遅れた救世主【聖女版】

第二十四話：農場視察と呼葉の意向

　その後、宿に戻った呼葉達は、食事の席で昼からの予定に変更を加える旨を話し合った。

　農場の視察にはクラインとネスが同行する手筈だったが、朝方公園で話した内容を六神官全員で共有する為に、皆で揃って視察に赴く方針がとられた。

　農場側への連絡や護衛の確保、馬車の手配などで少々手間は掛かったものの、予定通り農場視察へ出発する。

「さて、じゃあ説明するね」

　現在、呼葉と六神官は二台の馬車に分乗して移動している。呼葉と同乗しているのは、アレクトールとソルブライト、それにルーベリットだ。

　もう一台の馬車では、ザナムがネスとクラインにこの街の神官長が不正を働いている事や、呼葉がそれらを正そうとしている事などを説明していた。

　呼葉が乗る馬車では、アレクトールに説明を受けたソルブライトとルーベリットが、それぞれ唸ったり称賛したりという反応を見せている。

「正直、聖女が首突っ込むような問題じゃねーとは思うがなぁ」

「いやぁ流石はコノハだなぁ。背中や足元も照らしてこそ真の救世（きゅうせい）というものだよ」

　ソルブライトは気が進まなそうにしつつも理解を示し、ルーベリットは独特の感性に乗せた言い回しをするので分かり難いが、呼葉の判断を支持しているようだ。

「さて、ここまでは昼前にアレクトールさんとザナムさんにも話してた事。ここからは更に深刻な内容になるから、心して聞いてね」

　そんな呼葉の言葉に、一緒に説明する役だったアレクトールは少し驚いたような表情を浮かべて、説明を受ける側に立った。

　神官長の不正問題が十分に伝わった後、呼葉は魔族親子の話を切り出した。

「あ、あの孤児院に魔族が潜んでいたのですか!?」

「正確には匿われてるのよ。『睡魔の刻』とかって知らない？」

「確かに、魔族の特性として聞いた事はあるな」

　驚くアレクトール達に呼葉が訊ねると、ソルブライトが魔族に関する知識を学ぶ講習で耳にした事があると答える。

「じゃあ魔族の穏健派については？」

　顔を見合わせたアレクトール、ソルブライト、ルーベリットは、揃って首を振った。彼等の反応から、神殿側では魔族の穏健派の存在については把握していないか、隠蔽していると思われた。

　呼葉は、人類の領域を取り戻して安定した平和を得る為には、魔族の穏健派の協力も必要という考えを示す。

「多分、ルーシェント国の解放までが私達の役割だと思う」

　魔族の領域にまで攻め込むのは戦いを長期化させ、泥沼の滅ぼし合いを延々続ける事にもなり兼ねない。

　魔族側に人類と共存出来る真っ当な指導者を立てて貰い、双方で大きな衝突が起きないよう国交を深めて平和を維持する方向で調整する。それがこの戦争の落としどころという考えを示す呼葉に、ソルブライトが慌てたように待ったをかけた。

「まてまてまて、話が飛躍し過ぎだ！」

「そお？　最終的な目標をハッキリさせといたほうが良いと思うけどなぁ」

「だとしても、この話は我々の領分を越えていますよ」

　アレクトールも、流石に国家の方針に介入するような言動は聊か勇み足が過ぎると諫めようとするが、呼葉は構わず反論する。

「私の存在が既に国の方針に関わってると思うんだけど」

　それも、オーヴィス一国どころか人類の行く末を左右する存在であるという正論。

「アレクトールさん達は、私に人類の先兵であって欲しいわけ？」

　その言葉にハッとなるアレクトール達。この慰問巡行に出る前、呼葉を『戦いの化身にしてはいけない』と決意した。

　呼葉は人類と魔族の戦いの終わらせ方まで考えているのに、自分達がそれを否定してしまっては、ただ人類の剣であり続ける事を望んでいるのと変わりない。

　記録に残されている聖女と国の指導者との軋轢の背景には、そういう意見の食い違い等が原因としてあったのではないか。アレクトールはその事に思い至って沈黙する。

「結局は覚悟の問題かもね」

　アレクトールの葛藤を察したのか、呼葉が一言添えた。

　人類の希望として戦いの最前線に身を置く以上、救世主は単なる旗印としてだけではなく、人類の行く末も見据えて導く存在であらなければならない。

　魔族を人類繁栄の邪魔者として排除するだけでは、確実に将来に遺恨を残す。人類と魔族は未来永劫、滅ぼし合う不幸な関係になってしまう。

　六神官として真に呼葉の助けになるには、呼葉の意向を神殿を通じて王室にまで届かせる事。

「……少し、皆と考えてみます」

「うん、まあその辺は帰ってからだね」

　ネスやクライン、ザナムには帰りの馬車で話す予定と言う呼葉は、今はとりあえず目の前の問題に対処する事を促すと、視察場所である農場に到着した報を受けて馬車を降りた。

　思わず溜め息を吐くアレクトール。本来なら六神官の彼等が先に降りてから、聖女コノハの降車に手を貸す段取りがあるのだが、毎回さっさと降りられてしまうので今更であった。