第4話 突き放すのは

 父方の祖父母も徐々に身体の自由が利かなくなり、高齢者住宅にお世話になろうというころには、世都せとも大人になっていた。


 世都はしばらくお父さんのお世話をしていたが、「これではお父さんのためにならない」と気付いていた。


 お祖母ちゃんは言っていた。自分が甘やかしていたから、お父さんは大人になりきれなかったのだと。離婚して実家に戻って来てからも、お父さんはお祖母ちゃんの子どもであり続けた。世都のお父さんの側面はあまり持ち合わせず、ろくに遊んでもらった記憶も無かった。


 それでもお祖父ちゃんお祖母ちゃんに可愛がられて来たのが幸いして、世都は普通に育つことができた。誰かに試し行動をしようだなんて思わないし、自己肯定感も低くは無い。そう自覚していた。


 世都が就職して数年、ある程度貯金もできたので、お家を出ることを決めた。それをお父さんに告げたとき、言われたのはこれだ。


「何言うてんねん。俺の飯どうすんねん。洗濯とかは」


 その言葉に、世都は心底呆れてしまった。此の期に及んで、お父さんはまだ大人になりきれていなかった。高収入だからお仕事はできるのだろう。だが人間としてはまるで成長できていなかったのだ。


「自分でしぃや。お父さん、いい加減に大人になりぃや」


「俺は大人やろ」


 お父さんはむっとした様だが、世都は構わず続ける。


「ちゃんとした大人は、仕事もちゃんとするんやろうけど、結婚したら連れ合い大事にするし、子ども産まれたら大事にするし、最低限自分のことは自分ですんねん。お父さん仕事しかできてへんやん。介護や介助が必要や無い健常者やのに、フルタイムで働いとる子どもにお世話されて恥ずかしいと思ってや」


 世都はわざと辛辣しんらつに、強く言い放った。


 お父さんはすっかりと機嫌を損ね、部屋にこもってしまった。本当に子どもっぽい。身体だけ、年齢だけ大きくなっても、大人にはなれないのだな、世都はそんなことを思った。


 りゅうちゃんとは時々会っていた。龍ちゃんが小学生になれば、お祖母ちゃんの付き添いが無くてもふたりで会うことができる。双方のお家がそう遠く無かったことが幸いして、まだ小学1年生だった龍ちゃんがひとりでも来られる徒歩圏内の公園で待ち合わせをした。小学3年になっていた世都は、ひとりで電車に乗ることができたのだ。


 やがて龍ちゃんが中学生になり、世都が高校受験を控えていたある日、天王寺のファストフード店で落ち合った。そのころにはふたりとも自分の考えをしっかりと持つ様になっていて、周りを見る目もつちかわれていた。


 食べ盛りの龍ちゃんは一番お手頃なワンコインのバリューセット、世都はオレンジジュースを前に、龍ちゃんに話を聞くと、お母さんもお父さんと似た様なものだった。お祖母ちゃんに手厚くお世話をされ、龍ちゃんに構うこと無くお仕事に邁進まいしんする日々。


 龍ちゃんも向こうのお祖父ちゃんお祖母ちゃんが可愛がってくれていたから、そう寂しさは感じなかったそうだし、お母さんのことは次第に諦める様になったと言った。


「もう母さんは一生あのままやろ。言うたかて祖母ちゃんもいつまでも元気やあらへん。俺は姉ちゃんとの約束もあって祖母ちゃんの手伝いもしてるから家事とか一通りできる様になったけど、このまま大人になっても母さんの世話し続けるとかぞっとするわ。いつかは突き放さなあかんやろ」


「それ、ほんまはお祖母ちゃんの役目やったはずなんやけどなぁ」


「ほんまに」


 もしかしたら、両親より今の自分たちの方が、よほど大人なのでは無いだろうか。そんな考えまで浮かんでしまう。世都も龍ちゃんもまだ働けないから自立はできないものの、家庭環境のせいか、同級生より大人びていた。


 世都がお家を出て数年後、龍ちゃんも向こうのお家を出た。やはりお母さんは渋った様だが、龍ちゃんも世都と似た様なせりふをお母さんに言ったそうだ。そのとき向こうのお祖父ちゃんは病気で鬼籍きせきに入っており、お祖母ちゃんは高齢者住宅に移っていた。


 世都も龍ちゃんも、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが両親から離れたからこそお家を出たのだ。そうで無ければまたお祖母ちゃんの負担が増えるだけだ。お父さんもお母さんも、そういうことを考えたことはあるのだろうか。……無いのだろう。あったらいつまでも踏ん反り返ってはいなかっただろうから。


 世都も龍ちゃんも、この先よほどのことが無ければ両親の手助けをしない、そう決めた。これから歳を重ねて行けば、また問題も出てくるだろうが、元気でいるうちは、自分で自分の面倒を見て欲しい。できないなら家政婦さんにでも来てもらえば良い。もう知ったこっちゃ無い、そんな気持ちもあった。


 世都がひとり暮らしを始めて数年、時折龍ちゃんとは会っていたのだが、ある日、龍ちゃんに話を持ち掛けられた。


「姉ちゃん、飲食店経営に興味あれへん? 俺、やってみたいんやけど」


 そのとき某店のセントラルキッチンに勤めていた世都は、「へ?」と目を丸くした。

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