優しい雨
杏月澪
第1話
学校が終わり放課後になった教室を雨が包み込む。教室には私ともう一人しかいなかった。
「ねぇ、雨は好き?」
隣りの席で本を読んでいる男の子にふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「急になんですか?」
彼は面倒くさそうに本から顔をあげて私を見る。
「なんとなくだよ。ちなみに私は嫌いだな」
彼は少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「僕は別に嫌いじゃないですよ。たまにはいいんじゃないですか? 晴れてばかりはつまらないし」
窓の外を見ながら私のどうでもいい質問にしっかり答えてくれた。
「それであなたは何で雨が嫌いなんですか?」
今度は逆に彼が質問してきた。琥珀色の瞳でじっと見つめられて言葉に詰まる。
「……うんざりなの。雨なんて降っても楽しいことなんて何もないでしょ?」
そう、もううんざりなんだ。人の楽しくて幸せな時間を奪うのは。小学生のときも中学生のときも私がいるところには雨が降った。誰と遊んでいてもそれは変わらない。楽しい思い出になるはずだった日には特に激しく雨が降る。
『雨女は近づくな』
今でも目を閉じればその言葉がはっきりと聞こえてくる。
それからは人の楽しい時間を思い出を奪うぐらいなら誰とも関わらないようにしようと思うようになった。そうすれば雨は私にだけ降るのだから。周りを巻き込む必要なんてどこにもない。
全てを話すと彼は不思議そうに首を傾げた。
「でも僕に話しかけましたよね? 誰とも関わらないと決めたのに」
そういわれてると何も言い返せない。そこに理由なんてなかったから。ただ本当になんとなく。
「──誰かと話したかったの。私の話しを聞いてほしかった」
なんて自分勝手なんだろう。一人になろうと決意したはずなのに結局は一人が嫌なんだ。
「いいんじゃないですか? 一人にならなくても。こんなこといつも一人の僕がいっても説得力なんてゼロですけど、一人になって平気な人なんていないと思います」
彼の口調はすごく淡々としていてとても冷たそうに見える。だけど、その言葉はとても温かかった。今まで誰にもいわれたことのない言葉に視界がぼやける。
「うん、ありがとう……」
素直に気持ちを伝えるとそれに応えるように彼は微笑んでくれた。
「あ、見てください。晴れてきましたよ」
彼の視線を追うように窓の外を見ると日が照りながら小雨が降っていた。その雨が私の雲りきった心を洗い流してくれているようでとても心地いい。
「狐の嫁入りですね」
眼鏡に日差しが反射して琥珀色の瞳はもう見えない。そのことにどこか安心している自分がいた。
彼の綺麗な瞳で見られると心が波打って全てさらけだしてしまいそうになる。この現象をなんというのか。このときの私はまだ知らない。
優しい雨 杏月澪 @aduki_003
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