【1話完結】いつまでも

ふつうのひと

荒廃した世界で

とうとうこの世界は、突然の感染症蔓延により、人類は大幅に減少し、荒廃した世界となった。


そんな世界になっても必死に生き続ける2人の女性がいた。


1人はベッドに横たわっており、もう1人はベッド付近のパイプ椅子に座り、ベッドに横たわっている女性を心配そうに眺めている。


ベッドに寝たきりとなっている女性は、感染症に見舞われ、既に助からない状況にまで病気は進行していた。勿論、この世界に医者なんてものは殆どいなくなっており、感染症の危険さを感知して海外の安全な場所へ逃げ出したか、日本のどこかで今も医療活動を行っているかのどちらかである。


「ごめんね、優希。」


1人の女性は、ベッドに横たわる女性に話しかける。優希という女性は無反応で、パイプ椅子に座っている女性の言葉には反応せずに眠っている。


「もうすぐ、救助隊が来てくれるって。助かるんだよ?ねぇ、嬉しいでしょ.....」

安堵感からか、自然とパイプ椅子に座っている女性の目から大粒の涙が溢れる。


「もうすぐって、いつなんだろう...」


"もうすぐ"の日々を、ずっと待ち続ける。いつか、救われる日まで。ずっと。


​──────────────────────

1日。


「ねぇ、佳奈子。あなたは、ここにいるべきじゃないと思う」


ぐったりと衰弱した優希は、パイプ椅子に座っている佳奈子に掠れた声で話しかける。優希は、感染症の進行により、既に体のどこも動かせなくなっていた。


「そんな事言わないで。私は優希と一緒にいるって決めたの」


佳奈子は、優希に力強くそう言う。佳奈子は、日々優希の世話や、排泄管理などにより疲れ果てているのか、目の元に隈を浮かべて元気のなさそうな顔をしている。


「でもね、いくら佳奈子は特別な体で感染症にもかからないと言っても、いつかかかるかもしれないし.....それに、私といると、疲れるでしょう?」


「疲れてないよ。優希にはそんな風に言って欲しくないな」


佳奈子は、優希に対してさっきよりも少し弱々しく反論する。いつ優希が死んでしまうのかわからない状態で、佳奈子は健気に優希の介護を続けている。来るかも分からない救助を信じて焚き木を上げ続け、地面にSOSの文字を大きく書き起す。


「ごめんね、私はもう長くないから...」


「...それ、3日前も言ってたよね?」


佳奈子の言葉に対し、優希は力なく笑い、元気づけられる。優希にとって、加奈子の存在は大きく、かなり助けられている。佳奈子には感謝をしてもし切れないほどだ。だが、それと同時に優希は、佳奈子の大切な時間を奪っていることに対して罪悪感を抱えており、佳奈子に何回も自分を見捨てろ、と言い続けてきた。

分かっていたことだが、佳奈子は優希を決して見捨てなかった。

一体何がそこまで佳奈子を動かすのか。優希には理解できなかった。否、理解したくなかったのだ。


「ごめんね、佳奈子。ごめんね...」


自然と、優希は自分の情けなさにボロボロと涙がこぼれ落ちる。

佳奈子は手馴れた様子で優希の頭を撫で、赤子のように優希をあやす。


「大丈夫だから。私はなんにも辛くないよ?」


「佳奈子.....あのね」


「うん?なに?」


佳奈子は、優希の言葉を聞き逃すまいと耳を傾け、優希の言葉に意識を集中させる。


「大好き.....だよ」


何を言い出すかと思えば、佳奈子は思わず久々に笑ってしまい、それに釣られて優希も弱々しく笑う。


2人は、こんな時間が永遠に続けばいいと、切に願うのだった。


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3日。


「優希、どう?具合は」


「うん、まあ良くはないかな」


優希は、ベッドに横たわり、自分の病的に白い肌を見つめる。実際に病気なのだが。


「ごめんね佳奈子。いっつもいっつも...」


食事を持ってきて、箸で食べさせてくれる佳奈子に、優希は少し申し訳なさを感じる。最近、自分は謝ってばかりだな、と思い、更に申し訳なくなってしまう。いわゆる自己嫌悪というやつだろうか。


「ごめんごめんってさぁ、私は好きで優希の身の回りの世話をやってるの。だから私に言うことはごめんじゃないと思う」


力強く反論してくる佳奈子に、優希は目を伏せて左手で自分の目を覆う。目から溢れてくるものは、涙だろうか。優希がしばらく泣いていると、佳奈子が優希の頭を静かに撫でてくれる。優希はそんな佳奈子の優しさに更に涙が溢れ、止まらなくなってしまう。


「ごめん...ごめんね、佳奈子......。私はもう、長くないから...佳奈子と一緒にいられない」


最早、自分の死などどうでも良くなってきた。ただ、佳奈子に報われて欲しい。幸せになって欲しい。そう願う日々が、ずっと続いている。


「そんなこと、言わないでよ.....1日1日を大切に生きよう。無駄になんか、したくない」


佳奈子は、優希の両手を取って握り、優希の目を真っ直ぐに見つめる。優希は涙で腫らした目を潤わせ、またも大粒の涙を流してしまう。佳奈子は、優希の涙を袖で拭い、優希の感情が収まるまで頭を撫でながら、話し相手になってあげるのだった。


​───────────────────────

10日。


「ねぇ、佳奈子」


「うん?どうしたの?」


2人で食料を漁りに行っていたら、突然、優希が声のトーンを変えて佳奈子に話しかける。既にバッグいっぱいに食料を詰め込み、十分な量の食料を確保出来ていたので、大人しく優希の話を聞くことにした。


「私、体が変なの」


優希は、細い二の腕を掴んで少し青ざめた顔をし、目を合わせてくれない。確かに、最近の優希の様子はおかしい所がいくつかあった。血の色が妙に黒かったり、トイレが長かったり、寝る前に吐き気を催したり。佳奈子は、そんな優希が心配でほぼ付きっきりで介護のように優希の体調を伺っていた。


「ごめん、佳奈子。私、もしかしたら.....」


もしかしたら。


その言葉の続きが、佳奈子は何となく想像が出来てしまって、居てもたってもいられずに優希の体を抱擁してしまう。優希は、少しだけ驚いた後、佳奈子の体を抱き返す。


「大丈夫だよ、優希。絶対に私が守るから」


佳奈子は、優希に対して優しく言葉をかける。優希は、涙を流して佳奈子の体をいっそう強く抱きしめる。


「.....私、死にたく、ないよ...!!」


優希は、佳奈子に強く訴えかけ、それに対して佳奈子はただ優希を抱きしめることしか出来なかった。


「段々、歩くのが辛くなってきて...自分の体だから分かるの.....ごめんね、佳奈子...佳奈子に迷惑かけちゃう」


「ううん。私が優希を絶対に守るって決めたから」


優希は、泣きながら佳奈子にそう言い、また佳奈子も、目に涙を浮かべながら優希に優しく言葉をかける。


「ありがとう...佳奈子。じゃあ、帰ろっか」



「うん、そうだね」













「帰ろう。優希」

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