二十三話 彼の友人の見解

「流石にちょっと疲れたね」

「そうだな」


 歩きながら苦笑する九凪に春明も同意する。すでに時刻は昼をまわっていた。朝に入園してからずっとアトラクションをまわっていたので二人もそれなりの疲労感を覚えている。


「子供だから元気なのか…………あの子だから元気なのか」

「絶叫マシンでも平然としてたからね」


 最初のジェットコースターを皮切りに年齢制限のないものをいくつか乗ったが、そのどれに対しても月夜は平然としていた。怖くないのかと九凪は尋ねに怖い理由がないというのが彼女の返答だった。


 普通の人であれば速度や高さなどに恐怖を覚えるものだけど、月夜の場合は全くそういうことがなかったようだ。


「三滝は逆に憔悴しょうすいしてたがな」

「苦手なら待っててくれても良かったのに」

「女の意地ってもんがあったんだろ…………まあその意地のせいで立場が逆転してればわけもないが」

「親子だったね」


 今二人は昼ご飯を買いにフードコートへと歩いているのだが、絶叫マシンで憔悴しきった奏は休憩スペースのテーブル席を確保するために残して月夜はその看護役だ。それこそ張り切り過ぎて体調を崩した子供と親の様子で、客観的に自分を見る余裕もないのか奏は月夜にされるがまま介抱かいほうされていた。


「でもよかった」

「なにがだ?」

「いやほら、月夜が二人にも慣れてくれてさ」


 自分が月夜に好かれているのはわかっているが、他の人に対してはどうなんだろうかというのは疑問だったのだ。学校へも行けていなかったようだし彼女と話していても他の誰かの話が出てくることはなかったからその交友関係が狭いのはわかっていた。

 それが蓋を開けてみれば二人とも特に問題なく話しているし、今も奏を気遣って月夜は残ってくれているのだ。


「あれは慣れたとは言わんぞ」

「え」


 不意に足を止めた春明につられて九凪も足を止める。


「俺と三滝はお前の友人だからな。高天九凪の友人として接しているだけで俺ら個人を見てはいないはずだ」

「…………そんなことは」

「ないと思うか?」


 答えながら春明は手近なベンチへと九凪を促して腰掛ける。


「二人もいないしちょうどいいタイミングだ。少し話すか」

「春明?」

「二人には少し混んでいるから遅れるとメールしておけばいいだろう」


 言うが早いかささっと春明は奏へとその旨をスマホで送信する。


「これは俺にも責任のある話だからな。知ってしまった以上は話すのは早い方がいい」

「…………だから何を言ってるかわからないんだけど」

「天津月夜という少女についてだ」


 はっきりとその名前を春明は告げる。


「月夜がどうしたっていうのさ」

「あの子はお前以外を見ていないぞ」

「そんなことは…………」

「ある」


 春明は断言した。


「今も言ったが俺たちもお前の友人としてしか見ていない。仮にお前が俺たちと絶交だと言えばその瞬間に路傍ろぼうの石になり下がるだろうさ」

「でも三滝を…………」

「あんなものはおままごとみたいなもんだろ」


 親子みたいという奏の例えに乗っかっただけに過ぎない。それにしたって重要なのは自分と九凪が夫婦として例えられる部分であって娘などその為のおまけだ。月夜と九凪の娘という役割を与えられているからこそ今は奏を気遣っているのだ。


「見たところ姉のことは辛うじて意識はしてるようだが、あれは親愛の情じゃないな」

「…………」


 それは九凪も感じていることだった。真昼のほうは月夜を大事にしているようだが、月夜のほうは真昼を邪険にしている印象があった。


「とにかく、だ。俺の見たところあの子が情を抱いているのはお前だけだ。数多くの人間を観察してきた俺が断言してやる」


 人間が好きだからこそその反応を含めて春明は人間観察を続けて来た。それを九凪も知っているし事実彼の他人に対する評価は間違ったことがない。


「でも、それは今だけよね?」

「そうだな」


 確かに今は月夜も九凪しか見ていないかもしれない。けれど彼を通して春明や奏と接しているように、間接的であっても人と接していればいつか変化はあるはずだ。その可能性を春明も否定はしない。


「だがな、お前以外の誰かを見るようになってもお前に対する感情は変わらん」


 天津月夜という少女の中心に九凪がいるという事実は変わることはない。それに関しては巡り合わせというしかないだろうと春明は思っている。恐らくは空白であっただろうその少女の心に九凪という人間は致命的なまでに入り込んで固定されてしまった…………二度と逃さないとでもいうほどに。


「だからこれは俺にも責任のある話なんだ…………相手をよく知らんうちにお前を煽っちまったからな」

「…………いや別に煽ったって言っても本気にしてないし」


 確かに春明は九凪が月夜に恋愛感情を抱くように促したが、流石に年齢差もあって九凪だって真に受けはしなかった。


「だが多少は意識しだろう?」

「…………それは、まあ」


 正直に認める。しかしああいう煽り方をされれば誰だって意識してしまうものだとは思う。問題は意識してしまった後にどうするかで、別に彼は何か行動もしなかったし今も月夜に恋愛感情を抱いたりはしていない。


くさびみたいなもんなんだよ。それさえなければお前は純粋にあの子のことを近所の子供くらいに思い続けられたはずだ…………それが引っかかって躊躇うことだってなかったはずなんだよ」

「…………ごめん、何を言ってるかわからない」


 春明の言いたいことがいまいち九凪には理解できない。


「あの子はお前が大好きだ、それはわかるな?」

「…………うん」

「さっきも言ったがあの子にはお前しかいない…………そんなあの子がお前に拒絶されればいったいどうするんだろうな」

「拒絶なんかしないよ」


 ありえない仮定だと九凪は思った。向こうから嫌われるならともかく現状で彼が月夜を拒絶する理由がない。


「別にお前が拒絶しなくても向こうがそう感じることはある」

「それはなに?」


 意図せず拒絶する形になることもあるというのなら、それは聞いておかねばならない話だった。


「それはな…………お前に他の恋人ができることだ」

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