第7話 家族という奇跡

 12月が近付き、岡町おかまちもすっかりとクリスマスムードである。そう派手では無いものの、アーケードにはクリスマスにちなんだリースや雪だるまなどがぶら下がっていた。


 週末の18時少し前になり、ふんわりと笑みを浮かべた勝川かつかわさんが顔を覗かせた。


「こんばんは。もういけますか?」


「大丈夫ですよ。いらっしゃいませ」


 世都せとも笑顔で迎える。勝川さんに続いて入って来たのは背の高い女性と、手を繋いだ小さな女の子だった。女性は長いストレートヘアを頭の真ん中あたりでお団子にし、少しつり目がちなところがきりっとした印象を与えた。


 女の子は娘さんだろう。真っ赤なふわふわしたワンピースが華やかだ。きっとお母さまであろう女性の陰に恥ずかしそうに隠れてしまっているが、つぶらな目は好奇心に輝いている。


「奥のソファ席にどうぞ」


 世都が案内すると、勝川さんは「ありがとうございます」と進む。女性と女の子も続いた。


 女性が女の子をいちばん奥に座らせ、自分はその横に。勝川さんは女性の向かいに掛け、空いた席にバッグやコートなどを置いた。


 世都はトレイに温かいおしぼりを乗せて、勝川さんたちの席に向かった。


「いらっしゃいませ」


 置いておいた予約席のプレートを取り上げ、それぞれにおしぼりを渡した。


「ありがとうございます。あの、こちらが私の奥さんで、こっちが娘のココナです。カタカナでココナ」


「勝川の妻です。いつも夫がお世話になっとって、ありがとうございます。ここのお話ようしてくれて、いつか私も来たいて思っとったんです。ほらココナ、お姉さんにこんばんはって」


 ココナちゃんは人見知りもあるのか、奥さまの腰にしがみ付いていたが、世都が腰を曲げて目線を合わせて「ココナちゃん、こんばんは」と挨拶をすると、もじもじしながらも。


「……こんばんは」


 小さな声だったが、返してくれた。世都はにんまりと笑顔を浮かべる。


「ジュースもいろいろあるからね。おばちゃん、今日はフルーツゼリーも作ったんやで。ココナちゃんが好きやったら、おばちゃん嬉しいわ」


 すると勝川さんと奥さまが「ええ!」と慌てる。


「もしかしたらココナが来るからって、用意してくれはったんですか?」


「それもありますけど、たまには締めのスイーツもええかなって思って。フルーツゼリーやったらさっぱり食べていただけますしね。好評やったら通常にしてもええかなぁって思って」


「ココナ、ゼリー欲しい!」


 ココナちゃんはテンションが上がったのか、嬉しそうに身体を跳ねさせた。


「ココナ、スイーツはごはんのあとやで。まずはごはん食べような」


 奥さまが言うと、ココナちゃんは「はーい」と素直におとなしくなった。世都はほっこりとした気持ちになる。


「ほな、ご注文決まったらお声がけくださいね」


 世都は身体をしゃんとさせ、カウンタ内に戻った。カウンタ席もぼちぼちと埋まり、そのうちのひとつは高階たかしなさんだった。サマーゴッデスのハイボールで、ぶり大根と、鶏せせりと白菜のこしょう炒めのお食事を楽しんでいた。


 ぶり大根はぶりとお大根という旬の双璧である。お大根はお米の研ぎ汁で茹でて、が王道ではあるが、「はなやぎ」のお米は無洗米なので、研ぎ汁は出ない。なので代わりに生米そのものを使う。


 今やお料理のアップデートも目覚ましく、お大根は下ごしらえを済ませて一晩冷凍すると、繊維が壊れて味沁みが良くなると知られている。だが世都は基本当日に買い出しと仕込みをするので、それは難しい。グランドメニュー以外はその日買い出しのときに決めるからだ。


 そうして下茹でしたお大根と、お塩で臭み抜きをして、さらに霜降りしたぶりかまと一緒にことことと煮込むのだ。


 お酒、みりん、お砂糖、お醤油が基本の味付けである。ふっくらと、そしてこっくりと味が沁みた滋味じみ深い一品になる。


 こしょう炒めはさっと作る。鶏せせりは細長い身なので、火通りが良い。炒まったら繊維に逆らって細切りにした白菜をざっくりと混ぜ込んで、軽くお塩をし、しんなりしたら日本酒とたっぷり粒こしょうを振る。


 ちなみにせせりの名前の由来は、関西弁かららしい。骨などからお肉をほじることを、関西では方言で「せせる」と言う。そこからこの名になったらしい。それが全国に広がったそうなのだ。


 せせりは弾力があり、あっさりとしながら旨味も詰まっている。それにしゃくっとした旬の甘い白菜が絡んで面白い食感を生み、粒こしょうがアクセントになるのだ。


 勝川さん家族はおしながきを見ながら、楽しそうに話している。そんな仲睦なかむつまじい家族を見ると、世都の心はほんの、ほんの少しだけ痛む。だが微笑ましいとも思う。本当に素敵なことだと、奇跡だと思ってしまうのだった。

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