心の絆の処方箋 〜しがない内科医の備忘録〜

@EverywhereInternist

#1.頻回救急車の謎 〜孤独の音〜

10年目内科医 田村の診療録。


 70歳の田中節子さんは、いつもと変わらぬ朝を迎えていた。アパートの窓からは、まだ薄明かりが差し込み、通りの人々が徐々に活動を始める様子が見える。節子さんのアパートは、静かな場所にあり、彼女にとっては時に孤独を感じさせる場所でもあった。


 その日の夜も、節子さんは3時に目を覚ました。胸に鋭い痛みが走り、彼女の心臓がまるで重い石で押し潰されるような感覚があった。過去1ヶ月の間に、彼女は何度も同じような痛みを経験しており、そのたびに救急車で病院に運ばれていた。痛みが続くたびに不安が募り、心が押しつぶされそうになる。


 電話を手に取った彼女は、震える手で救急車を呼ぶことに決めた。すぐに救急隊が到着し、彼女は病院へと運ばれた。


 病院に到着すると、内科医の田村は節子さんを迎えた。彼は節子さんの顔をすぐに認識し、過去1ヶ月の間に何度も彼女を見ていたことを思い出した。田村は、節子さんの診察をしながら、彼女の心情に寄り添おうとしていた。


 「節子さん、またお会いしましたね。今日はどうしましたか?」と、田村は優しく声をかけた。


 節子さんは深く息を吐きながら答えた。「また胸が痛くて…毎晩こんな感じで…」


 田村は彼女の顔を見つめながら、診察を続けた。心電図や血液検査の結果を確認し、「特に異常は見当たりません。心筋梗塞や不整脈の心配はありません。体に大きな問題はなさそうです」と説明した。


 節子さんは少し安心したものの、その目には依然として不安が残っていた。田村はその不安を理解し、少しだけ声を低くして話を続けた。「最近、何か気になることはありますか?」


 節子さんは沈黙の後、小さな声で話し始めた。「実は…独りでいると不安で…夜になるとどうしても心が落ち着かなくて…」



 「そうですね、夜は不安が強くなりやすいものです」と田村は頷いた。「節子さん、もしお話しできる相手がいると少しは違うかもしれませんね。カウンセラーや支援団体も考えてみてはいかがでしょうか?」


 節子さんは静かに頷き、病院から帰宅した。その夜もまた静かな部屋に戻り、彼女の心は波立っていた。心の中に抱える孤独感は、簡単に解消されるものではなかった。


 数週間が過ぎ、節子さんの生活には変化が訪れた。彼女がいつものようにアパートの近くを散歩していると、ある男性と出会った。彼は近所に住む同じ年齢くらいの男性で、よく散歩をしているという。彼との初対面は、ごく普通のもので、彼は節子さんに親しげに話しかけた。彼女も自然にその会話に応じ、少しずつ心を開いていった。


 その後、二人は意気投合し、節子さんの家で時々お茶をするようになった。彼との会話は、節子さんにとっての癒しとなり、彼の存在が彼女の孤独を少しずつ埋めていった。彼は、節子さんの心の声に耳を傾け、彼女が抱える不安を理解しようと努めた。その結果、彼女の心は次第に穏やかになり、夜中に救急車を呼ぶ回数も減少していった。


 1ヶ月後、外来の診察で再び田村と再会することとなった。節子さんは、彼に新しい変化について話す機会を得た。



 「先生、お久しぶりです。実は…あの後、彼氏ができたんです。」と節子さんは嬉しそうに話し始めた。「彼は私の話をよく聞いてくれるので、以前のように不安で救急車を呼ぶことはなくなりました。」


 田村は彼女の話を聞きながら、優しく微笑んだ。「それは良かったですね。あなたの心の支えになる方が見つかって、本当に良かったです。」


 節子さんは感謝の気持ちを込めて頭を下げ、「先生には本当にお世話になりました。ありがとうございました。」と伝えた。


 田村は彼女の背中を見守りながら、彼女の生活が少しでも明るくなったことに満足感を覚えた。彼の仕事は、単なる診察や治療だけでなく、患者の心の支えとなることでもあった。節子さんが心の平穏を取り戻し、彼女の孤独が和らいだことを嬉しく思った。


 この一連の出来事を通じて、田村は患者の気持ちを理解し、彼らに寄り添うことの重要性を改めて実感した。節子さんが再び病院に訪れることがなくなり、彼女の夜が静かで安らかなものであることを願いながら、彼はまた次の患者を迎えるために、病院の廊下を歩き続けた。


※実在する人や団体に関係はありません。


#小説 #医療

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