第五十一話:廃村の砦
遠征訓練に出発して三日目。
オーヴィス領内の街道にて、魔族軍の関所施設を発見した聖女部隊はこれを制圧。道中の集落で得た情報を元に、領内の街や村を占拠していると思われる魔族軍駐留部隊を叩くべく出撃する。
関所施設の周辺には、ここに配備されていた魔族軍部隊が聖女部隊に制圧される前に、緊急事態を報せる狼煙を上げた為、近場で作戦行動中だった斥候部隊が状況の確認に集まって来ている。
「正面突破! 怯むな! 俺達には聖女の祝福の恩恵がある!」
「斬り込みは傭兵部隊に任せる! 兵士隊は左右と後方に展開! 随行員の馬車には騎馬と弓隊を付けよ!」
パークス傭兵隊長の号令とクラード将軍の全隊指揮により、街道上と左右の森に陣を敷いていた魔族軍の少数部隊と交戦しながらの強行出撃となった。
呼葉の構想を実現するべく編制された聖女部隊は、元々遊撃の連戦を想定しており、祝福効果も相まって怒涛の勢いで敵部隊を蹴散らしつつ街道を北上していく。
「前方! 敵騎獣部隊!」
「撤退中の斥候部隊ね、このままつかず離れずで追跡して」
魔狼に騎乗した小鬼型が八騎と、それらを引き連れた魔族軍の騎兵の背中が見えた。
軽量な斥候装備で駆ける騎兵よりも、祝福効果の乗った聖女部隊の馬車隊の方が速いので、追い抜かないように減速する。
何故追い付かれたのかと、慌てたように速度を上げる魔族軍の騎兵に合わせて一定の距離を保つ聖女部隊。
そのうち、後方から関所施設周辺に展開していた部隊の残党が追って来たので、弓隊でちまちま射り崩していく。
「後方の敵部隊、殲滅!」
戦況報告を受けた呼葉が、馬車の窓から後方を確認する。同じく反対側の窓から顔を出していたソルブライトが、懸念するように呟いた。
「何騎か討ち漏らしが居るみてーだが……」
「聖都に現状報告はしてありますので、あの関所施設が再利用される事は防げるでしょう」
彼の懸念に対し、北の街道に軍部隊を向かわせるよう応援要請も出してあるとザナムが答えた。関所施設を発見して呼葉が攻撃命令を出している時には、既に通信魔導具を起動していたらしい。
「流石ザナムさん、仕事が速い」
「ふふ、コノハ嬢が快適に動けるよう、努力は惜しみませんよ」
以前は、とにかく呼葉に無理をさせないようにと、過保護な体制に囲う事を考えていたザナム。
だが、ただ護られる事をよしとせず、どんどん前に出て行動する呼葉に聖女としての覚悟を感じ、呼葉が何を望んでいるのか、呼葉にとっての最善とは何かを今一度よく検討し、考えを改めた。
今は、呼葉の意を酌み、彼女が聖女として動き易いようサポートする事に尽力していた。
「前方に砦! 多数の敵影確認!」
十メートルほど前方を走る騎獣部隊の向かう先に、木製の柵やスパイクバリケードで固められた高い囲いが見えた。まだ作られたばかりらしく、新しい木材で出来た見張り台の櫓も立っている。どうやら占拠された村跡が砦に改装されているようだ。
「全軍停――」
「速度を上げてこのまま突撃!」
クラード将軍が停車命令を出す前に、呼葉が突撃を指示する。
「いやっはー! そうこなくちゃなぁ!」
「やってやんぜー!」
やる気十分な傭兵部隊に斬り込みを任せて、馬車の屋根に上った呼葉は、宝珠の魔弓を構えた。高い櫓や囲いの上に見える弓兵と、移動出来るようになっているらしいスパイクバリケードの傍にいる工兵を狙い撃ちにする。
「射貫け!」
魔力で生成される何重にも凝縮された光の矢が放たれると、幾筋もの軌跡を描きながら砦化した村跡の上空より雨の様に降り注ぐ。この一撃で、正面から迎撃されそうな脅威はほぼ排除出来た。
前方を行く騎獣部隊は門を潜って村跡内に入ろうとしている。速度を上げた聖女部隊は騎獣部隊との距離を一気に縮めており、そのまま追い付いて
魔弓を仕舞って宝杖に持ち替えた呼葉は、巨大火炎球を作り出す。門が閉じられる前に、諸共吹き飛ばしてしまう事にした。
今なら、もし村人などの捕虜が居ても、人質として盾に使われる心配もない。
騎獣部隊が門を駆け抜けると、丸太を何本も並べて繋げたイカダのような丈夫そうな門扉が、蓋をするように下ろされる。そこへ、呼葉が放った特大火炎弾が着弾、爆発した。
――少し前。
魔族軍の基地指揮官は困惑していた。オーヴィス領内に中継基地を設けるべく、村落を襲撃して占拠した後、捕虜にした村人を労働力に使って速やかに村を砦に改装。
ようやく全ての作業が終わり、同じく後方で占拠して駐留拠点にしているオーヴィスの国境付近の街から、進軍する本隊の受け入れ準備が整ったばかりだった。
ここ数日、聖都周辺に放たれた斥候部隊が戻らないという報告を受けており、偵察専門の部隊を集めて探りに向かわせようとしていたところ、街道の関所から非常事態を報せる狼煙が上がった。
それから一刻もしない内に、偵察部隊の伝令班を追い掛けるようにして、オーヴィス軍と思しき部隊の車列が現れた。
「関所を襲った部隊だと思うか?」
「いえ、距離を考えると早過ぎます」
指揮官の問いに、補佐官は関所を攻撃した部隊とは違う別動隊の可能性を挙げた。
斥候部隊が戻らないという報告が上がり始める前、聖都に潜入中の密偵から『聖都内で大きな動きがあり、上流層を中心に粛清が起きている』という情報がもたらされていたと聞く。
今は聖都内の密偵とも連絡が取れなくなっており、もしかしたら大規模な対魔族反攻作戦が進行しているのではないかという上層部の分析もあるらしい。
「関所の狼煙とあの部隊は、敵の大規模作戦の先鋒かもしれんという事か」
「小官はそのように愚考します。駐留拠点に応援要請を出しておきましょう」
その時、オーヴィス軍と思われる件の車列――十台規模の馬車隊が、信じられないような加速で伝令班との距離を詰め始めた。
「おい、追い付かれるぞ」
「奇妙ですね……移動補佐や馬の強化魔法を使っている様子は見えませんが、あの速度は……」
偵察部隊の伝令班が駆る魔狼の騎獣は、通常の馬に比べて足が速く体力も高い。積載量は極端に少なく荷物を運ぶ事は苦手だが、かなりの長距離を休まず走り続ける事が出来る。
馬よりも速い騎獣部隊に、馬に引かれる馬車隊が追い付ける筈がないのだ。そんな異常な加速を見せた馬車隊から、さらに唖然とするような攻撃が放たれた。
車列の中ほどで小柄な人影が馬車の屋根に上がり、弓を構えたかと思えば、光が凝縮されて輝き始め、空に撃ち放たれたそれは無数の光の矢となって砦前に降り注いだ。
その一撃で、砦の正面を護っていた工兵や弓兵が一網打尽にされた。
「なんだっ 今のは!」
「魔法の矢にしては多過ぎ――あっ! もしや、先日の通達にあったオーヴィスの聖女では!?」
「聖女? あの精鋭レーゼム部隊を撤退させ、パルマムを奪還したという人族の最終兵器か?」
クレアデスを制圧し、オーヴィス攻略の前線基地として戦力を集中させる予定だったパルマムの街が奪還されてしまい、侵攻作戦の計画に大きな支障をきたしたとして、パルマム駐留軍の指揮官だったレーゼム隊長は本国ヒルキエラに呼び戻されている。
常に有利な戦況だったにも関わらず、突然全軍撤退して街を明け渡すに至った理由と経緯の説明を命じられた彼は、報告の中で『伝説の存在と対峙した』という内容を語ったらしい。そしてその危険性故に、情報を持ち帰る事を優先する判断を下したとの説明がなされた。
レーゼム隊長が語った聖女という存在に関しては当初、魔族軍の中では半信半疑な扱いだった。が、オーヴィスに送り込んだ密偵や協力者達(こちらの息が掛かった有力貴族)からもその存在に関する報告が上がるようになった。
精査された情報から『聖女召喚の儀式』が行われた事が確認され、レーゼム隊長の報告は事実であると認定された。そうして先日『オーヴィスの聖女』という存在が全軍に通達されたのだ。
そんな伝説の最終兵器が、今まさに自分の指揮する中継基地砦に迫っている――というか既に攻撃された。
(噂では、あの負け無しだったレーゼム隊を殆ど聖女一人で退けたとか聞くな……撤退するか?)
ここを退けば、後方の駐留拠点にしている街まであまり距離が無いので、オーヴィス側にこちらの動きを気取られる可能性が高い。今はまだ魔族軍の支配下にあるクレアデス領に戦力を集中している最中なのだ。
「退くにしても、足止めと戦力分析くらいは必要か」
「我が軍の精鋭部隊が、拠点を放棄して撤退するくらいですからね……」
指揮官の呟きの意味を正確に拾った補佐官が同意する。先程の魔法の矢のような必中攻撃を、あの量で連続して放たれると中々に厳しい。
そうこうしている内に、騎獣部隊が門を潜った。聖女が率いていると思われる馬車隊はもう直ぐそこまで迫っている。
速度を落とす気配が無い事から、このまま騎獣部隊と縺れ合いながら突入する算段だったのかもしれない。
幸いにも、騎獣部隊はギリギリ追い付かれる前に帰還出来た。
「直ぐに門を下ろせ!」
一先ず立ち往生させてしまえば時間は稼げる。先程の無数の魔法の矢による攻撃で、正面を護る部隊が壊滅して迎撃手段が無い。
早急に弓兵を集めつつ、防壁の内側からの投石攻撃を準備させようとしたその時、聖女の馬車隊から巨大な火炎弾が飛んで来て大爆発を起こし、門の周辺が集めていた部隊ごと吹き飛んだ。
丸太を合わせた急造の木製とはいえ、門には耐久強化の魔術処理も施されていた。にも拘わらず一撃で消し飛ばされた。幾らなんでも威力が高過ぎる。
「あああ駄目だ、撤退! 撤退する!」
「全軍撤退! 駐留拠点まで撤退だ!」
指揮官の決断は早く、中継基地砦の放棄を決めた魔族軍は、聖女部隊が突入してくる前に撤退を始めるのだった。
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