第十三話:勝利
中央広場への入り口を塞ぐように並んでいる櫓付き大鬼型。その内の一体に狙いを定めた慈は、宝剣に光を纏わせると『勇者の刃』で一閃。こちらを振り返ろうとした正面の大鬼型の首が、両肩の櫓ごと切断された。
大鬼型の頭部と共に、重い音を立てて後ろに落ちた櫓の中には、小鬼型の上半身が転がっている。
慈は、大鬼型を倒すだけなら適当に胴体を狙って勇者の刃を放つだけで終わるが、櫓の小鬼型も同時に無力化しなければ、騎士団が被害を受けると判断してこの位置を斬る事にしたのだ。
切断された首から盛大に血を噴き出した大鬼型が崩れ落ちる。それを足場にジャンプした慈が、残りの大鬼型に向かって光の刃を放つ。
慈の後を追って来たシスティーナ団長達アガーシャ騎士団は、そのあまりにも現実離れした光景に、唖然として足を止めていた。
大鬼型の血の海に染まる中央広場前の通りで、最後の一体の首が櫓ごと刎ねられ、巨体が地響きを上げて倒れ伏す。
一滴の血も付いていない宝剣を一振りした慈は、立ち尽くしている騎士団を振り返って言った。
「全部どかしたから進もう。ああ、そこ滑るから気を付けて」
まるで何でも無い事のように振る舞う勇者シゲルに、システィーナ団長は畏怖を覚えた。しかし、今はこの強大な力を持つ勇者に付いて行くしかない。
母国を失ったも同然の状態で、捨て石として使われる筈だったアガーシャ騎士団に、希望の光を与えてくれた存在。例え本心では恐ろしいと感じていても、彼は人類の救世主なのだから、と。
魔族軍駐留部隊の主力級だった大鬼型部隊を全滅させた慈は、アガーシャ騎士団と共に中央広場に到達した。広場には目ぼしい敵部隊の姿は無いが、ちらほらと小鬼型や狼型の魔獣がうろついており、彼等に指示を出している数人の魔族軍兵士が見える。
広場全体にバリケードの材料っぽい木材や道具が散乱していて、集められた廃材が焚き木のように燃やされていた。
そして目標の展望台施設の前には、造りの荒い簡易処刑台らしき木造の台座が立てられていた。広場の外周には同じく急造されたと思われる粗末な絞首台も並んでいる。
まだ何体か遺体がぶら下がっていて、的にされたのか無数の矢が突き刺さっていた。遺体は服装から街の住民だと分かる。
「これは……」
「……魔族軍による見せしめと燻り出しの跡です」
眉を顰めた慈の呟きに、システィーナ団長が苦渋を浮かべながら語る。
王都アガーシャから落ち延びたクレアデス国の王族が、身を寄せていたパルマムの街は、魔族軍に急襲されて瞬く間に街の半分以上を占拠された。
魔族軍は、この広場に街の住民を集めて「王族を匿っている者が居る限り、住民を処刑する」と宣言すると、無差別に処刑を始めたのだ。ここでかなりの人数が処刑されたという。
「当時、王を御守りしていた我々の戦力では、戦うのは無謀。しかし、民の虐殺を捨て置けぬと、王は街を脱出する際、広場で処刑をしていた部隊に攻撃を仕掛けて行く事を決断なされた」
しかしこの処刑自体が陽動だったらしく、システィーナ団長達が広場に斬り込んでいた時、魔族軍の別動隊が王族の隠れ家に奇襲を掛けていた。
報せを受けたアガーシャ騎士団は直ぐに引き返したが、隠れ家を護っていた近衛兵は全滅。王族の姿はなく、そこへ魔族軍の大部隊も押し寄せて来た為、やむを得ず街を脱出したのだと。
「そうか……」
慈は絞り出すような声でそれだけ答えると、若干重苦しい空気に包まれた騎士達の前に歩み出た。そして彼等を振り返りながら言った。
「よし、この街を取り戻すぞ!」
宝剣の切っ先を展望台施設に向けて励ます慈の宣言に、アガーシャ騎士団は気勢を上げて応えた。中央広場を突き進む慈とアガーシャ騎士団。
広場を徘徊していた小鬼型や魔獣は、アガーシャ騎士団に斬り伏せられて直ぐに片付き、それらを使役していた魔族軍兵士は展望台施設に撤退した。途中、焚き木の近くを歩いていた見覚えのある地竜が、慈を見て踵を返すと、飼育員の制止も聞かずドタバタタと素早い動きで逃げて行った。
戦う気が無いなら無理に追わなくていいかと、地竜を宝剣の狙いから外した慈は、展望台施設を見上げた。施設の窓からは、魔族軍の指揮部隊と思しき多数の人影がこちらの様子を覗っている。
慈達が施設の正面に近付くと、広い出入り口から魔族の戦士達が現れた。
黒地に赤のラインが入ったデザインの武具で統一されている彼等は、広場で見た魔族軍の下っ端兵士達とは、纏う雰囲気も装備も違う。一目で強者と感じさせる威圧感があった。
「勇者様、奴らは魔族軍の指揮部隊に所属する精鋭小隊です」
全員が剣術も魔術も使って来る実力者で、かなり手強い相手だという。システィーナ団長を始め、アガーシャ騎士団の皆が緊張しているのが分かる。
慈は出撃前に言った通り、指揮部隊の相手を担当するべく一人で前に出た。すると、指揮部隊の精鋭小隊からも二人、代表のように進み出て来た。
「若いな。そんなに実力があるようにも見えないが」
「報告では特殊な剣波を使うらしい」
二人の魔族戦士は、そんなやり取りをしつつ慈を一瞥すると、その宝剣に目を付けた。
「あの剣、かなりの魔力が秘められているぞ」
「ふむ、人間には勿体ない代物だな。良い戦利品になりそうだ」
システィーナ団長達アガーシャ騎士団が臨戦態勢を取っているもまるで意に介さず、慈の宝剣を見定めている二人は、精鋭小隊の突撃隊長イルーガと、その部下ガイエスであった。
指揮部隊の中ではトップとナンバーツーの実力者である。
「言っとくけど、これを譲る気はないぞ?」
慈のツッコミに、意外そうな顔を向けて来るイルーガとガイエス。
呑気に喋っているように見えた二人は、実際は殺気を放って威圧しており、アガーシャ騎士団の騎士達は圧倒的な実力差を感じて身動きが取れなかったのだ。
その威圧を受けて平然と自分達に話し掛けられるのは、相当に肝の座った強者か、単に空気の読めない愚か者かのどちらかだと。
「ふっ 小僧、大鬼兵を屠った程度でいい気になっていては、足元を掬われるぞ」
「ご忠告どうも。あんまり喋ってる暇無いんで、とっとと攻略させてもらいますよ」
慈はこのやり取りを時間稼ぎに使われては面倒だと、宝剣を構えて攻撃態勢を取る。顔を見合わせて軽く笑みを浮かべたイルーガとガイエスは、少し小手調べをしてやるかと剣を抜いた。
突撃隊長のイルーガが後方でノンビリと、しかし威圧は放ったまま見物に回る中、ガイエスが慈の前に歩み出た。
「掛かってこい、小僧。剣筋を見てやろう」
「じゃあ遠慮なく」
甘い。慈は内心でそう思った。あの廃都で、魔族の走狗を相手に修行をしていた日々の中では、小鬼型や狼型魔獣はこの時代のものより二回りほど大きく、殺意の塊で、互いに認識し合った瞬間から命の奪い合いが始まる。当然、殺し合いの相手と会話など無い。そんな殺伐とした世界だった。
人類を崖っぷちまで追い詰めているからこその、油断や慢心もあるのかもしれないが――
(なんて平和な時代なんだ)
慈は、何となくそんな思いを抱きながら、正面で片手剣を下げたまま自然体で構えている魔族の戦士に斬り掛かった。
ガイエスは慈の斬撃を半歩下がって躱すと「踏み込みが甘いな」等と指摘する。そこへ更に踏み込んで来た慈が一閃。
剣で軽く往なそうとしたガイエスだったが、剣が無かった。ガイエスの身体が、あっさりと両断される。
「な……に……」
最初に躱したと思った薙ぎ払いで、剣を握っていた腕が落とされていたのだ。ドシャリと血飛沫を上げながら、臓器をぶちまけて肉塊と化すガイエス。
精鋭小隊のナンバーツーがあまりにも呆気なく倒された事に、反応出来ない指揮部隊の戦士達。
「……はっ! おい、ガイエス!」
一瞬、威圧を忘れたイルーガが我に返り、部下に呼び掛けるも、そこにあるのは唖然とした表情を張り付けたまま、既に事切れた血濡れの屍であった。指揮部隊の戦士達の間にざわめきが広がる。
「っ……上等じゃないか、人間のガキが」
油断があったとは言え、相棒だった
アガーシャ騎士団にも向けられていた殺気が全て慈に向いた事で、システィーナ団長達は強烈な威圧から解放されて少し息が楽になったが、緊張は全く緩められない。
突撃隊長イルーガの本気攻撃が繰り出される。長い両手剣を突き出した態勢で、地を滑るように突撃。この攻撃法だと槍の方が合いそうだが、剣を使っているのは理由がある。
最初の突撃を受け止めようとすれば、勢いの乗った高威力の刺突に盾や鎧ごと貫かれる。剣を合わせて迎撃しようとすれば、空振りさせてからの連続攻撃を叩き込まれる。
馬に乗って撤退する相手にも追い付いて仕留めるほどの高速突貫攻撃なので、狙われた者に逃げ場は無い。剛柔併せ持った速攻の剣技。一対一では負け知らずだった。
猛烈な勢いで突っ込んで来るイルーガの剣技に対し、慈は宝剣を下段に構えると、突撃に合わせて斬り上げた。
イルーガはその瞬間、正面に突き出していた剣を脇構えに引いた。ここから再度刺突、薙ぎ払い、斬り上げ、袈裟懸けと、様々な攻撃に繋ぐ事が出来る。全力の突撃状態から態勢を崩さず、勢いを維持したまま全く別の型に変化させられるのだ。
慈は剣を振り上げた態勢だ。
(さあ、どう料理してやろうか)
そこでイルーガは違和感に気付く。脇に引いたはずの剣が前にある。剣を握っている自分の両腕と共に。
「は……?」
肘の先から切断された腕の断面からは、青白く光る魔力の炎が
(ばかな……っ 間合いの外だった筈だ!)
慈が振り上げていた剣を振り下ろした。その剣は光を纏い、半分ほど伸びていた。イルーガは、あの光の刃に斬られたのだと理解した。光の刃の分だけ、間合いが伸びていたのだ。
(……ガイエスの腕を斬ったのも――)
真っ二つにされたイルーガの身体が、突撃の勢いに乗ったまま慈を左右から通り越し、幾重ものグロテスクな赤い線を引きながら広場に転がった。
指揮部隊の中でも精鋭小隊の最強のコンビが瞬殺され、動揺する魔族軍の戦士達。
一方で、アガーシャ騎士団の騎士達も困惑していた。
普通に剣を打ち合わせて斬り結んだ結果の勝利であれば、「お見事です!」と即座に慈を称えていたであろうが、今し方の戦いはおかしい。
(いや……戦いですらなかった)
あまりにも一方的に屠ったようにしか見えない。『勇者』。その存在に、システィーナ団長は改めて畏怖を抱く。
同じように異常を感じたのか、指揮部隊の部隊長が展望台の屋上から声を張り上げた。
「お前は、何なのだ!」
屋上を見上げた慈は答える。
「最近召喚されて来た勇者です。これから人類の領域を取り戻す為に魔族軍を駆逐して行くんで、よろしく」
それを聞いた指揮部隊長は、驚愕の表情を浮かべた。
「召喚……! 勇者だと!?」
魔族の国にも『人類の切り札』として異界より喚ばれる存在、『勇者』という最終兵器の言い伝えはあったが――
(まさか、実在したとは……)
指揮部隊長は参謀に
展望台施設の二階の窓に、ボウガンを装備した弓兵がずらっと顔を出して構える。
「狙えー!」
鉄の
「!……っ」
これはマズいと焦る指揮部隊長は、万が一に備えて用意していた切り札を急かす。
「参謀! まだかっ」
「連れて参りました。しかし勇者召喚とは……伝説の存在と対峙するのは初めてですよ」
「私もだ。とにかく、コレで時間を稼いで援軍の到着を待つ」
勇者の力は規格外のようだが、クレアデスの騎士達と行動を共にしているなら通用する筈。
そんな部隊長の思惑の下、魔族軍兵士に両脇と背後を固められた状態で展望台の屋上を囲む低い柵の前まで連れて来られた一人の人物。
拘束された少女を認めたシスティーナ団長が思わず声を上げる。
「なっ……! レクセリーヌ姫様!?」
「姫? 王女様?」
システィーナ団長を振り返った慈は、彼女を始めアガーシャ騎士団の騎士達の反応を見て、どうやら本物らしいと件の王女様を見上げた。
指揮部隊の切り札。それはパルマムを陥落させた時に捕らえたクレアデスの王族、レクセリーヌ王女であった。
もし、オーヴィスがパルマムの奪還に本腰を入れて動いた場合。魔族軍の援軍が間に合わず、パルマムが落とされそうになった時の、時間稼ぎに使う予定だった人質だ。
王女の命を無視して攻撃すれば、例えパルマムを奪還出来ても、オーヴィス内に流れ込んだクレアデスの者達が黙っていない。確実に人類側に不和を引き起こせる。
王女の助命に腐心すれば、魔族軍の援軍が到着してパルマムの奪還はより困難になる。この場合も、オーヴィスとクレアデスの間に軋轢を招く事が出来る。
そんな魔族軍の思惑通り、クレアデス騎士達は元より勇者もその動きを止めている。指揮部隊長は、何とかこれで凌ごうと算段を付けていた。
アガーシャ騎士団は、自分達の王女が生きていた事には喜んだが、状況の不味さに気付いて動揺していた。
クレアデス復興の唯一の希望とも言えるレクセリーヌ王女が、人質として敵の手に落ちている現状。システィーナ団長は、上流層の貴族達が担っている『政治的な駆け引き』には明るくなかったが、今の状況がクレアデスとオーヴィスという両国間の関係に宜しくない影響を与える事は理解出来た。
展望台施設に陣取る魔族軍の指揮部隊からは追加の攻撃が来る事も無く、少々膠着状態に入っている。そんな中、慈が王女に問い掛けた。
「王女様だけですか? 他の王族は?」
「生き残ったのは……私だけです」
縄で拘束を受けているが、猿轡などはされていない王女はそう答えた。慈は「分かった」とだけ返す。
王女が勇者やクレアデスの騎士達と話す事を禁じなかった指揮部隊長は、これで確実に時間が稼げると安堵した。
(勇者は恐らく、人類側を結束させる役割を担っている筈だ。であれば、ここでクレアデスの王女を見捨てる事は出来ないだろう)
そう判断した指揮部隊長は、揺さぶりもかけておく。
「勇者よ、クレアデスの王女の命が惜しくば退け」
撤退を促す言葉に、勇者の反応は薄いが、騎士達には動揺が広がっている。仲間内で揉めるなら大いに結構。交渉なら幾らでも引き延ばせるし、攻める決断をするにも直ぐには決められまい。
このまま
「勇者様、どうか姫様を助けて頂きたい」
システィーナ団長の懇願には、ここは退いて欲しいという態度が見て取れる。慈は「勿論、救出はするつもり」と答えると、宝剣を構えて展望台施設に向き直った。
施設の出入り口を固めている魔族の戦士達が思わず緊張する。
「ゆ、勇者様! どうか相手を刺激なさらぬよう!」
気持ちが伝わらなかったかと慌てたシスティーナ団長は、改めて明確に退く事を進言した。
「ここは一度退いて、交渉の使者を立てるなどの策を講じ――」
「いや、ここで退いても王女様返してくれるわけないっしょ。時間稼ぎに付き合う必要は無いよ」
至極当然のように言い放つ慈に、システィーナ団長は言い淀む。
「そ、それは……」
「突入準備」
王女の救出と指揮部隊の殲滅、施設を制圧する段取りのイメージを終えた慈は、宝剣に光を纏わせながら、システィーナ団長に『腹をくくる』よう促した。
当初は施設の安全を確保してからアガーシャ騎士団を突入させる手筈で考えていたが、王女様の救出が加わったので少し予定を変更して、突入と指揮部隊の殲滅を同時にやる事にした。
勇者が剣に光を纏うのを見た指揮部隊長は、内心で焦る。
(おい、何をする気だ)
現在、街の外にはオーヴィスの援軍兵団が展開しているが、そこに潜らせた密偵の報告によれば、連中の指揮官はクレアデスをオーヴィスに取り込む方針で進めているという事だった。
もしかすると、勇者がクレアデスの騎士達を連れて乗り込んで来たのは、合法的に使い潰して消す為だったのでは? と勘繰る。
無謀な少数精鋭による突入作戦を提示されても、あれほどの力を持つ勇者が同行するとなれば、騎士達に断る理由は無くなるだろう。
指揮部隊長が人類側の自滅的な謀略を推察していたその時、勇者が光の刃を放った。
「なっ……!」
王女を柵の手前に立たせ、背後から首元に剣を当てていた指揮部隊長は驚愕する。勇者が放った光の刃は真っ直ぐこちらに飛んで来たのだ。咄嗟に退避しようとしたが間に合わなかった。
光の刃が通り過ぎるのと同時に血飛沫が舞い、王女の周囲を固めていた魔族軍兵士がバタバタと崩れ落ちる。
「まさか……王族の人質ごと斬るとは……」
勇者がそこまで強攻策で来るとは予想出来なかった。身体を腹部から真っ二つにされた指揮部隊長の上半身が、ずるりと滑って崩れ落ちる。
「きゃああああ!」
突然周囲が凄惨な事になって悲鳴を上げるレクセリーヌ王女。その声で、硬直していたシスティーナ団長達が我に返る。
王女は生きている!
「ほら、ぼさっとしてないで突っ込む。最上階の王女様を保護しないと」
「はっ……! と、突入! 姫様をお救いするのだ!」
慈に促されたアガーシャ騎士団が、展望台施設に突入を開始した。
指揮部隊の戦士達は動揺しながらも迎撃に出る。彼等はまだ屋上の惨状を把握していないので、指揮部隊長や参謀までもが戦死している事を知らない。
上から指示が下りて来ないままの籠城戦となったが、魔族の戦士達はやはり強く、アガーシャ騎士団は突入の勢いを直ぐに止められた。
出入り口に一歩踏み込んだ辺りで抑えられ、押し破る事が出来ない。そこへ、騎士達の背後から光の刃が飛来した。
アガーシャ騎士団を擦り抜けた光の刃が、出入り口を防衛していた魔族の戦士達に直撃。彼等は一斉に崩れ落ちた。
自分達の身体を非常に致死性の高い光が通り抜けた事に、心臓が縮む思いのシスティーナ団長達は、驚きと動揺を隠せない表情を浮かべては思わず『勇者シゲル』を振り返る。
「いちいち振り返らないで制圧制圧」
「り、了解した」
慈に急かされ、騎士達は施設の制圧に乗り出した。
魔族軍の指揮部隊は、精鋭小隊の最強コンビや、部隊長に参謀を始め、援護担当の弓兵ボウガン部隊など多数が戦死しており、指揮官不在で混乱して士気も低下。
そして、勇者から放たれる光の刃を恐れて逃げ出す者も出始めた。
何せ、突入して来る騎士達と対峙すると、その後ろから飛んでくる光の刃で両断されて死ぬ。対峙せず逃げても、狭い屋内では直ぐに追いつかれて騎士達に斬り殺される。屋内の狭さを利用してバリケードを築き、防御に徹しても、光の刃は壁やバリケードを擦り抜けて来るのだ。
「こんなの、どうしろってんだ――ぐは!」
施設の裏口から逸早く逃げ出した者は、どうにか裏門(慈達が突入した街門とは反対側)に辿り着き、パルマムから脱出を図った。裏門が地竜によって破られていたので門前で詰まる事もなく、徒歩や騎乗で逃げていく。
指揮部隊の壊滅を見た、パルマムの街中に潜んでいる他の魔族戦闘員や魔物部隊は、いつ、背後からあの死の光が飛んでくるかという恐怖に怯えながら、裏門や排水路などから撤退して行った。
多くの魔族軍戦士の血で染まり、屍を築いて制圧した展望台施設。その屋上にて、レクセリーヌ王女を保護したアガーシャ騎士団は籠城戦の準備を進めていたのだが、街から退いて行く魔族軍を見て一息吐いた。
「どうやら、決着がついたようですね」
「みたいだな。みんなお疲れさんでした」
アガーシャ騎士団の皆を労った慈は、一応、レクセリーヌ王女にも挨拶しておこうかとそちらを見やるが、怯えた表情を向けられたので、また後日でいいかと踵を返す。
緊急の処置だったとは言え、事前通告無しに光の刃を飛ばして周りの魔族兵士を輪切りにしたのだから、怯えられても仕方が無いと慈は納得していた。
「勇者様、どちらへ?」
「援軍兵団の野営地に戻るよ。アンリウネさんとシャロルさんを待たせてるからね」
魔族の死体と血肉が散乱する現場から、一仕事終えた雰囲気で軽く手を振って立ち去る慈を、システィーナ団長は畏敬の念を抱きながら敬礼で見送った。
中央広場に出た慈は、街門に続く通りを目指しながら胸に手を充て、具合を計る。
(まだ大丈夫かな。街を出て、血のにおいとか死臭が届かなくなってからだな……)
小鬼型や大鬼型のような、分かり易い見た目をした魔物や魔獣の類を斬るのはもう慣れているが、魔族の戦士達は人間と見た目も変わり無いので、正直な気持ち、慈にはキツかった。
(なるべくなら、会話に応じたりはしないで欲しかったな)
付け焼き刃の悟りの精神で今は平常心を保っているが、今夜辺り反動が来そうだと思うと気が滅入る。
「はぁ……憂鬱だ」
慈は一人呟きながら、
それからしばらくして、カーグマン将軍の援軍兵団がパルマムの街に入った。
勇者シゲルとアガーシャ騎士団が突入してからしばらく騒がしかったが、静かになったのでそろそろ突撃するかと、カーグマン将軍の号令で一斉突入をしたのだ。
――が、パルマムの街に魔族軍の姿はなかった。
「これは、どういう事だ……?」
広場に展開しているアガーシャ騎士団の指揮の下、生き残った街の住民から男手衆が募られて、バリケードや処刑台を撤去するなど、街中の掃除が進められていた。
黒ずんだ大量の血痕や集められた遺体など、陰惨な痕跡は残っているものの、トンカンと木材を打つ音や、箒で石畳を掃く長閑な雰囲気に戸惑う援軍兵団の兵士達。
「まさか、あの勇者とアガーシャ騎士団だけで、魔族の駐留軍を退けたのか?」
「そんな馬鹿な!」
既に戦いが終わって後片付けをしている感が溢れる街の光景を前に、呆然と立ち尽くす援軍兵団。そんな彼等に、システィーナ団長が歩み寄る。
兵士達は緊張を浮かべて道を開けた。その先には、カーグマン将軍と取り巻きの参謀達。
怪我をした様子も無く、出撃した時と変わらない佇まいで現れたシスティーナ団長は、困惑しているカーグマン将軍達に言った。
「勇者様の働きで我がクレアデスの王族の救出と、パルマムの奪還は成されました。此度の援軍と采配に感謝いたします」
「お、王族の救出ですと!?」
システィーナ団長から突入後の流れと、顛末を報告されたカーグマン将軍達は、ただただ呆けた表情を浮かべていた。
今回の奪還と救出劇を経た勝利は、勇者シゲルと共に戦ったアガーシャ騎士団による功績であると、末端の兵士や傭兵達の間にも広く認識される事になるのだった。
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