二十話 観察と叱咤
朝川春明は
しかし春明当人からすればそれは誤解もいいところだ。別に彼には他人に対する悪意などまるでない…………むしろ彼は人間というものが大好きだ。好きだからこそその人間のいろんな表情が見たいと思うだけなのである。
その証拠に彼は他人を破滅に導くような助言をしたことなど一度もない…………あくまで複数ある解決までの道のりの中で彼が見たいものを見れる選択肢を助言として提示しているだけなのだ。
そんな人間観察が趣味である春明だから、月夜という少女の特異性もすぐに見抜いた…………いや、見抜いたがゆえに困惑した。
「ほうほう、これが電車というものか! なかなかの速さじゃな!」
九凪の隣ではしゃぐ月夜というその少女の姿は年相応だ。確かに言葉遣いや常識などでおかしい点はあるが、九凪に接している姿を見る限り純粋な子供という雰囲気でしかない。
「あんまりはしゃいでまた高天の膝に乗っちゃだめよ?」
「わかっておる」
しかしその印象が一瞬でがらりと変わる。会話そのものは最初電車に乗った時に迷わず九凪の膝の上に陣取ろうとした月夜を奏が注意した話の延長だ。
ただ、月夜の奏に対するその雰囲気は九凪に対するものとまるで変っている。内容そのものはくだらないことではあるが、下の者の進言を上の者が受け入れているとでもいう感じだろうか…………まるでその瞬間だけ互いの年齢が入れ替わっているように感じる。そしてそれを彼女を子ども扱いしているはずの奏当人がそのまま受け入れているのだから違和感が大きい。
「これまで月夜は電車に乗ったことはなかったの?」
「ないのう。車にならば真昼に何度か乗せられることがあったがな」
しかしその雰囲気も九凪に話しかけられた瞬間に戻る…………いや、戻ると表現していいのかも春明にはわからない。九凪に向ける年相応の子供らしい表情と奏や自分に向けられる上位者としての表情、そのどちらも彼には本物に見えるからだ。
「…………どちらにせよ俺たちには興味がないようだな」
電車に乗ってから改めて月夜とも自己紹介したが、九凪の友人だから一応は名前を覚えておくというような印象だった。それを証拠に彼女は話しかけられる以外で九凪以外との会話を一切行っていない。
それが人見知りしているわけではないのは月夜のこちらに対する視線でわかる。人見知りしているような場合はその視線に不安や怯えが混ざるものだが、少女のその視線にはそういった感情どころか一切の感情がない。個ではなくただの風景の一部としてこちらを認識しているというのが春明の印象だった。
「あ、そうだ…………到着までまだ結構あるしトランプでもする?」
「トランプとな?」
「うん、一応持ってきたんだよ」
九凪が懐からトランプの箱を取り出す。普段春明たちとトランプで遊ぶようなことはないから恐らくは月夜のために持ってきたものだろう。子供は長くじっとしていることを嫌うものだし、仮に春明と奏の二人に人見知りしても簡単なゲームをしていれば慣れるかもしれない。そんな気遣いだろう。
「興味ある?」
「あるぞ!」
とても嬉しそうに月夜が返事するが、それがいかなるクソゲーであろうとも九凪が用意すれば同じ反応をするだろうと春明には見えた。
「二人もいい?」
「私は構わないわよ」
「俺もだ」
奏が頷くのを見て春明も頷いて見せる。断る理由も特にないし、月夜という少女を見極めるにはそれもちょうどいいと思ったのだ。
その人格は概ね把握した………次はその能力だ。
◇
「いやあ、すごかったわね」
「あそこまで隠す気がないのもな…………その辺りは人生経験の少なさという奴なのかもしれん」
目的地の駅に到達し、先を歩く九凪と月夜の背中を負いながら春明と奏が話す。その会話は電車の中で始めたトランプ遊びについてだ。ババ抜きから始めて最終的に大富豪で遊んでいたのだがその全てで月夜が圧勝する結果となった…………その原因は恐らく九凪だ。トランプ遊びそのものを月夜が楽しんでいる雰囲気はなく、勝つことで彼に褒められるのが嬉しくて全力を出しているという様子だった。
「ああいうのは朝川の独壇場だと思ってたけど」
「俺がやっているのはあくまで確率と統計による計算だ。全て見透かしているような相手に勝てるようなもんじゃない」
「まあ、確かに勘がいいってレベルじゃなかったわよね」
「手札だけじゃない。思考も読まれてたとしか思えん」
ババ抜きは別として大富豪はそれぞれの思惑も勝敗に絡む。手札が見えて居れば間違いなく有利だがそれだけで確実に勝てるというわけではないだろう。それこそこちらの札の切り方やそれに対する反応などすべて読み切っていないとあんな最短での圧勝は続かない。
「あれ見ちゃうと本当に宗教関係かもって話に信憑性が出ちゃうわね」
九凪が月夜の事情を推察して導き出したのが宗教関係の場所で世情から隔離されているのではないかというものだった。明確な証拠は何もないながらあえて事情を説明されなかったというのもあって信憑性を帯びていたが、今しがたの一件でその信憑性がより増した。それがとてつもない才能によるものか本当に超常的なものかどうかはわからないが、ああいうことができるなら宗教の象徴的なポジションに据えることも可能だろう。
だからこそその力の隠す気のなさに春明は驚くというか呆れたのだ。それは
「そこがやっぱり子供ってことなんじゃないの?」
「だといいがな」
人生経験の足りなさというのは春明自身が口にしたことではあるが、そうでもないようにも彼は感じている。単純に二人に何を知られたところでどうでもいいと思っているのではないか、そんな風に思えるのだ。
「なんにせよ、だ」
そこまで考えたところで春明は思考を切り替える。月夜という少女の得体の知れなさは判明したが彼としてはそれそのものはどうでもいい。少女が自分と奏に興味がなかろうが別に彼は構わないし、少なくとも九凪に対する好意は本物に見えるので彼に害を加えるようなこともないだろう。
それであれば春明が九凪との関係を崩すリスクを負ってまで月夜を排除する理由は無いのだ。
問題は、春明と長い付き合いである女友達ただ一人だった。
「お前は俺となんか話してないであの間に割り込んで来い」
せっかくの機会だというのに現状では九凪と月夜の付属品にしかなっていない。世話を任されているということもあって九凪は月夜の相手にかかり切りだ…………こちらから入っていかないと意識されることもないだろう。
「いや、でもあんな仲がいいと邪魔しづらくない?」
別に奏だって好きで春明といるわけではない。ただああも仲睦まじくされているとその邪魔をするのも
「膝に乗るのは止めてただろうが」
「あれはだってうら…………はしたないし」
つまりは大義名分があったから注意できただけ。ごく普通に仲良くしているのを邪魔するほどの勇気は奏にはないのだ。
「ここでアピールしておかんと今後頼ってなんてもらえんぞ」
月夜の相手も女でしかできないこともある、そう言って自分を頼りにするようアピールしたのは他ならぬ奏だ。しかし有言も実行できなければ信頼性は担保されない。
「わ、わかってるわよ!」
「ならいけ」
言われるまでもないと声をあげながらも、すぐに行こうとしない彼女の背中を春明は軽く蹴り飛ばした。
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