第3話 子どもたちの存在

 世都せとりゅうちゃんの両親は、世都が小学2年、龍ちゃんが幼稚園年長のときに離婚した。


 両親は日々、喧嘩が絶えなかった。理由は、家事と子育ての押し付け合いからだった。


 ふたりは共働きだったのだが、ふたりともお仕事に重きを置いて、家庭をかえりみることをしなかった。


 世都と龍ちゃんの学校や幼稚園行事も、平日だったらお仕事を優先して来ることは無かったし、お仕事休みの土日に行われる運動会などなら来てはくれたが、他の保護者の様に楽しそうでも熱心でも無かった。渋々だったのだなと思う。


 両親は徹底してお仕事に打ち込んでいた。お陰でお金に困る様なことは無かったと思う。だが参観日に親が来ないのは世都と龍ちゃんぐらいなもので、それで寂しさを感じることはあった。


 幼な子の世間は狭いから、そういう環境に置かれれば、そういうものだと思ってしまう。お仕事終わりの疲れた親に甘えようとしても邪険にされた。今となってはあまり記憶に無い。もしかしたら自分の心を守るために、封印されたのかも知れなかった。


 幸い近くに住む両方の祖父母が健在で、お祖母ちゃんが交代で参観日などに来てくれたり、行事のお弁当を作ってくれたりした。


 実質、要所要所で世都と龍ちゃんに関わってくれたのは、お祖父ちゃんお祖母ちゃんになったのだ。


 しかしそんな目に遭っても、不思議なもので、小さな子は親が大好きだと思ってしまうのだ。まるで刷り込みの様に。


 だが親はろくに構ってくれない。いつだって自分の方がしんどい、忙しいと、押し付け合いの喧嘩を繰り広げる両親。そんなとき、世都と龍ちゃんはどうしていたのだろうか。泣いていたのか、感情を無くしていたのか。それもあまり覚えていない。


 お祖父ちゃんお祖母ちゃんに助けられつつ、どうにか数年は結婚生活を維持していた両親だが、それぞれの親にお世話される楽さにあらためて気付き、離婚に至ってしまったのだ。


 夫婦は合わせ鏡、とは良く言ったもの。両親は相手への思いやりを欠かしたまま、結婚に至ってしまったのだ。きっと、恋を愛だと勘違いして。


 お仕事をする自分が忙しいのだから、相手も忙しいだろう、だから助け合おう。互いにそう思わず、自分の分も相手に押し付ける様になってしまった。


 それでも世都が誕生したのだから、そのころはまだ望みはあったのかも知れない。しかし家事以上に過酷な子育てが必要になって、両親の仲はますます険悪になった。そして容赦無く龍ちゃんも産まれ、両親はますます混迷を極めた。


 世都と龍ちゃんが保育園に入園可能になったらすぐに預け、どちらかが病気などで呼び出しがあっても、行くのはどちらかのお祖母ちゃん。


 そんなことを繰り返していたのだから、それぞれの親にさらに頼りたくなっても無理は無かったのだろう。


 離婚した両親は、それぞれの実家に戻った。家族で住んでいた家は賃貸だったし、財産分与なども問題無く行われたと聞いている。


 世都はお父さんに、龍ちゃんはお母さんに付いて行った。龍ちゃんと離れるのは嫌だったが、ふたり一緒だとどちらかのお祖父ちゃんお祖母ちゃんの負担になってしまう。小さいながらもそれが分かっていたからだ。


「りゅうちゃん、できるかぎり、おばあちゃんのおてつだいをするんやで。おかあさんをまもるんや。あたしもがんばるから」


「うん。ぼく、がんばる」


 世都と龍ちゃんは別れ際、そんな約束をした。


 そうして世都は、父方の祖父母宅での生活が始まったのだが。


 お祖母ちゃんはお父さんに、家事はもちろん身の回りのお世話まで甲斐甲斐しくやっていたのだ。お父さんはそれを当然の様に受け止めている。


 そうか、お父さんはこれをお母さんに求めていたのだな、と思った。それは世都や龍ちゃんが知らなかった、お祖母ちゃんとお父さんという親子の関係性だった。


 龍ちゃんと離れて暮らしていても会えないわけでは無かったから、週末にそれぞれのお祖母ちゃんに連れられて、ファミリーレストランでおやつを食べていたとき、聞いてみた。


「うん。おかあちゃん、なんもせんで。おばあちゃんがなんでもやったげてるんや。ぼくもおてつだいしてるで。おねえちゃんとやくそくしたもんな! えらい?」


 世都は龍ちゃんを褒めつつ、お祖母ちゃんに聞いてみた。どうしてそこまで子に尽くすのかを。


 お祖母ちゃん同士は顔を見合わせ、揃って苦笑いを浮かべた。


「親にとってはねぇ、子どもってほんまに可愛いもんなんよ。なんでもやってあげたなるんよ」


「すっかり甘やかしてしもうてねぇ。娘をちゃんと大人にしてあげられへんかった」


「私もや。息子を大人にできひんかった。そんなふたりが結婚したんやから、巧くやってけるわけあれへんわなぁ」


 親は子が可愛いもの。なら世都と龍ちゃんは、どうしてあんな目に遭っていたのだろうか。龍ちゃんはどうか分からないが、世都には両親に可愛がってもらった記憶が無かった。


「それでもねぇ、世都ちゃん、龍ちゃん、娘たちはねぇ、あんたらが産まれたときは嬉しそうやったんやで。可愛い可愛い言うてねぇ、交互に抱いてねぇ。せやのにねぇ……」


 お祖母ちゃんたちは、また揃ってため息を吐いた。まだ小学生だった世都に、大人の事情も心の機微きびも分からない。可愛いと思いつつも、自分たちがやりたいことに、子どもである世都と龍ちゃんが邪魔だったのだろうか。それならなぜ産んだのだろうか。まだ子どもだった世都には不思議でならなかった。

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