第十二話:突入




 防壁上から降り注ぐ石飛礫は子供の頭ほどの大きさがあり、それが大量に地面にばら撒かれれば、破城槌を運ぶ荷車の足止めにもなる。

 門前の小鬼小隊は既に殲滅され、工作兵によるバリケードの撤去が進められているが、上からの攻撃を抑えなければ門を破るのにも時間が掛かってしまう。

 そして突入までの時間が長引くほど、敵軍の迎撃準備が整ってしまうのだ。パルマムに集結中の魔族軍の援軍が、いつ到着するかも分からない。


「ここは一発かましておくか」


 防壁を見上げた慈はそう呟くと、破城槌の前に出て宝剣を構えた。


「勇者様?」


 防壁との距離を見定めながら、腰溜めに構えた慈の宝剣に光が宿る。アガーシャ騎士団や破城槌の周りの兵士達が何事かと注目する中、慈が横薙ぎに剣を振り抜いた。

 ヴォンッという風を切るような音と共に刀身の光が眩しく輝き、一瞬視界が奪われる。皆の視界が戻った時、彼等の目に映った光景。

 慈の宝剣より放たれた光の刃が、左右に伸び広がりながら防壁に向かって飛んで行き、防壁の上道付近を掠めるように貫いた。瞬間、防壁上に無数の血飛沫が舞う。『勇者の刃』の一撃により、防壁上の敵兵が纏めて殲滅されたのだ。

 防壁からの攻撃が止んだ事で、一瞬、戦場の喧噪も治まる。防壁を攻撃していたカーグマン援軍兵団の兵士達が、唖然としながら勇者シゲルを振り返った。

 宝剣を一振りして破城槌の前から離れた慈は、未だ呆然としている味方に指示を出す。


「今のうちに街門を破ろう。急いで急いで」

「は、ハッ! 破城槌前進!」


 我に返った運搬役の兵士達が押し始め、ガラゴロと車輪を鳴らしながら進み始める破城槌。敵の迎撃に晒される事が無くなり、易々と街門前まで運ばれた破城槌は、到着すると同時に吊り下げられた槌のロープが引き絞られる。


「穿つぞ!」

「うおおおおお!」


 頭上から攻撃される脅威が無ければ、全力で街門破りに打ち込める。盾役の兵士も加わり、何度も槌で打たれた街門が遂に軋み始め、補強板が弾けて扉の片方が破壊された。

 破城槌を引いて突入口を開き、アガーシャ騎士団と慈が中の様子を確認する。

 街の中にも其処彼処に細い丸太を組み合わせたバリケードがあり、矢避けの板も設置されている。魔族軍側は、街門が破られた場合に突入して来る敵兵を狙うべく、弓兵がそれらの遮蔽物に隠れる手筈になっていた。だが肝心の弓兵はまだ配置に就いておらず、粗末な槍や短剣を持った小鬼型がバタバタと走り回っていた。


「混乱してるみたいだな」

「ですね、今のうちに進みましょう」


 本来なら、街門が破られそうになってから防壁を下りて配置に就く、という段取りだった。

 慈が『勇者の刃』で街門側の防壁上の弓兵を一掃してしまった為、急遽他の場所から駆け付けている最中のようだ。


「突入! 我に続けぇ!」


 システィーナ団長が抜剣しながら号令を掛け、アガーシャ騎士団はパルマムの街に突入した。

 慈もシスティーナ団長と並んで先頭を行く。障害になりそうな敵が現れたら即消し飛ばすつもりで、宝剣フェルティリティをいつでも振るえるよう構えながら、街の中央通りを進んで行く。


 小鬼型の散発的な攻撃はアガーシャ騎士団の障害にはならず、迎撃準備が整っていなかった街門前防衛ラインを難なく通り抜け、中央広場の手前まで一気に駆け上がる。しかし、広場の入り口には戦況を見て投入される予定だった櫓付き大鬼型の部隊が配備されていた。


「あれは……!」

「団長! あれは危険です、ここは迂回すべきかと!」


 身長六メートルはあろうかという大型の鬼人は、両肩に小鬼型が乗れる程度の櫓を背負う形で装着しており、櫓の中には短弓を装備した小鬼型が乗っている。

 大鬼型は、単体でも刃を通さぬ硬い皮膚と、凄まじい腕力を振り翳して攻撃する強力な魔物だが、それに加えて両肩の櫓から射掛けられる矢も脅威である。

 魔族軍では運搬作業もこなせる戦車のような役割を担っており、人類側にとって、地竜や飛龍と並ぶ厄介な相手であった。

 そんな櫓付き大鬼型が四体、広場に繋がる道を塞いでいるのだ。流石にあれには迂闊に近付けないと、突撃の歩を緩めるアガーシャ騎士団。

 しかし、慈はこのまま進むよう訴えた。


「ここで止まっちゃ駄目だ! 街中に散らばってる敵部隊に囲まれるから、広場まで進むんだ!」


 通りの真ん中で足止めされては、回り込まれて挟撃を受ける。もたもたしていると投擲兵が周囲の建物に上がって、石飛礫を降らせて来る危険もある。

 この少数部隊で街中に展開している魔族軍の駐留部隊を相手取るには、速やかに中央広場の展望台施設を占拠して迎撃態勢を構築しなければならないのだ。

 回り道などしている暇は無い。


「し、しかし勇者様、あの大鬼型は非常に手強く――」


 戦場で大鬼型と交戦した経験のある騎士団員の一人が、戦馬などに騎乗もせず、正面から戦える相手ではない事を説明しようとするも、慈は正面突破を指示した。


「いいから気合い入れて突っ込む! あれは俺がどかすから、絶対止まるな!」


 若干足を鈍らせた騎士達にそう言って励ました慈は、大鬼型部隊に単身で突っ込んで行く。


「っ……! 勇者様を一人で往かせるなど、我らアガーシャ騎士団の恥ぞ! 続けぇ!」


 騎士達を鼓舞したシスティーナ団長は、剣を掲げると慈の後に続いて駆け出した。


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