第八話:シゲルの方針



 翌朝。久しぶりにゆったりとした入浴(その後は少しバタバタしたが)と清潔な寝床で安らかに眠れた慈は、食堂で朝食を取っていた。

 服も新しい物を用意されたので着替えている。


 ちなみに、元の世界から着て来た服は半年間の廃都生活の中でとっくにボロ雑巾と化したので、今は記念に切れ端を一枚、懐に忍ばせているだけである。


「スープのおかわりはいかがですか?」

「いや、大丈夫だよ。ありがとう」


 しばらくぶりにまともな食事にありつけて、腹いっぱいだと満足気な慈に、使用人はお辞儀を返して下がる。

 朝食の席には、六神官も慈と親睦を深める目的で同席しているのだが、先程までの慈の食べっぷりに皆目を丸くしていた。

 約一名、慈と目を合わせられず、若干挙動不審になっている赤毛の少女もいるが。

 そんな中、老いても姉さん気質だったセネファスが呆れたように問い掛ける。


「にしても、勇者ってより下街の飢えた子供達みたいな食べっぷりだったねぇ。普段何食べてたんだい?」

「ファス、シゲル君に失礼ですよ」


 隣の席のシャロルがそう言って窘める。セネファスとシャロルは、六神官の中でも二十歳を過ぎる年長組の二人だ。

 濃紺の髪に薄い碧眼。常に冷静沈着で落ち着いた雰囲気を漂わせるシャロルは、まさに大人の女性といった感じで、ガサツな印象が拭えないセネファスとは対照的であった。


(そういえば、お婆さんのシャロルさんも俺の事『シゲル君』って呼んでたな)


 慈は廃都での皆との生活を思い出しながら、先程のセネファスの問いに答える。


「その辺のネズミとかカエルとか捕まえて食ってたよ。周りは瓦礫しかなかったし」

「……」


 途端に、シン……と静まり返る食卓。六神官達は、慈が召喚された五十年後の未来については昨日の説明会で把握している。

 しかし、人類が滅んでいたという衝撃的な内容の印象が強かった為、そんな世界でどのように生き延びながら勇者としての戦い方を学んでいたのか、考えてもみなかったのだ。


(な、何かドン引きされてる?)


 やはりネズミやカエルを食べて凌いでいたという話は重かったかと、慈は気まずくなった空気を和らげるべく、追加で一言。


「あ、でも、時々ヘビとかも見つかる時があったんだぜ?」

「シゲル様……」


 アンリウネを始め、他の六神官や壁際の使用人達までも居た堪れないような瞳を向けて来る。どうやら逆効果だったようだ。


「……あたしのパン食うか?」

「いや、もう腹いっぱいなんで」


 自分のパンを差し出して来るセネファスにツッコミつつ、迂闊にあの頃の話はすまいと心に誓う慈であった。



「さて、食うもんも食ったし、さっそく今戦ってる部隊と合流したいんだけど」


 微妙な空気を作り出した朝食を終え、気持ちを切り替えた慈は直ぐに行動する事を告げるが、六神官達は顔を見合わせると、アンリウネが代表で答えた。


「シゲル様、逸る気持ちは分かりますが、まずは民に勇者の光臨を伝えなくてはなりません」


 救世主の光臨を大々的に発表して周知を図る事で、義勇兵への志願者増加を見込むなど、段階的に戦力の増強を行い、万全の体制で送り出したいとする神殿側の計画を説明するアンリウネ達。

 しかし慈は、悠長に救世主アピールなどして行く気は無かった。


「そんなもん、成果上げてからでいいよ。これからやりますなんて宣伝するより、とりあえず何処かひとつ救って来ましたってほうがインパクトもあるし、分かり易くて希望も湧くっしょ」


「で、ですが――」

「まあいーんじゃないの? 本人がやるつってるんだし」


 なおも説得しようとするアンリウネを、セネファスが遮った。昨日も召喚早々出撃して、魔族軍の斥候部隊を一人で殲滅しているのだから、腕も確かだ。

 するとシャロルが、現在進行形で遂行されている軍の作戦について語る。


「今なら丁度、カーグマン将軍の援軍兵団がクレアデスに向かっているわね」


 慈が召喚されて来る少し前に、隣国クレアデスの王都が魔族軍によって制圧された。

 クレアデス王家は騎士団と共に脱出し、オーヴィスとの国境の街パルマムに逃れたのだが、つい先日、そのパルマムも陥落。クレアデスの王族は生死不明となっている。

 報せを受けたオーヴィスは直ちに援軍を送り、クレアデスの残存戦力と協力してパルマムの奪還作戦に当たっている。

 慈は、援軍兵団を率いている将軍の名を聞いて考える。


(カーグマン将軍か……)


 アンリウネ婆さん達から聞いていた、オーヴィス陥落後も生き延びていたが、問題があったという将軍の一人だ。


「とりあえず、その作戦に参加してみるよ。話、通しておいてね?」


 そう言って席を立った慈は、武具を装備しに与えられた自室へと足を向けた。


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