第6話 赤貧女伯爵、初めて人にお世話される。

 私がお見合いを決意して3日後。

 ウォード商会の経営するレストランの個室にて10時から、お見合いは行われる予定となった。

 ……のだが。

「8時に弁護士事務所集合……?」

「時間厳守で待っていますよ」

 別れ際、そうカミジョウさんに言われ、何故? と疑問に思いながらも、私は指定された時間に弁護士事務所へ向かった。

 本日の私は、お見合いという事で、いつもの繕いだらけの寸足らずのワンピースで不味いだろうからとや屋敷中のクローゼットを漁った。

 その際、もしかしたら母のドレスが残っていないかと、両親失踪後、初めて二人の私室に入ったけれど、売れるものはすべて売って逃亡資金にしたのだろう。動かせないようなベッド、タンス、鏡台以外はごみ以外何もなかった。

 そのため、閉鎖してずいぶん経つ屋根裏の使用人居住スペースを探し、ようやく出てきた青灰色のメイドのお仕着せの中でもまともな三着の中の内の一等綺麗なものをベースに、ばあやと二人、3日かけて虫食いやほつれをカケハギをしたり繕ったりして、一見上品そうに見えなくもないかもしれないワンピースを用意し、いつもの靴を履き、飾るものが何一つない髪はボロボロのブラシを使い丁寧に梳いてやってきた。

(私一人娘なのに本当に愛されていなかったのね)

 と少々の虚しさを感じながらも、約束の時間の五分前、私は弁護士事務所の扉を叩いた。

「おはようございます」

「おはよう、ポッシェ嬢」

 出迎えてくれたのは、相変わらず(胡散臭い)笑顔の先輩弁護士さんだった。

「改めまして、僕の名前はレンド・カミジョウ。君の担当は、前任シモジョウから僕に移ったからよろしく。それと、もしこのお見合いがうまくいかなかった場合も、自己破産の手続きや、ここに住み込みで勤めるられるようにする約束は守るから安心してほしい」

「はい、ありがとうございます」

(よかった……心配だったのよね)

 ほっとしている私を観察するようにニコニコ笑うカミジョウさんは、一人の女性を呼び寄せた。

「じゃあ、レイラさん。よろしくお願いします」

「かしこまりました」

 レイラと呼ばれた黒のひっつめ髪に茶色い瞳の無表情の女性は、私たちに近づいてくると、私よりもよほど綺麗な所作で頭を下げた。

「はじめまして、ポッシェ様。本日ポッシェ様の身の回りのお世話を担当いたしますレイラと申します。 それでは、こちらへどうぞ」

「よろしくお願いいたします」

 弁護士事務所の奥に進むレイラさんについていく。

「まず、身支度を整えさせていただきます」

「え? 身支度はしてきましたが」

 首を傾げた私に、彼女は無表情のまま私を頭のてっぺんから足の先まで見て、無表情のまま頷いた。

「ポッシェ様。これから向かうのはお見合いの席です。そのお姿では不釣り合いと思われます。しかしポッシェ様の事情はよく存じ上げております。ですので僭越ながらわたくしが、本日のご用意をさせていただきたいと思います。よろしいでしょうか?」

「はい……」

(自分なりに綺麗にしたつもりだったんだけど、これじゃあ不釣り合いなのね)

 レイラさんの言葉に少々落ち込みながらも、私は頷いた。

「わかりました、よろしくお願いします」

「かしこまりました。必ずや名家の伯爵家当主にふさわしいお姿にして御覧にいれます」

 頷き返してくれたレイラさんに促され、従業員スペースらしき場所に連れて行かれた私は、びっくりするくらい香りのよい石鹸と、生まれて初めて触るふわふわのタオルを渡されると、仮眠室と書かれた部屋に設置されたシャワー室に連れ込まれ、レイラさんの手によって一糸まとわぬ姿にされてしまった。

「あの、恥ずかし……」

「伯爵家の当主なのですから、お世話されることにお慣れください」

(た、確かにお母さまの全身を私が洗っていたけれど……)

「それでは失礼いたします」

「……えぇ?! まってくださ……」

 その一言返された後、私は心の準備も出来ぬまま、手抵抗する暇もなく、香りも泡立ちも良いシャボンで洗われてしまった。

 レイラさんのなすがまま。ごしごしと何度も頭の先から足の先、隅々まで洗われ流されを繰り返すこと、なんと四回。

 その中でショックだったのは、髪の毛から流れ落ちる泡の一回目が、まぐれもなく灰色だったことだ。

(毎日とは言わないまでも、盥とお水で洗ってたのに……糠石鹸、良く落ちるって言ってたのに……)

 そんなことにちょっとショックを受けていると、容赦なくざぶざぶと体も洗われ、シャワーで洗い流されるとタオルで水分を拭い取られ、全身に何かいい香りのするものを塗り込まれ、母が着ていたような上等な、肌障りの良い絹のワンピースを着せられ、人生初のメイクもしてもらい、髪も綺麗な編み込みのハーフアップにされていた。

「いかがでしょうか?」

 渡された手鏡の中の自分の顔をまじまじ見た私は、たった一言、率直な感想を述べた。

「別人! すごい! ありがとうございます!」

「いいえ。 泥だらけのジャガイモのようでらっしゃいましたが、美しく成られましたね。」

「……ジャガイモ……」

「誉め言葉でございます。靴はこちら、鞄はこちらをお持ちください。」

 軽くショックを受けている私に、淡々とそう言った彼女は、身支度を終えた私を連れてカミジョウさんの元に戻った。

「おおー! 素材がいいと思ったけれど、何処から見ても若き女伯爵の姿だ。さ、馬車を表に待たせてあります。どうぞ、テールズ伯爵令嬢。」

 そう言って笑ったカミジョウさんが、そっと手を出してくる。

(あれ? エスコート? こういう時どうするんだったっけ? 手を取ってもいいんだったたよね?)

「……ありがとうございます」

 出された手の上にそっと手を乗せると、私はそのまま事務所を出て、覚えている限りでは人生初! ふかふか座席の馬車に乗ったのだった。

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