愛猫に連れていかれた先は、

藤白春

第1話 しゃ、喋ったァ?!

 ある日、愛猫が言った。


「私そろそろ国に帰ろうと思うの、ただ貴女を置いていくのは不安だから。一緒に来ない?」


 私の隣に敷いている長年使い込んでせんべいのようになってしまった赤い座布団。その上に香箱座りする三毛猫を、私は見つめた。

 猫の目を見るのはよくないのだが、約三十年程お付き合いのある我が愛猫である。多少ガン見したところで怒ったりはしないし、猫の平均寿命を軽く越えている猫様だ。突然日本語だって話すだろう。多分。とうとう猫又に進化したのかな? 疑問をもちつつあぐらから正座に。姿勢を正し、みけ子さんと向き合った。


「えぇっと、そろそろ尻尾が分かれてくれるかなーとは思ったけど。もしかして、おやつご所望?」

「おやつは欲しいわね、国に持っていけるかしら?」

「……みけ子さんや、私と会話できちゃう系猫様なの?」

「できちゃう系よ」

「いつから……?」

「貴女が私を拾う前からよ」

「そこは私とみけ子さんの愛の力とかじゃない……?」

「現実は常に非情よ」


 香箱座りからエジプト座りになり毛繕いをし始めたみけ子さん。会話が成立している、なるほど我が愛猫は最高に最高だったようだな?


「私が話せるとかはどうでもいいの。めい子、私と一緒に来なさい。もう五十なのにオスの一匹とも番ってないのだからこの国に未練はないでしょう?」

「よ、余計なお世話だぁ!」


 人間五十年は半世紀。長いようで短い時間。お相手が出来そうで出来なかったのだから致し方あるまい。という気持ちを込めて幻をみながら儚げに、いや挙動不審で舞を踊りたい。お化けさえ逃げ出す狂気に満ちた顔で踊ればパートナーなんぞ逃げるどころか寄ってくるわけないわね。

 まぁ、正直に言うとメリットデメリットを考えてしまって男女のアレソレにやる気を見出せなかったというか、気持ち的にも経済的にも余裕がなかったと言いますか。一人と一匹で充実していた生活だった、って誰に言い訳してんだろう私。


「貴女は私以外の家族親戚とは疎遠、私がいなくなったら精神が崩れ生活リズムも崩れ、雑に過ごして病気になって、人間は病院なんて行かなくてもなんとかなるー! とか言って、そのまま自宅で孤独死してそうなのよ」

「わ、私のことをよく分かってらっしゃる……。ところでみけ子さんや、国っていうのは天国とかじゃないよね?」


 猫の寿命は約十五年。昔よりは遥かに長生きになっているし、みけ子さんに至っては倍生きてくれている。覚悟はしていた、していたが……連れてってくれるのならば私も連れて行ってほしい。そこが天国だろうと地獄だろうと後悔しないだろう。それくらいの覚悟でみけ子さんを家族に迎えた。重いって? 重くて結構! 私がみけ子さんならドン引きだけどね!! ハハッ!


「覚悟を決めた顔をしているところ悪いけれど、死にはしないわよ」

「ではどこへ!?」

「私の生まれ故郷よ。所謂異世界っていうやつかしら? 貴女異世界物語の本を読んでいたでしょう、そんな感じよ」


 ファンタジーが好きで好きで古典的ファンタジーからひと昔前からネットで流行りはじめた古今東西混沌SFをシェイクしすぎた似非ファンタジーみたいなものまで、読めそうなものは読んでいた。さすが私の愛しの子、よくみてらっしゃる。


「残念だけどめい子が世界渡りができるのは一度だけよ。すべてを捨てて私と一緒にくるつもりは、……あるわね。流石私の家族」


 私の表情をみて、うれしそうな声で話すみけ子さんに、私は頷いた。


「私は貴女を守ると、家族にすると決めた時から覚悟は出来てる」


 みけ子さんの頭を撫で私は立ち上がる。さて忙しくなる。粗大ごみの捨て方をしらべて、アパートの解約、仕事は明日上司に相談すれば一か月程度でやめられるだろう。どうせ人の入れ替えが激しい職場だ。中間管理職のようなものをしていたが、正直疲れてもいた。特に歳がさほど変わらない上司とかに。逃げ出したかったが年齢も年齢で再就職も難しいと耐える道を選んでいたが、スッパリ辞めてやろうじゃないの。


「みけ子さん、いつ自国にもどるの?」

「めい子に合わせるわ。しいていえばそうね、二か月後かしら?この世界に魔力はないけれど、月が満ちた日は少しだけ他の世界と近くなって魔力が流れてくるの。その魔力を借りれば私も少し楽ができるわ、二か月後の満月を目標に行動しましょう」

「わかった。あと持っていきたいおやつとごはんは?」

「にゃにゃばのニャールとマグロととりむね肉のふりかけね。ごはんはし~にゃのカリカリがいいわ、中にはいっている白いのが好きなの。あ、あと歯磨き用の歯ブラシとマグロ味の歯磨き粉も沢山ほしいわ。またたびは苗があれば庭に植えたいのだけれど、売っているかしら?」

「いつものおやつごはんと歯磨き粉ね。またたびはその辺の山に自生していると思うから、大家さんに聞いてみようか。地主さんだから山を何個かもってたはず。難しいときはネットで買おう」


 携帯のメモアプリにやること、ほしいものリストを入力。さてさて、忙しくなるぞ。と、その前に。


「みけ子さん、明日健康診断の予約していたんだけどさ、話せるようになったらから聞いてみるけど、行きたい? 行きたくない?」

「いくわよ? 私の国でも流行らせるつもりだから身をもって体験しておかないとね、と考えて受けているわ。なのですべて込み込みの一番高いプランにしてほしいのだけれど、してるわよね?」

「歳が歳だったからエコーから循環器系まで網羅できる健康診断を予約済みですよお嬢様」

「それは重畳」

「みけ子さんいつも病院平気そうだなとは思ってだけど、嫌じゃない? 大丈夫?」

「嫌よ、でも受けないとめい子が心配そうな顔するじゃない」

「私のみけ子さん最高に頭よくて人間思いで最高すぎるすき」


 いいからさっさと準備しなさいと短い尻尾を震わせる姿は大変かわいくて永遠に見てられますね。



 その後の私の行動は早かったと思う。みけ子さんに声をかけられたのは夕方、一階に住む大家さんがちょうど作りすぎたカレーをおすそ分けしにきてくれたのでありがたくいただきつつ、アパートを退去する旨とまたたびの話をすると大家さんは「あらあら」と心配そうな顔をした。みけ子さんを養うと決めて探して探した、家賃が懐に優しいとても住みやすいアパート。私もかなり歳をとったが、大家さんもいつのまにか高齢者だ。長く住まわせてもらってありがたかった。


「実はね、役場の方から耐震に問題あるから直すか壊した方がいいといわれてたのよ。悩んでいたけれど、めい子ちゃんがでていくなら壊して建て直そうかしらね。あ、不要なものは置いていっていいわよ。こっちの経費で処分してあげる。他の住んでいる皆さんは、そろそろ施設なりお迎えなり来てもらおうかしらね。あ、あとまたたびだったかしら? 裏の神社があるお山があるでしょう? あの山なら大丈夫よ。その辺の馬鹿に何か言われたら電話を頂戴。またたびでも山菜でも好きなだけとっていいわ。熊と猪と鹿には注意してね」

「は、はい」


 大家さんの珍しい毒に驚きながら、一階へ戻っていく大家さんをお見送り。家に戻りみけ子さんと一緒にごはんを食べた。粗大ごみの心配はなさそうで安心したということにしよう。


 次の日みけ子さんに見送ってもらって仕事に行き、退職の希望をだしたら「やる気がないなら帰れ。二度とその陰気臭い顔をみせるな」と上司としてどうなのか発言を聞かされた。引継ぎしなくていいのかと聞いたが、労基が怖くないらしいパワハラ発言を沢山録音することができた。私が辞めると給与の計算と振込ができる人間がいなくなることに気づいていないようだ。有給などの処理なども私が担当していたのだが、パワハラを受けたのだからしょうがない。うふふふ。


 その日の内に荷物をまとめ、残っていた有給を使い切って給与に反映されるように上司とBCCに社長と社員全員をいれてメールを飛ばし、仲が良かった同僚に「労基とハロワに行ってくるので、あとはお願いします」と伝えて退社した。積み重ねの恨みと証拠が火を噴く時が来たようだ。社長は悪い人ではないのだが、見る目がなかったね。


 めい子が生まれ育った世界を去った後、とある誰かが会社の金を横領、部下へのパワハラ問題、行方不明になった部下の殺人容疑などで逮捕されたとかなんとかは、三毛猫のみぞしる。かもしれない。

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