第五十二話:砦村の解放と快進撃



 パークス傭兵隊長の率いる攻撃部隊が廃村の砦に突入する。


「入ったら即散開だ! 飛び道具の敵を優先して処理しろ!」


 まずは敵の位置と動きを確認して、厄介な相手から叩くよう指示するパークス。

 通常、敵陣に突っ込んだ場合は散り散りにならないよう集まって護りを固めるところだが、魔法が得意な魔族軍が相手では範囲魔法で一網打尽にされるリスクがある。

 それに、呼葉の祝福を受けている間は味方全員が一騎当千の強さにまで底上げされているので、固まって行動するよりも個人の裁量に任せてバラバラに行動させた方が敵側にとっても厄介だ。



 激しい抵抗が予想されていた廃村砦の制圧は、かなり手応えの無いもので終わった。

 一応、魔物部隊との交戦はあったものの、どうやら砦内に残っていたのは足止めに置いて行かれた下っ端中の下っ端で、ここの指揮を担っていた本隊はパークス達の突入前に脱出してしまったらしい。


 外観は高い防壁に囲まれて立派な見張り台の櫓もあり、敷地内には訓練場の広場と厩舎や兵舎も用意されているしっかりした造りの砦のように感じられる。だが、正面の軍事施設となる建物群を抜けて少し奥に入ると、一般的な田舎に見られる家屋が残っており、普通の村だった頃の風景が広がっていた。


 ハリボテと見做すほど見掛け倒しではないが、かなり省いて急造された砦だという事が分かった。恐らく、本格的な前線基地では無く、通過点となる中継基地の役割を果たしていたと思われる。

 思い切り肩透かしを食らわされて不完全燃焼気味な傭兵部隊に、とりあえず略奪を禁じて休憩させた呼葉は、数人の兵士隊を率いて砦村の中を見て回る事にした。


 怪我人が居た場合に備えて、治癒術を扱えるアレクトールとソルブライトも連れて行く。

 広場には聖女部隊の野営陣地を敷き、アレクトール達では手に負えないような重度の怪我人にも対応出来るよう、神殿から派遣された神官を待機させる。同時に、料理人と給仕達に食事の準備もさせておいた。


 シドが隠密状態で姿を消したまま先行して、砦村の中をざっと偵察して来たので、その情報を基に、人が居たという家屋が並ぶ一角に向かう。

 そこには、木造の質素な家から恐る恐るといった様子で顔を覗かせている村人らしき人達が居た。


「結構居るわね。元々村に住んでた住人かしら? それとも他所から連れて来られたとか」

「調べて参ります!」


 兵士隊が何組かに分かれて話を聞いて回った結果、彼等はここに住んでいた村人達で、魔族軍の襲撃から逃げ遅れて捕虜にされたらしい。村を砦に改装する労働力に使われていたようだ。


「隷属の呪印などは刻まれていないようです」

「疲労と、少し栄養が足りてねぇくらいだな」

「そっか。ご苦労様」


 簡易診察を行ったアレクトールとソルブライトの報告に、頷いて労う呼葉。村人達は大半が衰弱しているが、大きな怪我を負っている者はいない。

 保護した彼等を広場に敷いた聖女部隊の陣地に連れて行き、食事をさせると、落ち着いた者から本格的な聞き取り調査を行った。


「もう少しで、私らは奴隷に堕とされるところでした」


 そう言って首を窄めて見せる中年男性の村人によれば、あと数日で国境付近の拠点にしている街から、オーヴィス侵攻に向けた本隊がやって来るという内容を魔族軍の兵士達が話していたらしい。呪印を刻める人材も、その本隊と一緒にくる手筈だったようだ。


「『縁合』の情報で魔族軍はクレアデスに戦力を集中させてるって話だったが、パルマムが奪還されてる状態でそこまでオーヴィスに戦力を割くと思うか?」

「恐らく、先にオーヴィスを包囲してしまえば、援軍の無いパルマムの再攻略も容易と考えたのでしょう」

「現状、パルマムの街は自衛で精一杯の筈ですからね。オーヴィス攻略中にクレアデス勢から背後を突かれるという心配はしていないのではないかと」


 魔族軍の動きに対するソルブライトの疑問に、アレクトールとザナムが推察を述べる。一先ず、その辺りの戦略に関しては本国の専門家達に任せるとして、呼葉はこの後の行動について相談する。


「この先にある領内の街も同じように占拠されてるのよね? ここに呼ぶ本隊とやらが居るくらいだから、結構な規模の軍勢が揃ってると思うし、今の内に叩いておきたいんだけど――」


 聖都に応援を要請した後は直ぐに出発するか、一晩休息をとるか。

 直ぐに出発するとなれば、応援が到着するまでここを護る戦力が必要になるので、兵士隊辺りから何人か残していかなければならない。

 その場合は指揮官を誰にするかなど話し合っていると、保護した村人の代表達数名がやって来て、自分達だけで村の防衛は可能だと申し出た。


「この通り丈夫な砦になっとりますし、若いもんもおりますれば……」


 呼葉が消し飛ばした正門も、修繕用の資材と予備の門を使えば直ぐに修理可能。

 今回の解放騒ぎの間に哨戒等で砦村の外に出ていた魔族軍部隊が居たとして、呼葉達が出発した後でその部隊等が戻って来ても、少数部隊くらいなら村人達で対処出来ると。

 それに、ここを支配していた魔族軍が慌てて撤退して行った為、彼等が持ち込んだ兵糧の備蓄や装備の類なども結構残っているのだとか。


「んー、分かった。じゃあ村長さん達? に後は任せるね」


 撤退した魔族軍の指揮官に負けず劣らず、迅速な決断を下した呼葉は、広場の陣地を引き払って聖女部隊に出撃を指示した。


「うひぁ~、こりゃせわしねぇ」

「この先の戦闘は規模がちょっと大きくなると思うから、パークスさんよろしくね」


 張ったばかりの野営テントをバタバタと片付けながら苦笑気味に呟くパークスを、呼葉が励ます。


「おう! 任せとけっ」

「祝福の効果で疲れ知らずだもんな!」


 頼もしく応えるパークスと傭兵部隊の面々。粛々と準備を整える兵士隊も気合十分で、聖女部隊の士気は高い。随行員も炊き出しの鍋や食器、テーブルなどを片付けて既に馬車で待機している。

 通常なら、料理人や給仕役の使用人など、部隊の世話係である非戦闘員は置いていくところだが、祝福効果で丸ごと全て強化される聖女部隊は、ただの非力な給仕でも熟練兵並みの戦闘力を有する。戦闘には参加しないが、足手まといになる心配は無い。


「出発!」


 修理中の正門を潜って街道に出た聖女部隊は、国境方面に進路をとると、初めから祝福効果を利かせた全力走行で街道を駆け抜けて行く。


 しばらくして、撤退中の魔族軍を発見した。


「前方に土煙! 多数の騎獣を確認!」

「よし、追い付いた」


 呼葉はこのまま距離を保ちつつ追跡するよう指示を出した。




 一方、中継基地砦を脱出した魔族軍の指揮官は、砦にやって来た件の馬車隊が全車で追って来ているとの報告を受けて狼狽する。


「嘘だろおい!」

「こちらには足の遅い輸送車両があるとはいえ、撤退してからかなりの時間が経つのに……」


 やはり異常な足の速さが気に掛かるとする補佐官は、このままあの馬車隊を引き連れて駐留拠点の街まで退いても大丈夫だろうかと迷う指揮官に進言した。


サイエスガウル聖都からの情報が途絶えている今、我々の密偵も向こうの協力者も摘発されたものと考えるべきでしょう。となれば、駐留拠点の情報も把握されている可能性があります」

「まあ、そうかもしれんな……?」

「ですので、ここは駐留拠点の街近くまで誘き寄せ、駐留軍本隊と協力して叩くべきかと」


 精鋭レーゼム隊を退けた噂の聖女を討伐すれば、中継基地砦の陥落も帳消しにしてお釣りが来るという補佐官の進言に、指揮官は考える。


 確かに今、適度な距離を維持しながら追跡してくる異常な部隊は、強力な攻撃手段を持っているが数は決して多くない。オーヴィスに侵攻する目的で集結している駐留拠点の本隊で包囲すれば、殲滅は容易とも思えた。

 会戦規模の大軍勢の中に在れば相当に厄介な部隊になりそうだが、少数部隊単隊で行動している今が最大の攻撃チャンスかもしれない。


「よし、その方針でいくか。拠点の駐留軍に連絡を」


 中継基地砦を指揮していた部隊から連絡を受けた駐留拠点の街では、伝令が慌ただしく走り回り、休暇中の兵士達にも召集が掛けられていた。


「急げ! 他の奴等はもう整列してるぞ」

「まったく、せっかくの休暇だったのに何だってんだ」

「ただの敵襲じゃないらしいな」

「まさか抜き打ちの訓練じゃないよな?」


 ぼやきながら自分の所属する部隊に走る兵士達は、突然の非常招集を訝しむ。そうして集まった各部隊長達に、駐留軍司令部から現状の説明がなされた。

 最近魔族軍の中で噂になっている人類軍の最終兵器、古の伝説に謳われる『聖女』が率いると思しき部隊が迫っている。これに対抗すべく、急遽迎撃態勢を整えるのだと。


「マジか、あのレーゼム隊を破ったっていう……」

「眉唾じゃないのか? パルマムを取られてから『聖女』と交戦したって話は聞かないし」


 最前線の兵士達の間では『聖女』の存在は未だ半信半疑という認識が大勢を占めている。

 それというのも、駐留拠点になる筈だったパルマムの街が奪還されて以降、『聖女』を前線で見たという報告が全く上がらなかったからだ。

 オーヴィス国内ではその戦果が大々的に喧伝されている、という内容は伝わっていたが、戦場で存在が確認出来ないとなると、ただの欺瞞情報である可能性をまず疑う。


「今日、中継基地がその『聖女』に襲撃を受けたって話だ。今も追撃を受けながら撤退中らしい」

「へぇ~、それで迎撃に全軍ぶつける訳か。上は本気だな」

「ああ、本当にそれがレーゼム隊の言う『聖女』だった場合、うちの大将らは昇進間違いなしだ」


 本国ヒルキエラに『例の聖女』と交戦する旨を伝えた駐留軍は、各種部隊を街の外に展開する。オーヴィスの聖都を包囲する為に集めている全兵力の五分の一程度だが、それでも2000人規模の魔族軍正規兵が布陣する様は壮観であった。


「来たぞ! 友軍部隊の後方にオーヴィス軍部隊の車列確認!」

「全軍、迎撃態勢! 友軍を援護せよ!」


 南に延びる街道の先より、土煙を上げながら撤退して来る中継基地砦の指揮部隊。

 その後方に迫るオーヴィス軍の旗を掲げた馬車隊の姿を、迎撃態勢で待ち構える魔族軍駐留部隊の全軍が捉えた。


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