第20話 ムーラドル街にルティはいる
「ここがムーラドル街……」
ミルは単身でバジェス男爵の領土内にあるムーラドル街という街に訪れていた。
この街はいわゆるスラム街で、暗く怪しい雰囲気に満ちている。
制服で来てしまったミルはすぐに外套を羽織り、深くフードを被って身分を知られないように気を付ける。
「早くお嬢様を見つけないと」
ミルは家の屋根に飛び乗り、高い所から辺りを見渡すことにした。
「キハーノの入れ墨をいれた人物を見つけることができれば、早いけど」
しかし、そう簡単に見つかるわけもなく――。
「おらぁ待てガキ!! てめぇ、逃げてんじゃねーぞ!!!」
突然大きな怒鳴り声が聞こえ、その方向に目をやると、数人の男が1人の少女を追い回していた。
少女はボロ布を着ており手錠をつけられ、首輪もつけられている。
「奴隷……」
間違いなくあの少女は奴隷だ。
そして、追っている男たちは奴隷商か人攫いに違いないと判断したミルは、少女の元へと向かった。
路地に逃げ込んだ少女であったが、その先は行き止まりだった。
少女は壁に背中を預けしゃかみこむ。
両手を合わせ神に祈りを捧げているようだ。
「ここまでだ、クソガキ。 てめぇはサディストの変態客に売りつけてやる。 この世の地獄を見せられるぜ」
奴隷商人であった男達は、少女を見つけると腰に着けていたロープを手に持つ。
「た……たすけて……助けて! お母さん!!」
「てめぇはその母親に売り飛ばされたんだよ!」
少女の祈りを無下に打ち砕くような言葉を吐いて、男達の一人が襲いかかる。
そんな少女と男の間に突然真っ黒い短剣が上空から落ちてきて、地面に突き刺さった。
「あなた達、少し聞きたいことがあります」
少女に襲いかかろうとしていた男の動きが止まる。
「てめぇ、どこの誰だかしらねぇが、この街で俺たちにデカい態度とってんじゃねぇよ」
男は首を少し傾けると、フードの中を覗き込むような姿勢をとる。
「随分と綺麗な顔してんじゃねぇか、この街の連中じゃないよな。 どこの誰だ?」
「名乗る程の者じゃありません」
「じゃあ、死ね!」
男は片手剣を振り襲いかかる。
――――――――――――――――――――
悪党どもはミルによって一瞬のうちに壊滅させられた。
その直後、怪我の治療を終えたセバスチャンから連絡が入り、ミルは奴隷の少女を保護するよう迎えを要請。
少女を街の外まで送った後、少女から聞いた奴隷市の場所に向かうことにした。
「奴隷市場…………お嬢様が奴隷として捕まったのかは分からないけれど、行ってみる価値はある」
ミルがそんなことを呟きながら路地に入った瞬間――。
「お前がやったんだよな?」
突然辺りに聞きなれない声が響く。
次の瞬間ミルは目の前が真っ暗になり、気を失った。
「――ミル……ミル…………ミル!!」
どこからか自身の名前を呼ばれたような気がして、ミルが目を覚ますとそこには両手を鎖に繋がれたルティがいた。
「お、お嬢様!!」
ミルはすぐにルティの元へ駆け寄ろうとしたが、自身も鎖ので繋がれており、身動きが取れない。
二人は同じ牢獄に捕らわれていた。
「よかった、意識はあるようですわね!」
ルティは少し泣きそうな声でそう言った。
ボヤけていた視界がだんだんと明瞭になって来たミルは、そこで初めてハッキリとルティの姿を認識することができた。
だが、その瞬間ルティの
「お……お嬢様……」
片目は潰れ、歯は所々欠けており、美しかった金髪はまるで力づくで引きちぎられたようにボロボロで泥にまみれていた。
全身にできた痣、火傷、切り傷……あの高貴で美しかった少女は今や見る影もない。
「ここは……あの人攫い達のアジトらしいですわよ」
ルティは一言発することですら息を切らす。
「その怪我はヤツらに拷問されたということですね」
「そう……ですわね。 でもこんなの……大したことないですわ」
無理やり作ったその笑顔が、ミルの心を締め付ける。
「本当に……本当に申し訳ありません。 護衛でありながらお嬢様を……私……ワタシ――」
ミルは自分を信じて護衛に選んでくれた、ルティの母の気持ちを踏みにじりルティをこんな目に遭わせてしまった自責の念で、今にも舌を噛み切りそうな勢いであった。
「ミル……ワタクシのためにここまで来てくれてありがとうございますですわ。 気に病まないでくださいまし。 ワタクシ、まだ拷問に屈してないですの」
切れた唇でニッコリと笑いかけるルティの姿を見て、ミルは心の内で感嘆する。
「――私ここに向かう途中、学院でカイア様にお会いしました」
「カイア様に……?」
ミルは少し思いつめたように口を開く。
「事情を聞かれたので、このことをお話しました。 なので僅かな可能性ですが、カイア様が助けを呼んでださっているかもしれません」
本来は上流貴族が、ニカレツリー家のような弱小貴族を助けることなどありえない。
貴族の中でも上流貴族は、周り貴族からどう見られるかという事に重きを置いている。
下手に弱小貴族と関わってしまえば、品格が下がったと評価されかねない。
特に今回のような事件性の高い一件に関わってしまえば、周りの貴族から弱小貴族の仲間入りだとバカにされかねないのだ。
だから、こんなハイリスクローリターンな選択をあのアルロア家のカイアがするわけないとミルは思っていた。
「なら、大丈夫ですわ! ワタクシたちはカイア様たちが来るまでここで耐え抜きましょう!」
ルティの顔には全くと言っていいほど曇った様子がうかがえなかった。
「今日もお楽しみの時間がやってきたんだよなぁ~」
まるで歌でも歌うかの様にその男は、ルティ達が捕らわれている牢獄に現れた。
男は筋骨隆々で、背が高く、白髪をオールバックにしている。
「貴様!」
ミルはその声を聞いて路地裏で自分を捕まえた男だと気づいた。
「お、そういえばイキのいいをもう一匹見つけてたんだよな。 コイツばかりじゃもう飽きてきたところだんだよなぁ」
男はミルの敵意など気にも留めず、牢屋の鍵を開けて入って来た。
「ご機嫌よう。 今日もお元気そうで何よりですわ」
ルティは男に勇ましい笑顔を向ける。
「お前はいつになったら泣くんだよ、なぁ?」
男はルティの髪を掴み自身の顔を眼前まで近づける。
「あら、ワタクシはか弱い女の子。 ちょっとしたことでちゃんと泣いてしまいますわ」
「うそ、ついてんじゃないよなぁ?」
「ウソじゃありませんわ。 貴方がちょっとしたこともできていないというこではなくて?」
「フッ、カハハハハハハ」
男は天井を見上げ大笑いする。
「お前はあんな目にあっていながら、そんな態度がとれるとはなぁ」
ひとしきり笑った後、男の声は低くなる。
「もう片方の目もくり抜いてやるよなぁ。 今度はフォークを使おうかなぁ」
「お嬢様にさわるなぁぁぁぁぁぁ!!」
張り上げたミルの怒号と、彼女を縛る鎖の金属音が牢屋内に響く。
それを聞いた男は、ピタリと動きを止め、ゆっくりとミルの方へ顔を向ける。
「お嬢様? そうか、お前はこいつの従者なんだよな。 そうかそうか、こいつぁいいこと聞いたなぁ」
男はなぜだか異様に嬉しそうにしている。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
予想外の反応に戸惑いを隠せないミル。
「そりゃお前、従者ってことはこのお嬢様にとってもお前は大切な存在ってことだよな?」
「まさかあなた!」
その一言を聞いたルティはさっきまでの余裕が嘘かのように、慌てた様子で声を出した。
「じゃあお前を痛めつければ、この強情なお嬢様も口を割るかもしれないってことだよなぁぁぁ!!」
男は目玉が飛び出るほど目を見開き、声が裏返っていた。
「ムチを持ってこいよなぁ!!!!!」
男は口から垂れたヨダレを拭うこともせず、牢の外にいた部下たちそう命令した。
「あぁ、久しぶりにタッてきたよなぁ」
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