第四十話:クレアデス諸侯
夕刻。
アルスバルト王子との会談に臨むべく、再び離宮群にやって来た呼葉とソルブライト。出迎えた案内人に従い、朝方にも訪れた離宮の奥へと進んで行く。
やがて、大きな扉が見える広間に到着した。そこにはアガーシャ騎士団とは別の、クレアデスに所属する兵士らしき甲冑装備の警備兵と、執事風の使用人達が数人並んでいる。
案内人はここで一旦立ち止まったが、呼葉はそのまま扉前に進んで行く。すると、執事風の男性が歩み出て来て一礼しつつ、告げた。
「失礼します。この先は武装を許可しておりませんので、武器をお預かりします」
「お断りします」
申し出をキッパリ断る呼葉に、執事風の男性は戸惑いを浮かべると、付き添いのソルブライトに顔を向けた。
何とかして欲しいという事なのであろうが、ソルブライトに呼葉の猛進は止められない。内心、止める気も無かった。
呼葉の
多少形骸化している部分はあるものの、オーヴィスが公式に認める聖女がオーヴィス国内で外国の要人に会うのに、武装解除を求めるなど、本来は不敬を窘められるところであった。
「扉、開けてくれないなら勝手に開けるわよ?」
このままお見合いしていても仕方なしと、呼葉が大扉に向かって踏み出すと、執事風の男性は慌てたように押し止めようとする。
「お、お待ちください! それは困ります」
呼葉の前に立ち塞がった執事風の男性は、そのまま扉脇を護る甲冑装備の警備兵に視線をやった。二人の警備兵が動き出そうとした時、成り行きを見守っていたソルブライトが警告する。
「やめておけ。我が国の離宮内で他国の兵士が聖女様に刃を向けるなら――終わるぞ?」
意味と己が立場をよく考えろと促すソルブライトの警告に、クレアデスの兵士と執事風の男性が動きを止める。その時、大扉が内側から開いて、呼葉達の見知った人物が現れた。
「何事だ!」
「く、クレイウッド殿?」
会議の席でアルスバルト王子の傍に就いている筈のクレイウッド団長が顔を出した事に、警備兵と執事風の男性は困惑した表情で振り返った。
クレイウッド団長は、彼等と向かい合っている呼葉と六神官のソルブライトの姿を見て察した。扉の前を護っていたのは今日の会議に出席する軍閥貴族の、派閥に属する子飼いの貴族の手の者で、ほぼ私兵である。
(……大方、会議に入る前にマウントを取って、主導権を握ろうと考えたのだろうな)
内心で溜め息を吐く彼――クレイウッド団長がこのタイミングで現れたのは、いきなり身体能力が向上するという覚えのある感覚に、異変を感じ取ったからだ。近くに呼葉が来ている事を察知し、扉前から不穏な気配を感じて様子を見に顔を出した。
そこでこの状況を見て、何があったのか大方読み取った。
「貴殿等は我がクレアデスとアルスバルト王子の顔に泥を塗る気か! コノハ殿、救国の六神官殿、我々の使いの者が大変失礼を致しました」
執事風の男性と警備兵を叱責して、呼葉達に頭を下げるクレイウッド団長。彼にこっそり祝福を送って扉前のトラブルを知らせた呼葉は、軽く手を振って謝罪に応えた。
クレイウッド団長の先導で扉を潜った呼葉は、廊下を進んで部屋に入った瞬間、自分に向けられる視線の性質を量り、居並ぶ紳士達の表情を観察する。
(さて、誰の仕業かな?)
向かい合わせに並んだ長テーブルの片側にずらりと顔を揃えるクレアデスの軍閥貴族達。
呼葉が完全武装の姿で現れた事に、驚いた表情や呆れた表情を浮かべた者は、概ね普通の反応と言えるが、その中に苦虫を噛み潰したような表情を見せた紳士が居た。
(あからさまだなぁ)
とりあえず気になる反応を示した数人の顔を覚えた呼葉は、部屋の最奥正面に座るアルスバルト王子に目を向けた。
「久しいな、聖女殿」
「呼葉とお呼びください王子殿下。この度は急な会談に応じてくださり、ありがとうございます」
向こうから声を掛けて来たので、ひとまず無難な挨拶をしてアルスバルト王子との距離感を確かめておく。
パルマム奪還戦で見た王子の雰囲気は、どちらかと言えば好意的な印象だった。王子は、呼葉の挨拶の口上に若干疑問符を浮かべる様な顔を見せたが、特に何を言うでもなく頷いた。
クレイウッド団長が王子の後ろに立ち、呼葉とソルブライトはクレアデス貴族達の対面に着く。
「では、これよりクレアデス解放軍の編成と運用に関する会議を始めたいと思います」
進行役の男性が宣言するも、呼葉が直ぐに手を挙げて訂正を申し出る。
「今日の会談は私が殿下に人材貸与のお願いと提案をする為に開いて頂いたものの筈ですが?」
冒頭からガッツリ斬り込んで来るとは思わなかったのであろう、居並ぶクレアデスの軍閥貴族達が一瞬目を瞠って固まる。
進行役の男性は何も知らされていなかったのか、呼葉と貴族達に視線を彷徨わせながらオロオロしている。
この時、呼葉はちらりと王子の様子を確認し、後ろのクレイウッド団長が困惑している事から、軍閥貴族側の思惑と王子やクレイウッド団長の立場を大体把握した。
今回の集まりを『呼葉とアルスバルト王子の会談』ではなく『クレアデス解放軍に関する会議』としたのは、軍閥貴族達の意向だろう。そして呼葉にその事を知らせず、王子との会談を容認するとだけ伝えてこの場に呼んだ。
(多分、会議の中で解放軍編制を推進しまくって、こっちの要請を潰すつもりだったのね)
王子との会談は、会議のオマケ程度に組み込まれていた可能性がある。そんな推察をしていると、アルスバルト王子が軍閥貴族達に向けて問い掛けた。
「どういう事だ? 余は会議の席に聖女殿を招いたとしか聞いていないが?」
問われた貴族達が互いに顔を見合わせ、答えに窮している中で、件の苦虫顔の紳士が答えた。
「王子よ、この件に関しましては、どうやら行き違いがあったようです」
「ほう? 説明せよ」
促された紳士の説明によると、クレイウッド団長から聞いた聖女コノハの提案は、クレアデス解放軍編制の指針にも大きく関わる内容と受け止めた。
なので、まずはその会議に招いて解放軍編制の意義を理解してもらい、その後、王子も交えた話し合いの席を設ける段取りだった――との事。
概ね、呼葉が推察した通りの思惑だったようだ。
王子やクレイウッド団長には、先程王子自身が言っていたように『聖女を会議に招いた』としか伝えていなかったのだろう。
最初の挨拶の時に王子が疑問符を浮かべた様な顔を見せた理由が分かったと、呼葉は内心で納得しながら、この後の流れを予想しつつ苦虫紳士の
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