第21話 拷問
棘のついたムチが風を切り肉を叩く。
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
ミルのあげる悲痛な叫びが、地面に溜まった彼女の血溜まりを揺らす。
彼女は今両腕を天井に吊るされサンドバッグのような状態だ。
「やめて、やめてぇ!」
「お前がよ、口を割ればこんなことやめてやるんだよな!」
男は泣き叫ぶルティの前髪を引っ張り上げ、言い放つ。
「貴様ら……一体お嬢様に何を言わせようとしているんだ?」
ミルは全身に巡る激痛に顔をしかめながら男に尋ねた。
「ある人物の居場所を聞きたいだけなんだよなぁ」
「ある人物?」
「――シルフィア。 このお嬢様の妹なんだよなぁ?」
「なぜ……その方を」
ミルの心臓が凄まじい速さで鼓動を打ち始める。
「その反応、お前も知ってるんだよな?」
「――その方の存在は知っている。 だが居場所はお嬢様にしか分からない」
「そうなんだ……よな」
ミルは本当はシルフィアの居場所を知っている。
しかしそれを知られると、今度はルティが鞭打ちにされると考え、言わなかった。
「ムチを貸せよなぁ」
男は今まで鞭をうっていた部下から血まみれのそれを受け取る。
「俺らも暇じゃないんだよな。 だから俺が直接ムチうつからな」
それを聞いて、さっきまで鞭をうっていた男の部下がケタケタと笑い出す。
「アニキのムチうちはオレの比じゃないぜ。 何せ肉が骨から削げ落ちるんだからな」
それを聞いたルティは息を飲み、固まる。
「ここからが本当に楽しいところなんだよなぁ!!」
男は鞭を地面に叩きつける。 耳をつんざくような破裂音と咳き込むほどの砂埃が、男の鞭の凄まじさを表していた。
「はぁ……はぁはぁ」
ミルは気丈に振舞っているが、長年ともに過ごしてきたルティにはミルの心の奥底にある恐怖を容易に感じ取ることができた。
「んじゃあ、いくぜぇぇ!」
男は腕を大きく振りかぶり、勢いよく鞭を持ち上げる。
「教えますわ!! 妹の居場所!」
男の動きが止まる。
「やっと口を割ったかよな」
「お嬢様! なりません!!」
「――こうなったら教えるしかありませんわ」
ルティはミルにこれ以上何も言うなと目で彼女の動きを制した。
「さっさく教えてくれるかよな?」
男は鞭を無造作に放り投げると、ルティの方へ向き直る。
「……妹はサンガル地方のカヤトコという場所に一人のメイドと住んでいますわ」
――噓である。
嘘など一回もついたことのないルティが、嘘を吐いた。
当然ミルにはそれが分かった。
動揺し、声が漏れそうになるのを必死で押し殺す。
「本当かよな? 嘘ついたら即ムチうちだよなぁ?」
ゆっくりとルティに顔を近づけ、彼女の顔に穴が開くのではないかというほど、まじまじと見つめる。
しかしルティは全く持って動じず、ポーカーフェイスを貫いている。
「ウソなんて吐きませんわ。 そんなの状況を悪くするだけですもの」
「よく分かってるよなぁ。 んじゃそこにいるんだよなぁ?」
「えぇ、そうですわ」
そうかと男は一言いうと、ルティから離れる。
そしてニッコリと笑い、両手でルティを指さすと――。
「ダウトぉ、ウソだよなぁ」
ミルとルティは共に時間が止まったかのように動きが固まってしまう。
「俺たちキハーノ一家はなぁ、かなり大まかではあるが、妹の居場所の見当ついてんた。 だからな、嘘ついたらバレるんだよなぁあ!」
男は先ほど投げ捨てた鞭を拾いあげ、牢の檻を思い切り叩く。
鼓膜に突き刺さる金属音、それはミルとルティには男の喜びを表しているように聞こえた。
「ウソを吐くってことはな~、全く口を割る気がないってことだよなぁ。 んじゃムチうち続行だな」
物凄い速さでミルの体を斜めに走る鞭。
すると鞭が通ったどおりの真っ赤な道筋が彼女の体に浮き上がる。
最初は細かったその線は徐々に太くなっていき、最終的にミルの全身を真っ赤に染め上げるほどの大きさになる。
「あぁ……あ……あああ」
「人間、あまりにも痛いと叫べなくなるんだよな。 でも安心しろな、今のは俺の5割の力も出してないからな。 俺が本気だしたら、肉の裂け目から骨がみえるだよな。 絶景だよなぁぁ」
男は恍惚とした表情でなにかを思い浮かべている。
ミルもルティもその何かを想像なんてしたくなんてなかった。
「さてと、まだ赤く染まってない箇所があるよな。 その整った顔面!!」
男は目をひん剥き首をかしげながら、ミルに近づく。
「お前の頭蓋を見せてくれな!!」
「――本当の居場所を言いますわ!!」
ルティは叫ぶ。喉から血が吹き出すほどに。
しかし、今までと違って男はピタリと動きを止めることなく、今にもミルに襲い掛かりそうな勢いだ。
「どうせまた、ウソなんだよなぁ」
「サンザシ地方……」
その言葉を聞いて男はピタリと動きを止める。
それはキハーノ一家が目星をつけていたいくつかの地域のうちの一つだったからだ。
「サンザシのどこだよな?」
「サンザシ地方の……その…ワタクシ」
ルティの心の内に強烈な葛藤が渦を巻いている。
「早く言わないと、本当にお前の従者死ぬぞ……なぁ」
「ワタクシ…………シルフィアごめ――」
「お嬢様!!!」
ミルの怒号が飛ぶ。
「絶対に教えてはなりません! 私なら大丈夫です」
ミルが声を上げる度、傷跡から血が滴り落ちる。
気づけば鉄の匂いが辺りを充満している。
「ミル……でもワタクシは」
「私はニカレツリー家に救われた身。 もとよりあなた方のために死ぬ覚悟はできております!」
「ダメよミル! ここからいっしょ――」
「それに、そろそろ薬がきれる頃です」
ルティの言葉を遮ったそのセリフを聞いて、ルティは驚愕する。
「ミルあなたもしかして、今日の分の薬をまだ飲んでいないの!?」
「――さっきから何をしゃべっているんだよなぁ? このままこの従者殺してもいいんだよな?」
男は意味不明な会話をするミルとルティに腹を立てる。
「もう我慢の限界なんだよなぁ! コイツ殺すわな」
男は鞭を振りかぶり、ミルの方を振り向く。
「は? なんなだよそのオーラはなぁ!?」
しかし、男が振り向いた先に居たのはさっきまでの血にまみれた女ではなく、真っ黒なオーラが薄くミルの体をまとい始めていた。。
「ミルだめよ!! 心を強く持ってください!! 」
ルティはとっくに枯れ果てた声で必死に叫ぶ。
男は何が何だかわかっていない。
「お嬢さま申し訳ありません。 力を開放します」
ミルは自身の内側に集中して、心に眠る力を開放しようとする。
「おい、おまえ暴れんな!!」
「いや、こうやって麻袋に全身を入れ込まれるのも、なかなかオツだと思いまして」
男とルティとミル。 彼らが牢の中でとんでもなくシリアルな場面を迎えているその前を、明らかに場違いな雰囲気の二人が通りかかる。
一人は男の仲間であり人攫い側の人間だ。
もう一人は、全身を麻袋に詰められて、人攫いの男に担がれている。
「あ、アニキお疲れ様です」
麻袋を担いだ男が、牢の雰囲気を気にすることなく、ペコリと頭を下げる。
「ポン助てめぇ、どこで何してやがった?」
牢の中にいた最初に鞭打ちをしていた男が、麻袋を担いだ男にそう尋ねる。
「なにって…人攫いっす、人攫い。 見て下さいよぉ、なんとこの袋に入ってんの、あの超名門クアドリア魔法学院の制服を着たガキすっよ。 絶対いいとこの貴族なんで、身代金要求すればかなりの額になるんじゃないっすかね!!」
麻袋を担いだ男は能天気にガハガハと下卑た笑い声をあげる。
「バカ野郎、貴族にてぇだす時はお前ひとりでやんなって言われてんだろ!? 面倒事になって今年で何人殺したと思ってんだ!」
牢の中の男は早くこの場を去れと命令し、麻袋を担いだ男をどこかへ追いやろうとした。
「おい、もうお前らのアジトについたのか? 早く拷問でもなんでもしてみやがれ!! 僕はどんなことをされても、“クッ、早く殺してくれ”なんて言わないぞぉ」
ミルはやルティにとって、どこか聞き覚えのある声が麻袋から聞こえてくる。
「ま……まさか師匠…………?」
ルティは痛みで遂に自分は幻覚を見始めているのかと、何度も記憶を呼び起こしてみるが、なんど思い返してもあの声は自分が師と慕うあの人の声だった。
「師匠!! 助けに来てくださったのですね!!」
「こ、この声はまさか…………」
麻袋がモコッと盛り上がり、恐らく顔の部分がルティの方を向く。
「んー? お前まさかあの女たちの仲間なのか? 助けに来てこうなったってことか?」
麻袋を担いだ男が尋ねる。
「――いや、まったく。 全くの他人でした。 あんな人みたこともありません」
あっぶねー、何でここにルティがいるんだよ。
っていうかこんな状況でアイツの声が聞こえたって、姿が見えない僕はきっと他人の空似だと思うだろう。
けれど、アイツが僕のことを師匠って呼ぶ唯一の存在だから気づくことができた。
師匠呼びがこんなことに繋がるとは。
【あとがき】
夕方18:17に投稿!
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ストックが尽きぬ限り・・・頑張る所存です。
チート転生も100回すればもう飽きる。やっと無能に転生出来たので、敗北を味わいたい! ~手も足も出ない完全敗北を味わいたいのに、勝ち筋が100通り以上見つかるんですが~ プリントを後ろに回して!! @sannnnyyy
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