第55話時を止める

揺りかごを揺らした。

赤子の神が、笑う。

揺りかごを揺らした。

母が一人泣く

手をつないでおくれ

寂しいから。

キスを頬にしてくれ。

愛おしむように。

割れた額から流れ出る光は、鼻筋を通って、口を潤す。愛の声に酔いしれて。

酒の代わりに、込められた力、押していく、押していく、壁際まで、あと少しで、時を止める

流されるように、送る。視線の優しさに、母の愛を感じる

神が、降りてくる。

その足音に震える羽が、力なく

神が、降りてくる。

その足音に震える羽が、力なく

信じるように、揺りかごを揺らす、一瞬のときめきに、時を感じる

それから長い時間がたって、母が消えると、部屋には、一束のコスモス

髪に飾った母の指が、しなやかに頬に触れたとき、舞い降りる風の荘厳な空想

行き向かう一叢の草に、最愛の人の名が、虫の羽音に紛れて、奥へと言ったら、寝室の胎動が、誕生をうなる、祝福はいらない。

ただ一人生まれてきた。

この身が溶けるまで。

ただ一人生まれてきた。

この身が溶けるまで。

愛してくれ。

光よ。

傷を負う宿命のわが身を呪った自分自身の弱さから、引き離すように。ひっそりとした庭の片隅に、椅子があって、座っている老人の眼から涙が落ちる

時が止まっている。

鈍痛がするんだ

鎮痛剤よりも、揺りかごを止める、いななく馬が、厩で騒ぐ。

たちどころに、立ち戻った主人がいないまに、赤子の夢は、結んだ糸をほどいた指に刺さる母の痛みに、眩暈を感じて、コスモスが枯れるまで、ただ笑う赤子のように、生きていきたい。

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