第二十七話:汚職の黒幕



 宿に帰って来た呼葉達一行。神殿前の騒ぎは従業員達にも伝わっており、彼等は今日の昼頃までに比べて若干の緊張が見られた。

 聖女と言う触れ込みで宿泊していた聖都の神殿関係者――という認識から、本物の聖女様伝説の存在をお迎えしているという実感が伴った為らしい。

 やはり群衆が一斉に傅く光景はインパクトがあったようだ。一旦自室に戻って直ぐ、呼葉は行動を開始する。


「今度は神殿の様子を探って来るから、部屋に誰も近寄らせないようにしておいてね」

「わかりました。お気をつけて」


 アレクトール達に留守を任せ、宝珠の外套で姿を隠した呼葉は、宿の従業員が忙しく行き来する廊下を避けて裏口付近の廊下の窓から外に出ると、直ぐ隣に立つ神殿に向かった。


 神殿の正面には相変わらず大勢の人だかりが出来ているので、裏口から入る。扉はしっかり施錠されていたが、開錠の魔術であっさりと開いた。こういった技術は、廃都生活で一通り学んでいる。


(こういう魔術とかって、元の世界に還っても使えるのかな?)


 そんな埒も無い事を考えつつ、神殿内に侵入した呼葉はイスカル神官長の姿を探して建物内を進んで行く。

 やがて二階の奥に重厚そうな装飾付きの扉を見つけたので、近くに寄って中の様子を探ると――


「中央の若造めらがっ、まったく忌々しい!」


 そんな、イスカルの吐き捨てるような悪態がくぐもった声で聞こえて来た。


(荒れてる荒れてる)


 部屋の中にはイスカル神官長ともう一人か二人居るようだ。呼葉はそのまま耳をそばだてる。


「例の孤児院には朝方立ち寄ったらしいですな。施設内には入っていないようですが」

「ウィルの奴め、聖女に何か吹き込んだのでは?」


 声の雰囲気から、イスカル神官長と話しているのは壮年か初老くらいの男性と当たりを付ける。彼等は聖女呼葉と孤児院の関係について議論していた。


(なんとなく聞き覚えがあるような……?)


 イスカル神官長は、孤児院のウィル院長が聖女に『聞かれては不味い事』を話したのではないかと疑っているようだ。


「監視の者からは特に怪しい動きはないとの事です」

「ううむ……よし、一度様子を見てこい」

「では――シド」


 孤児院を探れと言うイスカルに、相手の男性は同意するような口調で誰かの名前らしい言葉を呟いた。すると、部屋の中で気配が揺らぐ。

 薄らと存在を感じていた三人目の人物が動いたようだった。呼葉は扉前を離れて廊下の奥へ移動すると、息を潜めて様子を窺う。

 やがて扉が開き、一人の少年が現れた。呼葉やアレクトールと同じ歳くらいに見える少年は、足音も立てずに廊下に踏み出し……ふと、廊下の奥に視線を向ける。


 少年――シドの視界には、少し薄暗い廊下が続いているだけで、特に異常は見当たらない。しかし、彼は廊下の奥に何か違和感を覚えた。

 その時、部屋の中からシドに声が掛かる。


「何をしている。孤児院の院長と、あの魔族親子を探って来るのだ。監視の者からも話を聞け」


 シドが扉前で足を止めていたのを、孤児院で何をすればいいのか分かっていないと考えた彼の主は、そう言って任務を説明する。

 命令を受けたシドは頷くと、廊下の奥の違和感を気にしながらも、そのまま反対側の廊下に駆け出して行った。やはり足音はしない。


(訓練された密偵とかなのかな? 随分若かったけど)


 それを見送った呼葉は、扉が閉じきる前に素早く移動して中を覗き込む。

 美術品でごてごてに飾られた部屋の中には、イスカル神官長と向かい合ってソファーに座る、初老の男性の姿が見えた。


(あ、思い出した。どこかで聞き覚えがあると思ったら、視察した工場の支配人さんだわ)


 工場長のおじさんに施設内を案内されていた時、少しだけ見掛けて挨拶した製造工場の支配人。人の良さそうな穏やかな風貌をした人物だが、どうやら裏では色々とやっていそうな雰囲気だ。


(調べる事が一つ増えたわね。とりあえず、シド君の後を追ってみましょうか)


 イスカル神官長と工場の支配人が悪だくみしているなら、是非とも探っておきたいところだが、今は孤児院の様子を見に行く事にした呼葉は、シド少年の後を追った。



 神殿の地下に下りたシド少年は、隠し通路から神殿脇の路地に出た。彼を尾行する呼葉は、神殿の裏口に近い場所に出た事を確認しつつ、追跡を続ける。


(ここは侵入にも使えそうね)


 入り組んだ路地を駆け抜け、孤児院のある区画までやって来たシドは、孤児院の正面に立つ建物に入って行った。二階建てでこじんまりとした、閑静なたたずまいのお屋敷。

 シドを追って来た呼葉は、少し間をおいて建物内に侵入する。


(多分ここから孤児院を監視してるのね)


 裏口に鍵は掛かっておらず、見張りすら立っていない事を鑑みるに、孤児院の監視業務はあまり重要視されていないのかもしれない。

 二階から話し声が聞こえたので、呼葉はそちらに向かいながら耳をそばだてる。少し柄の悪そうな口調の、男の声だ。


「特に変化はねぇなぁ。今はガキ共も外で遊んでらぁな」

「既定業者以外の人の出入りは」

「ねぇよ、聖女様一行が来た以外は、いつも通りさ」


 その聖女様も入り口で追い返されて、近くの公園で散歩して帰ったと告げる監視役の男は、シドにこの時間外の訪問について逆に訊ねた。


「なんか神殿前で騒ぎがあったって聞いたが?」

「神官長が、聖女様の御付きの神官に叱られた」


 シドが神殿前の一連の出来事を説明すると、男はくつくつと笑いだす。


「そりゃあ直に見てみたかったぜ。ははーん、それでこっちの事がバレたんじゃねーかって心配になった訳か」


 監視役の男と話し終えたシドは、孤児院に行くと言って部屋を出た。呼葉は一定の距離を取りつつその後を追う。


 孤児院にはこっそり近付くのかと思いきや、シドは子供達が遊んでいる正面の広場を堂々と横切っていく。シドに気付いた子供達が声を上げた。


「あー、シドだー!」

「シドー、遊んでー!」


 どうやら子供達とは面識があるらしい。シドがまとわりつく子供達を宥めながら孤児院に入って行くのを見送った呼葉は、朝方に使った廊下側の窓ナッフェの抜け道から建物内に侵入した。


(サラ達とも話すなら、地下室を使うわよね)


 ならば先回りしておこうと、呼葉は院長室に向かうのだった。



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