義堂崇照と云う男。

宮塚恵一

第1話 羽月斗真の視点

 羽月斗真はづきとうまは悩んでいた。自分の尊敬する義堂崇照ぎどうたかてるの求める男になる為には、自分にはない物が多すぎる。そもそも、崇照は自分を必要となんてしていないんじゃないか。斗真はいつもそう思う。


「崇照の兄貴」


 崇照が喧嘩から事務所に帰ってきた頃合いを見計らい、斗真は崇照に話しかけた。


「兄貴はよしてくれ」


 崇照は斗真から兄貴と呼ばれる度に、むず痒そうな顔でそう言う。斗真は斗真で、そんなことを気にするタイプではなかった。


「兄貴は兄貴っすから」

「何でだよ」


 崇照はそれでも嫌がるような素振りは見せず、愉快そうに笑う。斗真はそんな彼の表情が好きだったし、そんな彼だからこそ力になりたいと感じていた。


「なあ兄貴、次はどうするんすか」


 その日、崇照は二人の所属する陽暁会ようぎょうかいと敵対する別のグループとの抗争を終えたばかりだった。陽暁会は所謂、半グレ組織だ。所属するのは斗真のように以前は暴走族から詐欺グループに転身したようなロクデナシから、元極道の親分までのごった煮のチームだ。かつては加納景久かのうかげひさという男が始めたチームで、元警官だった景久が居場所のない若者の互助会のようなものとして立ち上げた組織が、いつの間にやら特殊詐欺や転売、管理売春といった犯罪行為にも手を出すようになっていた。そこに現れたのが崇照で、彼は景久が求めていたチームの形を短期間で取り戻し、今は陽暁会のリーダーの地位についている。斗真は陽暁会が犯罪に手を染めていた頃にチームに入った人間だったが、組織を牛耳っていた知能派インテリから、その用心棒となっていた武闘派までを、政治的手腕や素手喧嘩ステゴロとあらゆる方法を用いて排除、吸収した。その鮮やかさは正に超英傑クソかっけえと呼ぶしかなく、チンケな犯罪ばかりに手を染めていた斗真でも、一瞬で彼の魅力に引き込まれた。

 そんな崇照が、チームをまとめた後に始めたのは街に存在する他チームの吸収だった。日ノ本会、ファンタスティックV、ハルハレ、仙堂屋、鬼巻衆といった並居る組織に時に喧嘩を売り、時に交渉して、陽暁会ようぎょうかいは今や関東一帯を巻き込む巨大組織に成長している。この動きは当然、警察も極道ヤクザも静観しているわけではない。だからこそ陽暁会ようぎょうかいは常に外敵の脅威に晒され、そのことごとくを、崇照は一つずつ潰していった。今日、崇照の手で壊滅に陥ったグループも、ホストの大手企業である若林ホールディングスの汚れ仕事を請負っていた花崎セキュリティという、表向きは警備会社を装う半グレ組織で、既に崇照と陽暁会ようぎょうかいの仲間たちによってリークされた若林ホールディングスの違法行為が各種報道機関によって暴露され、ネットでもその話題で持ち切りになっている。そのスケールの大きさに、斗真はおそれを抱きながらも痺れるものを感じていた。


「そうだな。花﨑のところは、今ウチにとっては一番の難敵だったわけだし、暫くは安泰か」

「そうっすよね。兄貴も休まねえと」

「休めないよ」


 崇照は大きく溜息をつき、事務所のソファに身を預けた。


「俺はきっと死ぬまで休めない」

「そ、そうなんすか」


 崇照は自嘲気味に頷く。


「土台、馬鹿なことをやってんだ。景久の残したものを綺麗なものにしたいって俺のエゴでもあるが、だからこそ俺は止まる気はない」

「やっぱ兄貴はすげえっす」

「ありがとう」


 斗真の賞賛を、崇照は真正面から受け止める。産まれてこの方、蔑ろにされがちだった斗真にとって、崇照のそうした態度もまた救いの一つだった。


「次は何が出てくるかな。花崎が潰れて、その大元である若林ももう死に体。だが、その後釜を狙うところは幾らでもある。花崎は半ば合理的判断のもとで若林の用心棒をしてたわけだが、単に既得権益を失いたくない企業の重役が結果的に半グレとつるんで足り、そもそも違法行為で成り上がったのを洗浄ロンダリングして地位を築いている奴らがいたり、色々だ。街の様相が変われば、次に台頭してくるのが何かなんて誰にもわからない」


 難しいところは斗真には分からない。けれど、崇照がまだ闘志を燃やし続けていることだけは、斗真にも分かった。


「兄貴でもっすか?」


 崇照は「当たり前だ」と笑った。


「そんなの分かったら神様か何かだ」

「でも、おれにとっちゃ兄貴も神様みたいなもんっす」

「斗真」


 崇照に名前を呼ばれ、斗真は戦慄した。斗真を見つめる崇照の眼は、今まで斗真が味わったどんな人間の物よりも鋭く、冷たいものに感じたからだ。


「そいつは駄目だ。斗真が俺のことを兄貴って呼ぶのはまあ、百歩譲って許すとして、神様ってのは、そりゃあ駄目だ」

「はい、すみません」

「尊崇ってのはさ、確かに組織を動かすのには手っ取り早いんだろうな。斗真以外のメンバーからも、似た視線を感じることがあるよ。けど、駄目だ」

「すんません」

「いや、良い」


 崇照はソファに横になると、デスクの上に放置していたアイマスクを手に取ると自分に装着した。


「ただまあ、斗真の言うことも一理ある。俺も休める時には休まねえとな。俺が寝てる間、留守番頼む。俺宛の電話来たら番号と相手の名前だけメモっといてもらえるか?」

「うっす。分かりました」


 崇照は、斗真の返事を聞くや否や、直ぐに眠りについた。その姿を見て、斗真は安堵する。この人が寝姿を見せてくれるのは、自分を信頼してくれているからだということを斗真は知っている。それならば、その信頼に応えなければいけないと斗真は思う。この先、彼の進む道がどれ程に険しいものなのか、斗真は本当のところは分からない。けれど、それでも自分は彼の信頼を裏切らない腹心の一人でいよう。ソファで眠る崇照の寝姿を見ながら、斗真は改めてそう、己に誓った。

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