第20話その後(ソフィアside)

「ソフィア!お前のせいで!!」


 突然、怒鳴られて訳が分からないまま、兄に殴られました。


「な、にを……?」


 殴られた頬が痛いです。

 口の中も切れたのか血の味がします。


「お前が!お前が!お前が!お前が!」


 今度はお腹を蹴られました。


「ぐっ!」


 痛みで蹲った私の髪を、兄は掴んで引き摺り起こしました。


「お前のせいだ!お前が!お前が!」

「にい……さ……」


 兄の顔は怒りで歪んでいます。

 こんな表情は見たことがなくて、ただただ恐怖しか感じませんでした。

 一方的な暴力の嵐。

 恐怖と痛みに……意識が遠のいていくのを、どこか遠くで感じていました。



 次に目覚めたら病院のベッドのうえ。

 何があったのか、さっぱり分かりませんでした。

 医師からの説明で「流産にならなくて良かったですね」と、言われて漸く自分が兄に殴られたことを思い出しました。


 私は妊娠していたのです。

 今度の子で三人目。


 絶対安静と共に伯爵家の人間が面会禁止にされたのは、当然といえば当然の処置。

 兄が妹に暴力を振るったことは表沙汰にできない。

 伯爵家だけでなく、公爵家の醜聞になるからです。


 これは後から人伝に聞いたのですが、兄の荒れようは酷いものだったそうです。

 なんでも、鉱山から金が採れなくなったとか。

 更には他の鉱山も閉鎖せざるを得なくなったそうです。


『ソフィアがセルジュークに嫁いでいればこんな状態にはならなかった!』

『どうしてセルジューク以外の結婚は嫌だと訴えなかった!』

『あいつがセルジュークの心を掴んでさえいれば!』


 兄は支離滅裂なことを言って、周囲を困らせているとか。

 何故、私が批難されなければいけないのでしょう。

 私が何をしたというのでしょう。

 私に文句を言われても困ります。


 命じられるまま、求められるまま嫁いだのに、どうしてこんな目に遭わなければいけないのか。



 兄の言い分はこうでした。

 私の結婚相手がアルスラーン様のままであれば、辺境伯家とも縁戚になり、交易の恩恵を受けていた。今頃は、辺境伯領と同程度に発展していたはず。そうなっていたなら、例え鉱山を閉鎖しても、ハルト領は潤ったはずだ。

 そう言いたいらしいのです。


『ソフィアがセルジュークに嫁いでいれば……!』


 何度も何度も繰り返しているそうです。

 どうにもならないことを、ただ延々と……


 この日を境に実家には帰っていません。

 私は実家でも居場所を失ったのです。

 夫から疎まれ、実の兄に殴られ、これ以上なにを我慢すれば良いのでしょう。


 三番目の子供を産んですぐ、私は別邸に移動をさせられました。

 子供達の教育は義父が担っているそうです。

 詳しくは分かりませんが、公爵家の当主に相応しい教育を施されているとか。


「君の役目は終わった。これからは別邸で静かに暮らしていればいい」


 夫らしい言葉だと、そう感じました。

 私はもう用済みなのですね。

 それもそうです。

 元々、そう言われたのですから。


 別邸での生活は穏やかなものでした。

 私の状況を知っているのか、使用人は女性のみ。女性ばかりの穏やかな生活でした。


「奥様、お庭の花が見頃ですよ」

「まあ!本当?」

「ええ。ご案内いたしますわ」

「お願いね」


 使用人と他愛ない会話をし、一日が終わる。

 夫を気にする必要がない。

 義家族の目を気にする必要もない。

 実家からの催促の手紙は此処まで届くこともない。


 数年後、実家が領地経営に失敗し、没落したと聞かされても、私の心は何も感じませんでした。

 ハルト伯爵領を買い取ったのが元婚約者だと知っても、何も思いませんでした。

 ラヴィル様が公爵家の当主になることはないと、使用人から聞いても揺らぐことはありませんでした。



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