[総ルビ]元貧乏エルフの錬金術調薬店(web版)

７ 別の宿屋だよ

●７ 別（べつ）の宿屋（やどや）だよ

　風（かぜ）精霊（せいれい）の宿（やど）り木（ぎ）亭（てい）に帰（かえ）って夕（ゆう）ご飯（はん）を食（た）べた。

「あ、このスープ（soup）美味（おい）しい」

　昨日（きのう）とは違（ちが）うトマト（tomato）ベース（base）のスープ（soup）だった。とっても美味（おい）しい。

　トマト（tomato）はなんだかんだ言（い）って好（す）きだったりする。

　うん、今朝（けさ）はこの宿（やど）はハズレかもしれないと思（おも）ったけど、たまたま昨晩（さくばん）のスープ（soup）が普通（ふつう）だっただけで、別段（べつだん）悪（わる）いわけではないかもしれない。

　そして翌日（よくじつ）も普通（ふつう）に薬草（やくそう）と薬瓶（やくびん）を買（か）ってきて、お水（みず）を噴水（ふんすい）で汲（く）んで、ポーション（potion）を錬成（れんせい）して、売（う）る。

　実演（じつえん）販売（はんばい）は続行（けいぞく）だ。ちょっと恥（は）ずかしいけど、それはしかたがないと諦（あきら）めよう。

　一日（いちにち）けっこう販売（はんばい）したからお金（かね）もそれなりに貯（た）まってきた。王都（おうと）のポーション（potion）価格（かかく）が高（たか）めなのがうれしい誤算（ごさん）かもしれない。

　ちょっとお試（ため）しで、フリ（[flea）マ（market]）のその辺（へん）の人（ひと）に他（ほか）の宿（やど）を聞（き）き込（こ）み調査（ちょうさ）をしてみた。

　そうしたらなんと、今（いま）泊（と）まっている風（かぜ）精霊（せいれい）のところが一番（いちばん）人気（にんき）だった。

　経験（けいけん）は重要（じゅうよう）なので、一度（いちど）宿（やど）に戻（もど）り、部屋（へや）に置（お）いてある鉢植（はちう）えを回収（かいしゅう）する。

　そして『水鳥（みずどり）のもふもふ巣（す）亭（てい）』という宿（やど）に泊（と）まってみることにした。

「お嬢（じょう）さん、こんにちは。何泊（なんぱく）していくかい？」

「えっと、とりあえずなので、一泊（いっぱく）でいいですか」

「もちろん一泊（いっぱく）からでも全然（ぜんぜん）問題（もんだい）ないよ。では二階（にかい）のお部屋（へや）へどうぞ」

　外観（がいかん）は風（かぜ）精霊（せいれい）よりは立派（りっぱ）だけど、内装（ないそう）はむしろ質素（しっそ）だ。ちょっと隙間（すきま）風（かぜ）が入（はい）ってきそうなぐらい。古（ふる）いのだろうか。

　顔（かお）を引（ひ）きつらせつつ、二階（にかい）へ進（すす）む。

　鍵（かぎ）を開（あ）けて個室（こしつ）の中（なか）へ入（はい）る。値段（ねだん）は風（かぜ）精霊（せいれい）よりもちょっと高（たか）い。銀貨（ぎんか）六枚（ろくまい）だった。

「うっ、覚悟（かくご）してたけど、やっぱり狭（せま）いね」

「きゅっきゅっ」

　ポムもポンポン跳（は）ねているけど、ちょっと窮屈（きゅうくつ）そうだ。部屋（へや）が風（かぜ）精霊（せいれい）よりも狭（せま）い。そして天井（てんじょう）が低（ひく）い。薄（うす）くほこりも積（つ）もっている。

「まあ、しょうがないよね。贅沢（【ぜいたく】）は敵（てき）だ。貧乏（びんぼう）暇（ひま）なし、あくせく働（はたら）く！」

　いつもの標語（ひょうご）を言（い）って、そういうことにする。

　というか部屋（へや）が狭（せま）いだけでなく、ベッド（bed）や枕（まくら）も固（かた）い。中身（なかみ）が違（ちが）う。

　これは安（やす）い宿（やど）とか特有（とくゆう）の干（ほ）し草（くさ）を詰（つ）めたものだ。別（べつ）に干（ほ）し草（くさ）が悪（わる）いということではないけど、風（かぜ）精霊（せいれい）のお宿（やど）ではワタの枕（まくら）だったので、サービス（service）の品質（ひんしつ）が違（ちが）うと思（おも）う。

　個室（こしつ）でこの品質（ひんしつ）は、ちょっとよろしくないと思（おも）う。

「やっぱり風（かぜ）精霊（せいれい）さんのほうがよかったみたいだね」

「きゅっ」

　ポムもそれには同意（どうい）してくれているらしい。

　夕（ゆう）ご飯（はん）を食（た）べに一階（いっかい）に下（お）りて、食事（しょくじ）をいただく。

「いただきます」

　えっと黒（くろ）パン（[bread]）にスープ（soup）のみ。まだ飲（の）めないけどお酒（さけ）、お肉（にく）とかは別料金（べつりょうきん）だ。

　宿泊（しゅくはく）とセット（set）の食事（しょくじ）は質素（しっそ）そのもの。

　ほとんど透明（とうめい）なスープ（soup）をスプーン（spoon）ですくって飲（の）んでみる。

「う、うん？……」

　塩味（しおあじ）はするけどそれだけ。なんか旨味（うまみ）とか野菜（やさい）の出汁（だし）とかが足（た）りない。具（ぐ）もあんまり入（はい）っていない。干肉（ほしにく）を戻（もど）したものが入（はい）っているけど、スジとかも入（はい）ってて固（かた）い。

「まあ、そうだよね」

「きゅきゅ」

　ポムはこれがご飯（はん）でなくてよかったね。きっと新鮮（しんせん）な薬草（やくそう）のほうが美味（おい）しいと思（おも）うよ。

　残念（ざんねん）な食事（しょくじ）を済（す）ませて部屋（へや）へ戻（もど）った。

「とにかく今日（きょう）はここで寝（ね）るしかないもんね。おやすみなさい」

　ポムとともに就寝（しゅうしん）する。

　翌朝（よくあさ）、起（お）きて準備（じゅんび）をして、そして朝（あさ）ご飯（はん）も食（た）べたけどあまり美味（おい）しくなかった。

　何（なに）が悪（わる）いかははっきり言（い）えないんだけど、とにかく美味（おい）しくはない。

　なんだろう。ちょっと改良（かいりょう）するだけで全然（ぜんぜん）違（ちが）うんだろうけど、なんだろう。そうだ、胡椒（【こしょう】）だ。

　胡椒（こしょう）はちょっと高（たか）いんだけど、それがまったく入（はい）っていない。胡椒（こしょう）をけちると、味（あじ）がいまいちなのだ。

　本当（ほんとう）に少（すこ）しの違（ちが）いではあるけど、塩（しお）だけスープ（soup）はもう少（すこ）し頑張（がんば）ってほしい。

　植木鉢（うえきばち）を含（ふく）むすべての荷物（にもつ）を背負（せお）って、宿（やど）を出（で）る。ここなら風（かぜ）精霊（せいれい）でお世話（せわ）になったほうがずっと快適（かいてき）だと判明（はんめい）した。

　なあに。何事（なにごと）も経験（けいけん）だよ、ミレーユ君（くん）、と誰（だれ）かに言（い）われそうだ。

　あはは。そうですよね。不味（まず）いご飯（はん）も経験（けいけん）ですよね。