第二十話:孤児院の秘密




 孤児院の一階裏側の窓から廊下に侵入した呼葉は、姿勢を低くして廊下の傷み具合を確かめつつ耳を澄ませる。すると、玄関の方向からウィル院長とナッフェ少年の会話が聞こえた。

 音を立てず、廊下を滑るように移動した呼葉は、物陰から二人の様子を覗う。


「なあ院長、なんであの人等と話さなかったんだ? 救世主とかいう偉い人らしいから、孤児院の中を見て貰えば色々便宜図って貰えるかもしれないぜ?」

「……なぜ救世主様がここを訪れたのか……それとナッフェ、また院を抜け出してましたね?」


 ウィル院長は聖女一行が訪れた事に戸惑いの表情を浮かべると、ついでナッフェ少年の無断外出に言及した。明後日の方に目を逸らして誤魔化すナッフェ。


「とにかく、サラに話をしないと……」

「サラ?」


 院長の呟きに耳聡く反応したナッフェが、「なんでサラに?」という雰囲気で見上げる。院長はそれには応えず、ナッフェに促した。


「あなたは皆のところに戻って部屋のお片付けをなさい。あと、そんなボロを着て出歩くのもよろしくありません。皆と同じ服があるでしょう?」

「いいんだよ、俺はこの方が動きやすいんだ」


 廊下の陰から二人のやり取りを聞いていた呼葉は、ナッフェが院を抜け出す時、孤児院の子供だと分からないようにワザとボロを纏っていると理解した。

 しかし、ナッフェのランプ泥棒の動機や、院長との会話の冒頭で『偉い人に孤児院の中を見て貰えば、便宜を図って貰えるかも』などという、子供らしからぬ提言を鑑みるに、孤児院の運営が困窮しているのは確かなようだ。


 ナッフェを他の子供達のところへ行かせた院長は廊下を進んでいく。後を付ける呼葉。ナッフェが向かった方からは、子供達の声が聞こえてくる。


「あー、またナッフェがボロいの着てる~」

「お前また勝手に抜け出したな」


 どうやら彼は日常的に孤児院を抜け出しており、他の子供達もその事を把握しているようだ。院長を追って廊下の奥へと進むうち、子供達の声も遠くなる。

 やがて、院長は一番奥の突き当たりにある部屋へと入って行った。少し重厚で雰囲気のある扉のプレートを見るに、ここは院長室のようだ。

 呼葉は音を立てないよう、少しだけ開いた扉の隙間から中を覗き込む。院長は壁際にある大きな本棚の前に立ち、本の一部を押し込む様な動作をした。

 すると何か仕掛けが動いたらしく、本棚が横にずれて隠し通路が現れた。


(おおー、古典的……)


 隠し通路は少し先から地下へと続いているようだ。院長の姿が見えなくなる頃、本棚が元の位置へと動いて戻った。素早く部屋の中に入り込んだ呼葉は、その本棚の前に立つ。


(今動かしても大丈夫かな?)


 耳をそばだてて隠し通路の音を探るが、足音も聞こえない。仕掛け部分を押し込み、本棚をスライドさせる。微かに魔力を感じた。


(この仕掛け、魔法で動いてたのね)


 再び現れた隠し通路に踏み出す。奥の方から微かに人の声が聞こえた。地下へと続く階段に差し掛かったところで、本棚が元の位置に戻った。

 呼葉は宝杖を腰元に構えつつ階段を下りて行く。人の声は話し声のようだ。


(院長と、これは女の人?)


 地下には明かりもあるらしく、階段の先が仄かに照らされているので、その光が届くギリギリの場所に陣取った呼葉は、院長と相手の会話に耳をそばだてた。


「マズい事って、何かあったのですか? もしやまたあの神官長が無理な要求でも?」

「いや、神官長は恐らく絡んでいないと思うが……先程この院に聖女様がやって来られた」

「聖女様――って、人間界の伝説にあるあの聖女様ですか!?」

「ああ、最近召喚されて来た本物らしい。今この街には慰問で訪れているようなのだが」


 いつも街へ抜け出している子供の風貌から、この孤児院が適切に運営されているのか調べに来たように感じたと語るウィル院長に、相手の女性は「ああ……ナッフェ君ね」と息を吐く。


「サラ、ここは危険かもしれない」

「でも……この子はまだ半年は目覚めないわ。ここから動かせない」


 深刻な様子で話し合っている二人の会話に聞き耳を立てていた呼葉は、その内容から彼等の状況を推察するが、いまいち意味が分からない。


(誰かを匿っている? 半年は目覚めない? 聖女が来ると危ない? う~ん……)


 しかし、話の最初にサラと呼ばれた女性が口にした『神官長の無理な要求』というのが気になった。もう少し様子を見ようと考える呼葉だったが、ウィル院長が上に戻ろうとする素振りを見せる。


「とにかく、どこか別の場所に移動出来ないか考えてみる。聖女様が来ている今なら、監視の目も緩んでいるはずだ」

「そうね……私達があいつ等から身を隠せれば、きっと孤児院の補助金にも手を出せなくなる」


 ここの子供達にも、もっとマシな生活をさせてやれるはずだというサラの言葉に、ウィル院長も同意すると、彼は子供達の様子を見て来ると言って出口に歩き出した。


 階段の途中に身を潜めていた呼葉は素早く引き返すと、隠し扉である本棚の裏側までやって来た。宝杖を背中の鞄に挿し、狭い通路に両手と両足を踏ん張って壁を登って行く。

 天井に鞄が当たるところまで登ってそのまま待機。地下から上がって来たウィル院長が、呼葉の真下を通過する。

 やがて、隠し扉の裏側の仕掛けを動かした院長は、部屋の中へと出て行った。


(ふむふむ、出る時はあそこを押せばいいのね)


 本棚がスライドして閉じたのを確認した呼葉は、そっと通路に着地すると――


(さてさて、この孤児院の秘密を見せてもらいましょうかね)


 再び地下への階段を下りて行くのだった。


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