第三十九話:不穏な動き
離宮から大神殿に帰って来た呼葉は、自室前でソルブライトと別れる。
「じゃあ、また夕方か夜にでも。向こうの準備が整ったらよろしくね」
「ああ、分かった。査問会は五日後くらいに予定してるそうだが……」
「そっちは全部皆に任せるよ。私の専門は外で戦う事だから」
「……」
理詰めで喧々諤々やれるほどの知識を有していないので、下手に参加すると余計な言質など取られ兼ねないと言う呼葉に、ソルブライトは何とも複雑な表情を見せた。
結局、昼前の離宮訪問ではアルスバルト王子に面会も出来なかったが、クレイウッド団長に託した会談要請は通るだろうと呼葉は予想している。
「さて、ここからは速攻で進めなくちゃね」
呼葉が査問会をパスする理由は、ソルブライトに話した内容も事実だが、本命は別に狙いがある。五十年後の未来で半年間の修行をしていた頃、老いた六神官達から聞いた、人類は如何にして敗北したかという話の中で、味方の裏切りという要素が結構印象深かった。
足の引っ張り合いも立派な利敵行為として戦犯要素に数えられるが、敵方に通じていた等と言う一切の擁護もしようのない裏切り行為が、魔族軍との戦いの要所で散見されたという。
名前や役職など正確な情報は判明していないが、いずれも聖都で高い身分にある者だったらしいという事は分かっている。その裏切り行為には、何時、どの段階で手を染めたのかは分からない。
今現在、既に魔族軍に通じている者がいるかもしれないし、もう少し状況が悪化してから、そのように動いてしまうのかもしれない。
ベセスホードで『人類への反逆者と見做す』という強い言葉を使ったのは、これから裏切り行為を働くかもしれない相手に向けた、警告という意味合いもあった。
一つだけ手掛かりというか、あの廃都の神殿跡でソルブライト爺さんが零した一言に――
『査問会でもとかく弁の立つ奴でなぁ。状況証拠から真っ黒にも拘わらず、お咎め無しじゃった』
という内容があった。恐らく、そういう根回しや駆け引きが得意な人物なのだろう。故に、呼葉は今回の査問会で、今現在か、もしくは少し未来の諸悪が糾弾される事を期待していない。
査問会をガンガン開いて貰うのは、そうする事で根回しや駆け引きの上手な『裏切り者の候補』となる人物を保身に走らせ、査問会対策で釘付けにする事。
その隙に、対魔族軍戦略をどんどん進めて実行に移してしまう。魔族軍に流せるだけの情報を得る前に動き出す事で、内通による利敵効果を限りなく削り落とすのだ。
この策を成功させるには、とにかく速さが重要になる。ノンビリ作戦を立案して会議に掛けて、しっかり準備してイザ出発――などというチンタラした工程を踏んでいては、確実に妨害をされるだろうし、魔族側に情報が流れて対策もされる。
自室に入った呼葉は、徐に呟く。
「シド君、居る?」
「ん」
宝珠の外套の隠密効果を解いて姿を現すシド。示し合わせていた通り、シドは朝からネスに案内を受けた後、聖都に潜む穏健派魔族組織『縁合』に接触して連絡を取り付けていた。
「どうだった?」
「今はベセスホードのメンバーからの連絡待ち。協力はしてくれそう」
「そっか。それで、使えそうな人達だった?」
「微妙」
シド少年による目利きでは微妙判定らしい。ただしそれは、聖都グループの中に一人、怪しい者が居るからだという。シドが彼等と接触し、ベセスホードのグループと聖女が協力関係を結んだ事を話した時、その場に居合わせた聖都グループのメンバーは皆期待に胸を弾ませている様子だった。が、一人だけ喜ぶ『演技』をしていたそうな。
「その人だけ焦ってる感じだった」
「ふむふむ」
まずは
昼過ぎ。呼葉が食堂で六神官達と昼食をとっていたところへ、離宮から使いの者がやって来た。午後からのアルスバルト王子との会談要請が通ったようだ。
「クレアデス側からは何と?」
「王子様との会談を
ザナムの問い掛けに、呼葉は託された手紙をひらりと翳して答える。すると、その内容を読み取ったソルブライトが眉を顰めた。
「随分と上から目線な物言いだな」
「ああ然り然り、これは確かに不躾な表現がちらほらり」
彼と並んで文面を流し見したルーベリットも、独特な言い回しで苦言を呈する。
手紙には、先のパルマム奪還戦で活躍し、王子を救った功績を称えて特別に応じてやる的な文章で綴られていた。
クレアデスから落ち延びて来た貴族達を今も賓客扱いで滞在させて、国の復興にも助力しているオーヴィスの、超重要人物でもある『聖女コノハ』を侮るような対応に、皆が憤りを露にする。
そんなアレクトール達六神官を宥めながら、呼葉は肩を竦めて言う。
「こっちの要求が通せるなら何でもいいわ。どうせ私の作戦が動き出したら、後で顔合わせる機会も無いだろうし」
スープを飲み干して席を立った呼葉は、出掛ける準備をすると言って食堂を後にした。同行する予定のソルブライトは、齧っていたパンの残りを慌てて咀嚼するのだった。
自室で何時もの完全武装に着替えた呼葉が部屋を出たところへ、シドがスッと姿を現した。廊下に控えていた使用人さんが「ひえっ」と驚いている様子に苦笑しつつシドに問い掛ける。
「何か分かった?」
「上流層の屋敷に出入りしてた。侵入は困難」
シドには聖都に潜む『縁合』グループとの連絡役を任せているが、その中で一人、反応が怪しかったメンバーの動向を探らせていた。
朝の報告の後からずっと件のメンバーを尾行していたシドは、その人物が聖都の上流区の屋敷に入って行ったのを確認したという。
身分はお抱えの商人といった風体で、既に何度も訪れている様子だったそうな。
「ふむふむ、それで?」
「他のメンバーに確認したけど、把握している人は居なかった」
皆、寝耳に水な反応だったらしい。
「という事は、その人の独断ね?」
呼葉は引き続きその人物の動向監視と、他のメンバーにも協力してもらう事でその人物が接触している上流層の相手の事も探るよう指示した。
「一応、聖都に居る間は祝福が届くよう意識しておくけど、何時どんな拍子に外れるか分からないから、無理はしないようにね」
「ん」
目視していない状態で特定の相手に聖女の祝福を送り続けるのは、呼葉もあまり経験が無いので、慎重な行動を促して送り出した。
聖女の祝福効果で各種能力が飛躍的に上がったシドは、外套の隠密効果で姿を消しつつ出掛けて行った。近くで待機中の使用人さんが、やはり「ひえっ」となっていた。
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