちゅう）で休憩（きゅうけい）を挟（はさ）んだもの以外（いがい）、魔物（まもの）も動物（どうぶつ）も出（で）てこなかったので、順調（じゅんちょう）に進（すす）んだ。休憩（きゅうけい）時間（じかん）の半分（はんぶん）は俺（おれ）たちの訓練（くんれん）の時間（じかん）でもある。少（すこ）しでも剣（けん）を振（ふ）っておいた方（ほう）が良（よ）いと思（おも）ったのだ。

　夕刻（ゆうこく）、ポテポテ町（まち）に到着（とうちゃく）した。この町（まち）では入町（にゅうちょう）税（ぜい）があるらしい。一人（ひとり）銀貨（ぎんか）一枚（いちまい）も取（と）られた。プレレは町（まち）の住民（じゅうみん）なので無料（むりょう）だ。昨日（きのう）の宿（やど）の泊（と）まり賃（ちん）が一（ひと）部屋（へや）で銀貨（ぎんか）三（さん）枚（まい）、夕食（ゆうしょく）が一人（ひとり）大（だい）銅貨（どうか）五（ご）枚（まい）、朝（あさ）ご飯（はん）は無料（むりょう）だったので、それくらいの価値（かち）の値段（ねだん）だと思（おも）ってほしい。

　銅貨（どうか）十（じゅう）枚（まい）＝大（だい）銅貨（どうか）一枚（いちまい）。大（だい）銅貨（どうか）十（じゅう）枚（まい）＝銀貨（ぎんか）一枚（いちまい）だ。銀貨（ぎんか）百（ひゃく）枚（まい）＝金貨（きんか）一（いち）枚（まい）で、おそらく銅貨（どうか）一枚（いちまい）が十（じゅう）円（えん）位（くらい）の価値（かち）だろう。銅貨（どうか）は十（じゅう）円（えん）玉（だま）、銀貨（ぎんか）は百（ひゃく）円（えん）玉（だま）に似（に）ていて、大（だい）銅貨（どうか）は五百円玉（ごひゃくえんだま）みたいに少（すこ）し大（おお）きい。貨幣（かへい）は魔術的（まじゅつてき）な紋様（もんよう）が入（はい）っていて虹色（にじいろ）に光（ひか）る部分（ぶぶん）がある。偽造（ぎぞう）は困難（こんなん）だ。金貨（きんか）は十万（じゅうまん）円（えん）の価値（かち）なので、まだ見（み）ていない。

　プレレの店（みせ）兼（けん）住居（じゅうきょ）の裏（うら）に馬車（ばしゃ）を回（まわ）して停（と）める。裏（うら）にはアルパカ小屋（ごや）が建（た）っていて、店（みせ）には商品（しょうひん）搬入（はんにゅう）口（くち）がある。

　すぐに奥（おく）さんと子供（こども）が出（で）てきてプレレを迎（むか）える。先（さき）に携帯（けいたい）で連絡（れんらく）とか無理（むり）なので、俺（おれ）たちが来（く）ることは知（し）らされていない。

　俺（おれ）たちの分（ぶん）のご飯（はん）がないことを謝（あやま）られた。しかし俺（おれ）たちは今日（きょう）の晩（ばん）ご飯（はん）は先（さき）に決（き）めていた。

「俺（おれ）たちは酒場（さかば）のカエル料理（りょうり）を食（た）べようと思（おも）ってました」

「そうなんです。私（わたし）の村（むら）のカエルなんです」

「それならいいわ。ちょっと変（か）わった味（あじ）だけど、とても美味（おい）しいのよ」

　俺（おれ）とピーテはカエル料理（りょうり）の店（みせ）に向（む）かう。名前（なまえ）は確（たし）かエルーダ亭（てい）とかいう。町（まち）といっても村（むら）を二回（ふたまわ）り大（おお）きくしたような大（おお）きさなので、すぐ見（み）つかった。木造（もくぞう）の店（みせ）で普通（ふつう）の感（かん）じだ。

「へいらっしゃい、珍（めずら）しい異国（いこく）のお客（きゃく）さん。二（に）名（めい）様（さま）どうぞ」

　酒場（さかば）というより飯屋（めしや）って感（かん）じだ。中（なか）には数（すう）組（くみ）の客（きゃく）が既（すで）にいる。メニューはテーブルの上（うえ）の白木（しらき）の衝立（ついたて）に直接（ちょくせつ）書（か）かれている。

　お水（みず）を木（き）のコップに入（い）れて持（も）ってきてくれる。このあたりでは水源（すいげん）豊富（ほうふ）なので、水（みず）はおまけでくれる。

「お水（みず）はサービスです。お代（か）わりも無料（むりょう）です」

「このカエル赤（あか）煮込（にこ）みを二（ふた）つ、黒（くろ）パン二（ふた）つをください」

「へい。二（ふた）つで銀貨（ぎんか）三（さん）枚（まい）と大（だい）銅貨（どうか）二枚（にまい）だけど、払（はら）えるかい？」

「はい、なんとか」

　聞（き）いていた通（とお）りちょっと高（たか）い。本当（ほんとう）は節約（せつやく）したいところだが、ピーテへの餞別（せんべつ）が思（おも）いのほか多（おお）かったので大丈夫（だいじょうぶ）だろう。料理（りょうり）は時間（じかん）はかからずすぐ出（で）てきた。鍋（なべ）から移（うつ）すだけなんだろう。赤（あか）いスープにカエルと野菜（やさい）が煮込（にこ）んである。

「この赤（あか）いのは唐辛子（とうがらし）だね」

「ちょっと熱（あつ）くなって不思議（ふしぎ）な味（あじ）がします」

「こういうのは辛（から）いって言（い）うんだよ」

　唐辛子（とうがらし）はそれほどの量（りょう）ではなく子供（こども）でも食（た）べられるぐらいだ。野菜（やさい）の甘味（あまみ）や塩味（しおあじ）もして美味（おい）しかった。ピーテは「辛（から）い」を覚（おぼ）えた。

　お代（だい）を払（はら）って、今日（きょう）の宿（やど）もといプレレ宅（たく）に戻（もど）る。

「ベッドは空（あ）いてませんが我慢（がまん）してね」

「俺（おれ）たちを泊（と）めてもらえるだけで十分（じゅうぶん）です」

「ありがとうございます」

　適当（てきとう）に空（あ）いてる場所（ばしょ）に毛布（もうふ）を敷（し）いて寝（ね）る。またしても雑魚寝（ざこね）だ。おやすみなさい。

　翌日（よくじつ）。プレレは仕事（しごと）は休（やす）みらしく、商人（しょうにん）ギルドに王都（おうと）方面（ほうめん）の馬車（ばしゃ）で乗（の）せてくれる人（ひと）がいないか聞（き）きに行（い）ってくれる。乗合（のりあい）馬車（ばしゃ）もあるが、足（あし）が遅（おそ）い上（うえ）に料金（りょうきん）が結構（けっこう）高（たか）いのでお勧（すす）めしないそうだ。

　今日（きょう）はまずピーテと共（とも）に神殿（しんでん）に行（い）こうと思（おも）っている。魔法（まほう）を覚（おぼ）えるのだ。

「魔法（まほう）、使（つか）えるようになりますかね？」

「きっとなる、頑張（がんば）ってなる。気合（きあ）いでなる」

「獣人（じゅうじん）は魔法（まほう）の才能（さいのう）があまり高（たか）くないと言（い）われています」

「プレレのおっちゃんだって火（ひ）をつけてたじゃないか」

「それもそうですね」

　神殿（しんでん）の場所（ばしょ）はすぐに分（わ）かった。町（まち）のはずれの小高（こだか）い丘（おか）の頂上（ちょうじょう）に、それっぽい形（かたち）のものがあったからだ。

　俺（おれ）たちは入（はい）ってすぐのおばちゃんに用件（ようけん）を伝（つた）えた。

「魔法使（まほうつか）いのための祝福（しゅくふく）ですね。それは巫女（みこ）様（さま）がやってくれます。しばしお待（ま）ちを」

　俺（おれ）たちは、奥（おく）の部屋（へや）に通（とお）されて少（すこ）し待（ま）たされた。

　巫女（みこ）様（さま）は金髪（きんぱつ）の犬耳（いぬみみ）少女（しょうじょ）だった。服（ふく）は白（しろ）ベースのワンピース風（ふう）で袖（そで）もスカートも長（なが）い。青（あお）い刺繍（ししゅう）が施（ほどこ）してあった。高（たか）そうだ。

「お待（ま）たせしました。私（わたし）が今回（こんかい）務（つと）めさせていただく、エルタです」

「俺（おれ）はホクトです」

「私（わたし）はピーテです」

「では、まずこの聖（せい）サルクのペンダントをご購入（こうにゅう）ください。一（ひと）つ銀貨（ぎんか）四（よん）枚（まい）です」

　散財（さんざい）だが仕方（しかた）ない。二人分（ふたりぶん）購入（こうにゅう）する。聖（せい）サルクは円（えん）を三（みっ）つ正三角形（せいさんかくけい）の頂点（ちょうてん）に並（なら）べて弧（こ）が接（せっ）している形（かたち）で、さらに外側（そとがわ）を円（えん）で囲（かこ）んでいる図形（ずけい）だ。銀（ぎん）の合金製（ごうきんせい）で金（きん）メッキされているらしい。首（くび）から掛（か）けるチェーン付（つ）きだった。

「ペンダントを首（くび）から掛（か）けて、指（ゆび）を組（く）んで目（め）をつぶってください」

　言（い）われたとおりにする。二人（ふたり）同時（どうじ）でいいようだ。

「神（かみ）の名（な）のもとにこの者（もの）たちに祝福（しゅくふく）を、聖（せい）サルクの知恵（ちえ）をお与（あた）えください」

　なにやら暖（あたた）かいぬくもりを感（かん）じる。これが魔力（まりょく）の流（なが）れらしい。

「目（め）を開（あ）けていいですよ」

「何（なに）も変（か）わってないような気（き）がする」

「魔力（まりょく）を感（かん）じませんでしたか？　あれは私（わたし）エルタの魔力（まりょく）です」

「それなら感（かん）じました」

「魔力（まりょく）を掌（てのひら）に集（あつ）め、火種（ひだね）が出（で）るイメージをすれば着火（ちゃっか）魔法（まほう）が使（つか）えるはずです」

「他（ほか）には？」

「清潔（せいけつ）魔法（まほう）と契約（けいやく）魔法（まほう）、あまり使（つか）える人（ひと）はいませんが収納（しゅうのう）魔法（まほう）が使（つか）えます。他（ほか）にも多数（たすう）あるらしいのですが私（わたし）は知（し）りません」

　俺（おれ）は清潔（せいけつ）魔法（まほう）で体（からだ）を綺麗（きれい）にするイメージ、水（みず）が全身（ぜんしん）を拭（ぬぐ）うイメージをする。

　あまり変（か）わらないが、気持（きも）ちすっきりしたようだ。髪（かみ）を触（さわ）ってみたらベタつきがなくなって、サラサラヘアーになっていた。

「やった！　清潔（せいけつ）魔法（まほう）はうまくいった」

　俺（おれ）は腰（こし）から下（さ）げている剣（けん）を収納（しゅうのう）するイメージをする。うーん。イメージ。

「収納（しゅうのう）魔法（まほう）はうまくいかないようだ」

「レアですからね。仕方（しかた）ありません。練習（れんしゅう）を続（つづ）ければできるようになる可能性（かのうせい）もあります」

　隣（となり）を見（み）ると、ピーテの腰（こし）から剣（けん）がなくなっている。

「剣（けん）は？」

「あ、なんか収納（しゅうのう）できました」

　ピーテ才能（さいのう）あるな！　ずるいぞ。主人公（しゅじんこう）は転移（てんい）してきた俺（おれ）のはずなのに。

　それを見（み）ていた巫女（みこ）エルタが忠告（ちゅうこく）する。

「収納（しゅうのう）魔法（まほう）はレアなので治安（ちあん）の悪（わる）い所（ところ）などでは見（み）せない方（ほう）がいいでしょう」

「ありがとうございます。気（き）を付（つ）けます」

　お礼（れい）を言（い）ってから俺（おれ）たちは神殿（しんでん）を後（あと）にした。ピーテは上機嫌（じょうきげん）である。なぜか俺（おれ）の手（て）を掴（つか）んでブンブン振（ふ）り回（まわ）している。

「ふふ、魔法（まほう）できました。ふふふ」

「あんまり浮（う）かれていると転（ころ）ぶぞ」

　ピーテがちょっと怪（あや）しい人（ひと）みたいだ。まあうれしいのは分（わ）かる。

「あと、お金（かね）が王都（おうと）までは持（も）たないかもしれない」

「狩（か）りとかして、稼（かせ）ぎますか？」

　ふむ。それはいいかもしれない。魔力（まりょく）結晶（けっしょう）もお金（かね）になるそうだし、危険（きけん）といえば危険（きけん）だが、町（まち）でアルバイトというわけにもいかなさそうだし。とりあえずプレレの家（いえ）に戻（もど）ろう。

　プレレ家（け）では、プレレが既（すで）に昼寝（ひるね）をしていた。子供（こども）は十（じゅっ）歳（さい）位（くらい）なので、アルバイト君（くん）と共（とも）に店（みせ）にいた。アルバイト君（くん）によればプレレ曰（いわ）く、ちょうどいい王都（おうと）行（い）き馬車（ばしゃ）がなかったそうだ。

　お金（かね）のことを話（はな）したら、冒険者（ぼうけんしゃ）ギルドでも行（い）って来（く）ればどうかということだ。

　俺（おれ）はピーテと共（とも）に冒険者（ぼうけんしゃ）ギルドへ向（む）かった。

　冒険者（ぼうけんしゃ）ギルドでは、狩猟（しゅりょう）依頼（いらい）などがあった。主（おも）なものは皮（かわ）と肉（にく）だ。この周辺（しゅうへん）には川（かわ）と畑（はたけ）が広（ひろ）がっていて、その外側（そとがわ）には未開拓（みかいたく）の平野（へいや）がある。受付（うけつけ）に行（い）って確認（かくにん）する。今（いま）は誰（だれ）も並（なら）んでいない。

「ギルド員（いん）以外（いがい）でも採取（さいしゅ）系（けい）の報酬（ほうしゅう）は出（で）ます？」

「はい、報酬（ほうしゅう）はギルド登録（とうろく）をしていなくても満額（まんがく）出（で）ます。しかしギルドランクの対象（たいしょう）にならないので、先（さき）に登録（とうろく）したほうがお得（とく）です」

「なるほど、他（ほか）には？」

「あと受領（じゅりょう）が必要（ひつよう）な依頼（いらい）は登録（とうろく）しないと受（う）けられません」

　ギルド登録（とうろく）するかピーテと相談（そうだん）する。係員（かかりいん）曰（いわ）く、冒険者（ぼうけんしゃ）ギルドは大陸（たいりく）共通（きょうつう）で、個人（こじん）ごとギルドランクがあるらしい。業績（ぎょうせき）によってランクが上（あ）がり、上（うえ）の依頼（いらい）を受領（じゅりょう）できるようになる。数日（すうじつ）はこの町（まち）に留（とど）まる必要（ひつよう）があるし、中（ちゅう）ランクにならないと、馬車（ばしゃ）の護衛（ごえい）任務（にんむ）の依頼（いらい）を受（う）けられない。

　俺（おれ）たちは登録（とうろく）することを決（き）めた。登録（とうろく）料（りょう）で大（だい）銅貨（どうか）四（よん）枚（まい）取（と）られた。

　業績（ぎょうせき）はギルドポイント制（せい）のようだ。最初（さいしょ）はゼロポイント。ギルドランクＤだ。四（よん）段階（だんかい）らしい。ポイントはカード自体（じたい）に記録（きろく）されていて、ギルドの魔道（まどう）具（ぐ）で見（み）ることができる。本人（ほんにん）認証（にんしょう）があり、魔道（まどう）具（ぐ）に自分（じぶん）でカードをかざす必要（ひつよう）がある。