ルカの楽しい食卓
サントキ
クトゥルーの側頭腕
ルカは真面目な信者である。
主のグラーキー(グラーキとは少し違う)の為にせっせと人間を捕まえては捧げたり、その他細かい雑用をして暮らしている。
ルカは憐れな子供である。
突然邪神だらけの島に放られ、苦しい思いをしながらなんとかグラーキーのしもべになった。
多少頑張ったおかげで信者として充実した生活は送れているものの、邪神だらけの島ではルカに丁度いい娯楽がとにかく少ない。
邪神と遊ぶなんてとんでもない。奴らは一見少女のような見た目だが、非力な生物に対する力加減というものが分からない怪力理不尽の化け物どもなのだから。
数少ない楽しみといえば、美味しいものを食べること。
今、ルカの目の前にはクトゥルーの触腕がある。
諸事情あってクトゥルーの側頭部から生えている平たい紐状の触腕を譲られ、ルカはできるだけ美味しく頂こうと思案していた。
1メートル強の触腕を左右どちらも、合わせて2メートルほど貰ったので、せっかくなら味を変えつつ楽しもうという魂胆だ。
焚き火を起こしつつ、触腕を色紙切りにしていく。
そのまま食べても、ムチムチした食感と貝のような旨味があって十分に美味しい。
軽く火を通すと、芳ばしく、表面がサクサク、中身は少しコリッとした食感になる。
よく火を通せば、表面はパリッと、中はホクホクとした食感に。旨味はそのままで白身魚のような甘みも加わる。
湖から汲んだ水で茹でてみると、水を吸ってブヨブヨになり食感が損なわれ、味もかなり水っぽくて美味しくなくなってしまった。
「これまでか……」
ルカは基本野宿なので、気の利いた調味料など持っていない。
焼くか茹でるくらいしかできない。
「そのままでも美味しいし、いっか!」
「本当に?」
ルカがびっくりして振り返ると、いつの間にかルカの後ろには崇敬すべき主、グラーキーが立っている。
「ルカくん。水の方は飲んだか」
グラーキーは鍋を指差す。言わんとしていることを察し、鍋から直接水を啜った。
「……うまい。味がします!」
「へーマジで出汁とか出てるんだ」
一か八かみたいなことを言う主の言葉をあえてスルーし、もう一口含む。
よく火を通した触腕の味に近いが、よりガツンとした旨味を感じる。体に優しく染み込む温かさだ。
舌の付け根がぎゅっとして、もう一口、もう一口とどんどん飲んでいきそうになるのをこらえ、主に鍋を差し出す。
「どうぞ」
主は鍋を受け取ると、一気に飲み干してしまった。
「うん。あったかくて美味しい」
「半分茹でて、半分は焼いて食べましょうかね〜」
「んにゃ。アラ汁にしたら美味しいんじゃないか」
「アラ汁?」
残った右の側頭部触腕を半分に切り分ける。
半分はぶつ切りにして、鍋いっぱいのお湯で茹でる。四分の一は先程のように色紙切りにしてよく焼く。残りは短冊切りにして軽く炙る程度に留める。
いい感じに出汁が出たら、鍋に焼いた触腕肉を入れ、空になったお椀にブヨブヨの半透明になった肉をあげる。
これで水とクトゥルーの触腕だけのアラ汁の完成だ。
「美味しいです!ふわふわの肉はちょっとだけ汁を吸って噛むとじゅわってします」
「ふーん」
ふたりはひとつの鍋を囲い、そこから掬い取って食べていく。
味わいながら食べるルカとは対照的にグラーキーは肉も噛まずにスルスルと飲み込む。
「コリコリした肉のおかげで食べごたえもありますね。グラーキー様は噛んでないから分からないでしょうけど」
「……分かるし。お前、今、オレのこと馬鹿にしたか?」
ムッとした顔のグラーキーに、まさか〜とヘラヘラと返答をすると、ルカは最後のひとすくいを主に譲った。
さて、鍋がすっかり空っぽになった。
ルカはブヨブヨの肉が入ったお椀を傾けて一気に口に放り込む。
「……うっ、オエ……」
ぷちゅぷちゅとした水っぽい肉を涙目で飲み込む。
「先に食べとけばよかった。後味最悪ですよぉ」
グラーキーは苦しげに出涸らしを食べる従者を笑顔で眺め、お前の苦しみは天上のアイスクリームより甘美だ、と言い放つとその場から立ち去った。
僕はなんでこんなド畜生に惚れ込んだんだろう。
ルカは苦々しい肉が喉を通るのを感じながら、ぼんやりとそう思わずにはいられなかった。
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