4章 ラッパスイセンのささやき

第1話 ご厚意のおかげで

 年が明けた1月2日。「はなやぎ」は毎年、年末の31日から年をまたいで2日までお正月休みをもらっている。3日が定休日なら1日伸びることになる。


 世都せとりゅうちゃんは、岡町おかまち駅から徒歩数分のマンションで暮らしている。同じマンションの別の部屋だ。「はなやぎ」をオープンするタイミングで越して来たのだ。


 今日は2日なので「はなやぎ」はまだお休みだ。起きたのはいつもの10時だった。朝支度をして朝食の用意。4枚切り食パンにケチャップを塗り、四角いスライスハムとスライスチーズをたっぷり乗せ、トースターに入れた。


 マグカップに浄水器の水を入れてレンジで温くしてから飲み干し、同じマグカップに牛乳を入れてまたレンジに。今度は程よく熱々にする。


 そうして超お手軽ピザトーストとホットミルクの朝食ができあがる。世都は「いただきます」と手を合わせ、さっそくピザトーストに噛り付いた。チーズが良い塩梅に伸びてくれる。


 昨日の元旦は、龍ちゃんとふたりで親戚の家を訪ねていた。母方の親戚はもういないも同然なのだが、父方はお父さんの姉家族が健在なのだ。世都たちの祖父母やそのきょうだいは、ここ数年の間に全員が鬼籍きせきに入っていた。


 お父さんの姉なので、世都たちから見たら伯母おばになる。いとこに当たる子どもはふたり。年齢は世都たちよりいくつか上だ。そして甥っ子姪っ子が総勢5人。


 いとこのひとりは女性で、昨日は婚家の実家に行っていたのだが、もうひとりは男性で、奥さまと娘ふたりを連れて伯母ちゃんの家に来ていた。


 伯母ちゃんは、きっと世都と龍ちゃんに気を使ってくれているのだ。祖父母を全員亡くし、実の両親は世都たちに関心が無い。そんな世都たちに、にぎやかなお正月を過ごして欲しいと。


 世都も龍ちゃんも、伯母ちゃんのその心遣いがありがたかった。伯母ちゃんとお父さんは見た目はともかく性格はまるで似ておらず、お祖母ちゃんがお父さんを甘やかしたこともあってか、伯母ちゃんはしっかり者の人情深い人になった。


 さばさばした、いかにもな「大阪おかん」である。そんな伯母ちゃんが仕切るお家はとても居心地が良く、世都も龍ちゃんも、お正月とお盆休みにお邪魔するのを楽しみにしていた。


 伯母ちゃんが立ち回るお台所仕事を手伝うのは、いとこのまさくんと龍ちゃんだ。


「世都ちゃんもたまにはちゃう人の作ったごはん食べたいやろ。ゆっくりしとき。せやから龍ちゃん手伝ってな」


 何がせやからなのか、と思いつつ、龍ちゃんは楽しそうにお料理や飲み物を運んだりしている。


 伯母ちゃんは身の回りのことすらしない弟、要は世都たちのお父さんを見ながら育ったからか、自分の子どもはきちんとしつけなければと、ずっと思っていたそうだ。


 だからか、昌くんはお台所仕事も手馴れているし、きっと家事や子育ても奥さま、加奈子かなこさんと協力してやっているのだと思う。


 世都は伯母ちゃんたちがてきぱきと動いている間、伯父ちゃんと加奈子さんと一緒に、お先に缶ビールを開けさせてもらっている。姪っ子ふたりはもう中学生なので、世都たちと遊んだりするより、スマートフォンでできることに夢中である。思春期に差し掛かり、難しいお年頃だ。


 そうして大きな卓上に色とりどりのお料理が揃うと、あらためて乾杯をし、団欒だんらんを楽しむのだ。


 お父さんと伯母ちゃん、姉弟でもこんなにも違うのだな、と少し不思議に思う。持って生まれたものもあるのだろうが、きっと育ち方も影響しているのだと思う。


 連れ合いと子どもに恵まれたところは同じなのに、その先の人生が大きく分かたれた。自分勝手にしていたお父さん、そしてお母さんと、家族にきちんと向き合った伯母ちゃん。どちらが幸せなのかは、結局のところ本人次第ではあるのだろう。


 世都と龍ちゃんがこうして伯母ちゃんたちのお家にお邪魔するきっかけになったのは、龍ちゃんがお母さんと別居した年に、世都がもらった1本のメッセージだった。


「あんたら姉弟、お正月とかどうするん?」


 伯母ちゃんは世都がお祖父ちゃんたちとまだ実家で暮らしているときに、節目節目に来ていたので、細々ではあるが繋がりがあったのだ。もしものときはと電話番号やメールアドレス、SNSアカウントの交換もしていた。なので世都たちが実家を出たことも知らせていた。


「龍ちゃんとふたりで年越しすると思います。実家には行かん予定で」


 どちらに行ったところで、溜まった家事や両親のお世話をさせられることは目に見えている。世都も龍ちゃんも両親には自立して欲しかったので、突き放していたのだ。実際世都が実家を出てしばらくはお父さんから「家事しに帰って来い」なんて電話があったりしたのだ。


「ほな、元旦でも2日でもええから、良かったらうちに来ん? 宴会しようや」


 そこで、毎年元旦の、昼下がりあたりの時間帯に、お土産片手にお邪魔する様になったのだ。おかげで毎年、賑やかなお正月を過ごすことができている。


 お祖父ちゃんお祖母ちゃんが健在のときのお正月も楽しくはあった。だが家族が分裂し、その触れ合いは失われた。そして伯母ちゃんの厚意で、世都たちはまたその恩恵を受けることができている。


 それもまた終わる日が来るのかも知れない。だがそのときまで、大事にしたいと思うのだ。

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